がちゃがちゃ

異端審問官は新米子羊の夢を見るか?

 しばらくすると、男は路地裏で目を覚ました。突然目の前に聖堂騎士が現れたことに大層驚いたようで、先程とは打って変わって慌てふためいている。
 既に陽は傾いており、夕焼けをバックに佇む目の前の男たちの姿は、さぞ恐ろしく映ったことだろう。

「さて、さっきはよくも好きにしてくれましたね?」
 にこりと微笑んだテメノスが断罪の杖を片手にそう言えば、男は情けない悲鳴をあげた。これから何が起こるのか、予想がついたのだろう。
「その杖……あんた、もしかして異端審問官の……!?」
「正解です。神の使いに手を出そうとした罪、受け入れなさい」
 
 審問は容易いものだった。男は異端ではなかったが、薬の出所や流通経路、主犯のメンバーなど知っていることを全て吐き出させることに成功した。
「必要な情報は手に入れました。あとは本部へ支援要請を出して、奴らの寝床を叩いてもらいましょう」
 テメノスが支援要請を出している間に、クリックは審問後のぐったりとした男を引きずり街の衛兵に引き渡す。お互い後始末を終えてから、テメノスはクリックに今日は宿に戻ろうと提案した。

 * * * * * * *

 二人が宿に戻ると、こちらを見つけた店主が慌てた様子で駆け寄ってきた。どうしたのかと問えば、数日の間シングルを二部屋押さえていたが宿側の手違いでツインを一部屋用意していたということだった。
 店主は何度も謝っているが、テメノスはなんでもないという様ににこりと微笑んでいる。
「私は構いませんよ。寝るだけなので」
 テメノスがそう返すと店主は胸を撫でおろし感謝を述べていたが、後ろで聞いていたクリックは目を丸くしていた。
「そんなあっさりと……!ぼ、僕と同じ部屋でいいんですか!?」
 店主から預けていた荷物を淡々と受け取りながら、テメノスは慌てているクリックへ振り返る。
「何を心配する必要があるんですか。それともきみは、私になにか心配が必要なことをするんですか?」
「い、いえ。そんなことは……ないです、けど……」
 だんだん尻すぼみになっていくクリックを置いてテメノスは店主から鍵を預かる。
「それに今から他の宿を探すなんて無理でしょう。ほら、さっさと行きますよ」
 放心状態のクリックの手を引き、テメノスは真っ直ぐに自分たちに宛がわれた部屋へと向かった。

 今日は疲れましたねえ。そう言いながらテメノスが部屋の片側に置かれたベッドへ腰かける。すると鎧を脱いだクリックが反対側にあるベッドに剣を立てかけながら「疲れましたねじゃありません!」と大きな声を上げた。
「どうしてあんな危険なことをしたんですか!僕があなたを見失っていたら、あの後どうなっていたか……!」
「でも、きみは来てくれたじゃないですか」
「そうですけど!……とにかく、もう身を危険に晒すようなことはやめてください」
 テメノスはベッドから立ち上がると、いつになく真剣な顔のクリックへと近づいた。わざと視線を外すクリックを見上げながら、穏やかに微笑んでいる。
「分かりましたよ、きみの言う通りにします。それと、ありがとう。今日はクリック君に助けられちゃいましたね」
「……分かっていただけたなら、それでいいんです」
 はあ、と息を吐くクリックを見てテメノスは腕を組む。
 彼は正直で、無欲で、そして誠実な男だ。だからこそ一緒にいて心地が良いことも理解している。だが、しかし……。
「良くありません。私はまたきみに借りを作ってしまいました。これは由々しき事態ですね、ええ」
「前も言いましたけど、借りなんかいいんです。僕の役目はあなたをお守りすることなんですから」
「私が納得できないと言っているんです。ふむ、そうですねえ……」
 テメノスは口元に手を添えて、クリックの顔をじっと見つめている。
 意中の相手に近距離で見つめられてどうすればいいのか分からないクリックは、ごくりと息を呑んだ。
「な、なんですか……?」
「こうしましょう。私は今、きみに4つの借りがある。だから私にできる範囲で君の願いを4つ叶える。いかがですか」
 我ながら手っ取り早くて良いアイディアですね、ブラヴォー。楽しそうにそう呟くテメノスに向かって、クリックが目の前の細い肩を掴んだ。
「正気ですかあなたは!?僕はあなたを好きだと言っているんですよ、その男に向かって、そんなこと……!」
「私にできる範囲でと言ったでしょう。もちろん付き合ってくださいとか結婚してくださいとかは無理ですよ。でもまあ、デートぐらいならできますけど。君と一緒にいるのは好きですし」
「で、でーと……」
 肩を掴んだまま、クリックは項垂れている。その様子がおかしくて、かわいくて、テメノスは更に揶揄ってしまう。
「私が恐れているのは、クリック君が私のような男にかまってきみの大切な時間と将来を失うことです。ですから、それ以外ならなんだってしてあげたいんです。例えば……こういうことだって」
 とん、と両手で胸を押してやればクリックは呆気なく背後のベッドに倒れた。テメノスも同じベッドに乗り上げ、何が起こっているのか理解できておらず困惑した様子のクリックの上に膝立ちで跨る。
「ほら、正直に言いなさい。君は私に何をしてほしいんです……?」
「……僕、は」
 戸惑いの色を含んだ視線を泳がせながら、クリックはテメノスの様子をうかがっている。
 抗わなければならないと分かっているのに振りきれていない。その姿がなんとも言えず、テメノスは目の前の可愛い子羊へ更に悪戯したくなった。
 つぅ……と臍から胸までを辿るように、服の上に細い指を走らせる。するとクリックは顔を赤らめながら唇を噛み、何かに耐えている様子だった。
 それでもなんとか声を絞り出そうと、形の良い口を開く。
「僕は、あなたを傷つけたくありません」
 ああ、ここまできて君は、そんなことを言うのか。自分よりも他を優先する清い心と精神の持ち主。やはり、彼を導くことはあっても道を奪ってはならない。
 テメノスはクリックの赤らんだ顔を見つめながら目を細めた。
(このまま一度相手をしてやれば、私に幻滅してくれないだろうか)
 私は君が理想とする立派な聖者でもなければ綺麗な存在ではないのだと理解してもらわなければならない。
 はしたなく、聖職者とは思えない振る舞いをすれば、君は私から離れてしまうのだろうか。でも、そうなったとしても構わない。君の居場所は、私の隣などではないのだから。

「……」
「な、テメノスさん!?」
 徐にローブを脱ぎ始めるテメノスを見て、上半身を起こしたクリックは一回り小さいその手を掴んだ。
 しかしテメノスは止めようとはせず、諭す様な声色で述べる。
「私は心と体の繋がりは同一だとは思っていません。心を捧げることはできなくても君が私を欲しいというのなら、これくらいは叶えてあげたいんですよ」
 クリックの手に更にこちらの手を優しく重ねれば、それは力なくゆるゆると離れて行った。
 テメノスはにこりと微笑むと脱いだローブを床へと落とし、その下に着ていたシャツとスラックスだけの軽装になった。シャツのボタンを半分ほど開けて胸元を晒せばクリックの表情がくるくると変わっていく。自分でやっていておかしな話ではあるが、こんなおじさんの肌なんか見て何が良いのかと不思議に思い首を傾げた。
「ところで、君は私に興奮するの?」
「は、え……興奮……?」
「だって、そうじゃないと意味が無いじゃないですか。このままでは私、勝手に脱いだだけの変態になってしまいます」
 わざとしゅんとした様子を見せてからボタンを留め直そうとしたら、「あのっ!」と上ずった声が聞こえてきて口元が緩みそうになる。
「み、見たいです……」
「へえ、何を?」
「その、あなたを……僕の知らないテメノスさんを、もっと見たいし触れたい、です。正直なところ、もうどうしたらいいか分からない、です」
 まあ及第点か。テメノスはボタンから手を離すと「ちゃんと言えて偉いですね」とクリックのふわふわした髪を撫でた。はじめて触ったが、想像していたよりも触り心地が良くて抱きしめたい衝動に駆られてしまう。
 そして下を見る。クリックの股間にはしっかりと反応があり、今度はそこを指でなぞった。びくびくと反応しているのが面白くて、つい何度も指を往復させてしまう。
「よしよし、ちゃんと勃ってますね」
「そういうの、あまりはっきりと言わないでください……」
「何故です?私は嫌じゃないですし、君が私に対して性的欲求を抱いてくれていないと借りを返すことにならないから助かってますよ」
 俯いてしまったクリックの頬を撫でると、眉を下げた男が申し訳なさそうにこちらを見据えていた。見た目は大型犬のようなくせに、今は叱られたばかりの子犬の様だ。
 そのままクリックが穿いているズボンの前を寛げようとすると、途端におどおどし始めた。情けない、それでも騎士か!と叫びたくなる。
 
「クリック君は、そのままでいいですからね」
 そう言えば、クリックは頷いて大人しくなった。ベッドに広がるシーツに大きな手を置き、ぎゅっと掴んでいるせいで皴になりそうだ。
 それを横目にテメノスはクリックの昂ったものを取り出す。ゆるく硬さを持ったそれは、指でつつくともどかしそうにしていた。想像していたものよりずっと大きくて一瞬狼狽えたが、ここで引きさがることはできない。
「私に触りたければ、お好きにどうぞ」
 テメノスは余裕を見せようと、クリックの耳元に顔を寄せて囁いた。ごくりと生唾を呑む音が聞こえた気がする。
 片手で彼の手を取り自らの無防備な胸元へと導いてやれば、本当に小さな声で「失礼します……」と聞こえて吹き出しそうになる。
「ふふ、いい子ですね」
 クリックの大きな手が、テメノスの肌を這う。陶器でも扱うかのように丁寧に触れてくるのがおかしくて「もっと好きに触っていいんですよ」と言えば剣を握ることしか知らない太い指が迷いなく胸の突起へと触れてきた。彼の欲を垣間見たようで、テメノスは思わず笑みをこぼしてしまう。きっと欲望のまま触れている内にこの感情は私に向けていいものではないと気が付くはず。そう踏んで、テメノスはクリックの好きにさせた。
「テメノスさん……」
 熱を持った声が吐息と共に吐かれる。同じく熱を纏ったクリック指の腹が硬くなり始めている胸の突起を撫でてきて、テメノスは「んっ」と小さな声を漏らした。
 ぷくりと膨らみ色付いた乳輪から乳首を引っ掻く様に触れられ、次には先端を摘ままれて無意識に腰が揺れる。
「はァ……どうやら、変態は子羊君の方だったみたいですね?」
「あなたが煽ったんでしょ」
 吹っ切れたのか、クリックの手が止まることは無い。ならばこちらもと、テメノスは手に唾液を落とすと待ち遠しくしている彼の屹立を手に握り込んで上下に扱いた。手を動かすたびにくちゅくちゅと艶めかしい音が室内に響く。次第に先端から先走りが溢れてきて、指でぐりぐりと愛撫すればぬらりと糸を引いていた。
「クリックくん、気持ちいいですか……?」
 先程よりも体を密着させ耳を食みながら問えば、クリックは小さく頷いた。よかったと返事をすると、クリックが「あのっ!」と声を上げた。
「キスをしても、いいですか」
 彼の表情を確認すると潤んだ瞳に見つめられており、ついイエスと答えそうになる。
 しかし、それをしてしまっては意味が無い。テメノスが首を横に振ると、クリックは見るからに凹んでしまった。本当はその願いだって叶えてやりたいが、その相手は自分ではないのだと理解してもらわなければならない。
「申し訳ないのですが、それは駄目。ああでも、唇以外だったらいいですよ」
 頬とか、と言う前に、クリックはテメノスの首筋に噛みついた。突然のことに驚いたテメノスは一瞬びくりと身体を震わせ、クリックから手を離してしまう。
「やっ、クリックくん、ぁッ!」
「駄目ですよテメノスさん、ちゃんと触ってくれないと……」
 逃げるテメノスにクリックが手を重ねてきて、再び昂りを握るように促された。先程よりも質量が増している気がする。重なった手が握り込まれたまま上下に動き、まるで自慰を手伝っているような感覚になる。
 こちらの頭は正常に働いていないというのに、クリックはそのまま噛みついた白い首筋をべろりと舐めては吸っている。もう片方の手は相変わらず胸を這っており、すっかり硬くなった突起をコリコリと引っ掻いては摘まんでいる。
「あッあ、ん!や、だァっあ、ンん!」
「テメノスさんが言ったんですよ、好きに触っていいって」
 テメノスの手の中では、限界が近いのか血管の浮いた怒張がどくどくと脈打っている。クリックにされるがまま扱き続けていると、前触れなど無いままびゅるるっ!と勢いよく濃い白濁が吐き出されテメノスの手を汚した。
「は……、……って、わああ!すみません!!!」
 一瞬惚けていたクリックは、何が起こったのか理解した瞬間に光の速さでテメノスから離れると濡れたタオルを持ってきた。放心したままシーツの上にぺたりと座り込んでいるテメノスの汚れた手を拭いている。
(こ、こんなはずじゃなかった……)
 クリックが何か謝っているが、とにかく君はシャワーを浴びてきなさいと言えば身なりを整えて大人しく部屋を出て行った。
 ひとり残されたテメノスは、その場に蹲る。まだクリックの匂いが残っているシーツに寝そべって、彼の体温を感じるように身を捩りながら服の中に手を入れた。そのまま綺麗にしてもらったばかりの手で自身に触れると、中途半端に熱を持っていてため息が出た。
(違う、こんなのじゃ……クリックくん、クリックくん、ごめんなさい、わたしは)
 彼が帰ってくるまでに、この熱を忘れなければならない。

 これで、彼に返す借りはあと2つ。