異端審問官は新米子羊の夢を見るか?
目の前の真剣な眼差し。月と太陽を一緒に閉じ込めたようなきらきらと輝く大きな瞳。緊張で震えている少し厚い唇。ふわふわでくるくるの金髪。どれも愛おしいと本気で思っている。彼が誰よりも誠実で美しい人間なのかを、自分は知っている。だけど、だからこそ。直球過ぎる愛の告白はまずいのだ。君のような未来ある輝かしい若者が、私みたいな偏屈で年上の男を好いてはいけません。そう思ったからだ。
彼のことが嫌なわけではない。むしろ好意を抱いている方だ。しかしそれは弟を可愛がるような愛情で、彼が望んでいるものではない。
クリックの告白になんと答えれば良いのか分からず口淀んでいると、きらきらと輝いていた瞳がどんどん曇っていった。彼を悲しませたいわけではないのに、そうさせてしまっているのは他でもない自分自身だ。それが受け入れられず、テメノスは「クリック君」と名前を呼んだ。
「まずは、ありがとう。私なんかを好きになってくれて」
「テメノスさんは僕の唯一の人ですから。今日だって、あなたが来ると聞いて舞い上がってしまいました。もっとかっこいいところをお見せしたかったのに、子どもみたいにはしゃいでしまって……」
再び光を取り戻した男にはっきりとそう告げられ、ますます返事に困ってしまう。
「そ、そうですか……。でも、どうして私なんですか」
「えへへ、それはですね……」
照れくさそうにはにかむ姿に胸を打たれないはずがない。脳内で、きゅん、と謎の効果音が鳴った気がする。
――――まず、初めて出会ったときから綺麗な方だと思いました。あ、容姿だけの話ではありませんよ!もちろんその美しいお姿も魅力的で目を奪われたのは間違いないのですが……そうではなく、フレイムチャーチで暴徒に絡まれながらも見事な手さばきで断罪し、その所作のひとつひとつが神聖なものに感じました!
あの時はロイさんとのギャップがあったものですからつい嫌味のようなことを言ってしまいましたが、あなたの実力は一緒に戦ってすぐに分かりました。僕がお守りすると言っていたのに実際は守られてばかりで不甲斐なかったと今も反省しています。
あとは、教会で祈られている時の麗しい姿はまるで聖母のようで……。ステンドグラスから漏れた光を受けながら祈りの言葉を囁く横顔はまさに芸術品のようでした。
あなたはいろんなことに首を突っ込むし自分が納得いくまで追い詰める癖がありますが、そんなところも尊敬しています。だから僕は、一生あなたの傍でお守りしたいと本気で思っているんですよ――――。
よく噛まずにそこまで言えたものだな、とテメノスはクリックの言葉ひとつひとつを聞きながら感心していた。
他人から、しかも身近な人間からそんな風に見られていたなどとは知らなかったので不思議な心地になる。今までも男女を問わず距離を詰めてこようとする人はいたが、ここまで真っすぐで情熱的なのははじめてだ。
「きみの気持ちはよく分かりました」
「! だったら……!」
ぱっと明るくなる表情に、違うのだと伝えなければならない。
「それとこれとは話は別です。きみの好意は嬉しいですが、私がそれを受け入れるわけにはいかないのでね」
「ど、どうして!僕が未熟だからですか。それとも、他に想いを寄せている人が……!?」
「こら、落ち着きなさい」
切羽詰まった様子で顔を近づけてくるクリックの額を空いた手の指で弾いてやれば、思ったよりも痛かったのか彼は「いた!」と悲鳴を上げて両手でそこを押さえていた。なのでこちらの手は解放されてしまい、ぬくもりを失った手は膝へと移動し少し寂しそうに法衣を掴んでしまう。
「きみのせいでもないし、私にそのような相手はいません。ただ、私にきみの気持ちを受け止める資格が無いんです」
テメノスの言葉にクリックは首を振る。
「資格だなんて、そんなもの必要ありません。僕はあなただから好きになった、他の人なんて考えられない程に。それでは駄目でしょうか」
「それが良くないんですよ。クリック君はまだ若い、これからもっと多くの人や物と出会うでしょう。そんな大事な時に私のような男を相手にしていては駄目です。君のことが大事だからこそ、君の未来を潰すようなことはしたくないんですよ」
分かってくださいと続けたかったのに、今度は強く抱きしめられてしまって言えなかった。引き剥がそうとしたが彼に力で敵うはずもなく、何もできない。仕方がないので広い背中に手をまわし、子どもをあやす様にぽんぽんと叩いてやる。
肩口に乗せられた頭から鼻をすする音がする。やれやれと思うと同時に、ここまで愛されていることに申し訳なくなった。笑顔にさせたいのに、彼が望むものを返してやれない不甲斐なさで視界が暗くなりそうだ。
なにも、私でなくてもいいのに。彼は将来有望な聖堂騎士だ。年若く綺麗で彼と釣り合う素敵な女性と出会うことなど容易いだろうに。
「……どうしたら、テメノスさんは僕の気持ちを受け止めてくれるんですか」
「えっ……」
まだ諦めないのか、とテメノスはクリックの粘り強さに戸惑う。ここら辺で「もういいです」と切られたっていいはずなのに。
「あなたに他の相手がいるだとか僕が原因なのであれば、大人しく身を引きます。でも、自分を言い訳にしているだけなら僕は諦めません」
クリックはテメノスから離れると、眉を寄せて正面に向き直る。
「覚悟してください。あなたに振り向いてもらえるまで、僕は絶対に諦めませんから」