がちゃがちゃ

異端審問官は新米子羊の夢を見るか?

【1】

 旅を終えてフレイムチャーチで過ごしていたテメノスへ、聖堂機関本部への呼び出しがかかる頻度が増えた。その理由については、元聖堂機関長カルディナによる一連の事件に関することが多い。あとは教会へ不信を抱くものが増えたことによる異端への審問依頼などだ。これから少しは落ち着いた日々を送れるのだと思っていたが、結局は慌ただしい日々が続いている。
 そしてあちこちを飛び回りながら、テメノスはストームヘイルへやって来た。ここに来るのも何度目だろうかと本部への道を歩いていると、背後からざくざくと足早に雪を踏む音が聞こえてきた。
「テメノスさん!」
 振り返ると、懐かしい顔がそこにあった。人懐っこい笑顔でこちらに駆け寄ってきた青年に、テメノスはつい表情を緩ませてしまう。
「久しぶりですね、クリックくん」
 クリックはテメノスの前までやってくると、礼儀正しく頭を下げた。
「お久しぶりです。今日は、異端への審問でおいでに?」
「そんなところですね。クリックくんはまた遅刻でしょうか」
 わざと意地悪っぽく聞いてみる。するとクリックは慌てた様子を見せ、顔の前で両手をぶんぶんと振りはじめた。
「ち、ちがいますよ!先程、門番からテメノス審問官の来訪があったと聞いて……急いで来たんです」
「なるほどね、私の出迎えですか。ありがとうございます」
「はい!僕がご案内しますので、一緒に行きましょう。あ、荷物お持ちしますね!」
 そう言ってテメノスの荷物を預かり紳士らしくエスコートし始めたクリックを見て、テメノスは違和感を覚えた。彼は、こんなにも尽くす様な男だっただろうか。以前から物分かりが良く頼まれごとにも積極的に取り組む真面目で素直な青年ではあったが、わざわざ外にまで出迎えてくれていたか……?
 流石に考え過ぎだろうかと思いながらクリックの一歩後ろを歩いていると、唐突に「ところで」と爽やかな笑顔の子羊が振り返ってきた。
「テメノスさん、しばらくはストームヘイルに滞在されますよね。今夜もしお時間があったら、いっしょに食事でもいかがですか?」
「ええ、まあ……。では、お願いします」
「良かった。では、宿までお迎えに上がりますね」
 そういってふわりと微笑むクリックを見て、テメノスはやはり何かがおかしいと思索する。きっと食事の誘いをしたかっただけだろうと、それ以上は深く考えないようにした。

 日が傾く頃にはテメノスは宿に戻っており、クリックを待った。なんとなくそわそわとしてしまうのは、今までクリックと二人きりで落ち着いて食事をする機会などなかったからだろうか。
 事件後も顔を合わせることは何度があったが、軽く挨拶を交わしたり少し雑談をする程度で一緒に行動することは無かった。彼も忙しい時期だろうからと気にしていなかったが、あらためて二人で同じ時間を過ごすとなると、何故こうも気恥ずかしいのか。
 しばらくすると、いつもの鎧ではなく私服姿のクリックが迎えにやって来た。ここの住民たちと同じような暖かそうな厚手のコートを着ており、本当にもこもこの羊のようで思わず口元が緩む。それを誤魔化すように「本当に子羊くんですか?」と訊ねると少し頬を赤らめて「揶揄わないでくださいよ」なんて返してくるものだから、少し可愛いだなんて思ってしまった。
「では行きましょう、テメノスさん」
 目の前で幼さを残す甘い表情で微笑む彼は、心から信頼できる友人の一人だ。この笑顔を守りたいとも思うし、別の表情を見てみたいとも思う。
 弟がいたことはないが、もし存在したならばこんな感じなのだろうか。可愛くて仕方がなくて、甘やかしてやりたくて、時折意地悪をしてみたくなるのだろうか。

 * * * * * * *

 食事を終えるとクリックはテメノスを宿の個室まで送ってくれた。少量ではあるが酒を呑んだせいか、若干足元が覚束ないのを心配してくれたらしい。この量で酔ってしまうとは思わなかったが、今日は話に花が咲いた。つまりは、とても楽しかったのだ。気分が舞い上がったのもあり、酒が普段よりもよく回ったのだと思う。
 ふらふらとするテメノスを支えるようにクリックが宿の個室部屋の前まで送った。そこで別れの挨拶をする前に、頭がふわふわになっているテメノスはクリックに体重を預けながら我が儘を言ってみることにした。
「……クリックくん、ベッドまで連れてって」
 あと水も飲みたい。そう告げるとクリックは両目に少しの戸惑いの色を見せながらも小さく「失礼します」と呟いた。
 クリックはテメノスを支えながら部屋の奥にあるベッドまで移動すると、駄々をこねる男をそこに座らせた。そして水差しからコップに水を汲み、夢心地な神官の手へ落とさないようそっと渡す。
 
「ふふ、きみは本当に従順な子羊くんですねぇ」
 言うとおりにしてくれる年下の男が可愛くて仕方がなく、つい意地悪を言ってしまう。受け取ったコップに口をつけると、頭上から深い溜息が聞こえてきた。
「べつに、僕には何を言っても良いしどれだけ甘えてくれても構いません。ただ……」
「ただ、なんです?」
 両手で持ったコップを傾け、こくこくを水を喉に流し込む。すると徐々に思考がクリアになっていって、ふわふわとしていた足元がはっきりと地に着くようになった。
 クリックが何も言わないので、痺れを切らしたテメノスが自分の隣をぽんぽんと叩き、そこへ座るように促した。
 大人しくそこに腰を下ろした子羊はしばらく目線を泳がせたのち、水を飲み終えたテメノスからコップを奪ってサイドチェストに置いた。
「あの、テメノスさん」
「はい。なんでしょうか」
 やけに真剣な二つの目が、こちらを射抜いている。その凛々しい表情で何を言われるのだろうと期待に胸を躍らせていると、普段は剣を握るばかりの大きな手が冷え切ったこちらの手を包むように握ってきた。
「僕以外の人には、甘えないでほしいです。その、できればで……良いのですが」
「それは、なんでまた」
「えっと、そ、それは……」
 こちらの手を握る彼の手に力が込められる。その体温が移ってくるようで、どんどん心臓の音がうるさくなっている気がする。

「ぼくが、あなたのことを好きだからです」