がちゃがちゃ

異端審問官は新米子羊の夢を見るか?

 テメノスが目を覚ますと、そこは闇に包まれていた。
 痛む体を無理やり起こすとあちこちが悲鳴をあげたが、構わず周囲を確認する。
 少し離れたところに僅かな光が差しており、ここは洞窟の中なのだと気が付いた。少しずつ目が慣れていき、山小屋程度の広さの洞窟なのだと把握する。
 止みかけていたはずの雪は、また吹雪き始めていた。

「どうして……」
 立ち上がろうとして、やっと傍にあったひとつの影に気が付いた。
 クリックくん。名前を呼ぼうとしてやめたのは、彼の呼吸が浅かったからだ。
 テメノスは慌てて倒れている彼の体をゆすり、意識を確認する。
「……テメノスさん、無事でよかった」
 はじめに言う事はそれではないだろうとか、無事でよかったのはそっちだとか、言いたいことはたくさんあった。
 けれどまずは治療をしようとテメノスはクリックの腕を取る。光に包まれた体から傷が消えていき、意識もはっきりとしてきたようだった。

「君が、私を助けてくれたのですか」
 起き上がったクリックに問えば、ゆっくりと頷いていた。
 テメノスが落ちると同時に、気が付いたら一緒に飛び降りていたらしい。
 テメノスの体には傷がない。落下時にクリックが抱えていたからだった。地面は雪崩れたばかりの大量の雪に覆われていたので、奇跡的にこの程度の怪我で済んだようだ。
「まったく君は無茶ばかりして。死んでいたらどうするんですか」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。あのままあなたを見捨てるなんて、僕にはできなかったんです」
 はあ、とクリックは項垂れながら大きなため息を吐く。
 
「……遠くに、カニス・ディルスの亡骸を見ました。あいつが他の魔物を誘導していたはずなので、きっと……他の騎士達も無事です」
 言いながら、再びクリックの呼吸が苦し気になっていく。
 治療したはずなのにおかしいとテメノスが確認しはじめるが、クリックはその手を払った。
「大丈夫です。ちょっと、寒いだけ……、ですから……」
 それを聞いたテメノスはクリックの頬に触れる。想像していたよりも冷たい。
 テメノスは両手で彼の頬を包み込むと、小さく詠唱し始める。あたたかな光が集まってきて、この場所だけひだまりの様だった。
 回復魔法の治癒能力を高める効果を利用し、熱がそこに集まるよう徐々に力を注いでいるのだ。
 クリックは不思議そうにその様子を見つめている。そして徐々に体力を取り戻したのか、声に気力が戻っていった。
「あたたかくて、ふわふわして……夢の中みたいです」
「元気になったのなら良かった。吹雪がおさまったら上へ戻る道を探しましょう。それまで、こうしていますから」
 生きているのだと確認するように、テメノスは触れている頬を撫でる。クリックはくすぐったそうに目を細めると、顔を赤く染めながら「ずっとは恥ずかしいです……」とぼそぼそと呟いた。
「ワガママ言わないで。でも、そうですね……恐らく手も冷えているでしょうから、出してください」
「え、あ……はい」
 クリックは言われるがまま籠手を外し、テメノスへと差し出す。頬を撫でていた手がそちらへ移り、甲を撫でるように指を滑らせていた。
「やっぱり冷たい。こっちはどうですか、あたたかくなっていますか?」
「……は、はい」
 おどおどとした様子のまま、クリックが俯く。
 
 無言のまま時が流れていく。
 力を使い切らないよう気を付けながら少しずつ光を送っていると、テメノスはあることを思い出した。
「ねえ、クリックくん」
 名前を呼ばれ、クリックが顔を上げる。
「次に会った時、同じ気持ちだったら続きをしようと話していましたね」
「えっ」
 突然その話を持ち出されるとは予想していなかったクリックは狼狽える。
 しかしテメノスは手を握ったまま、話題を変えようとはしなかった。
「私、きっと……君と同じ、ですから。だから……」
 手を握られたままのクリックは動けず、息を呑む。
 それを良いことにテメノスが顔を寄せる。あの時と同じで逃げられるかもしれない。それでも、どうしても伝えたかった。
 鼻先がぶつかりそうなほどに近づき、少しだけ顔を傾ける。唇が重なると同時に、心臓がばくばくとうるさくなっていった。
「ん……っ」
 啄むように、触れるだけのキスを繰り返す。クリックは目を閉じない。テメノスは今更気恥ずかしく感じながらも、何度も口付けていった。
 すると突然唇を舐められた。はじめての感覚に戸惑っていると、握ったままのクリックの手が先程とは比べ物にならない程に熱くなっているの気が付いた。
 それどころか……。
「ふふ。顔、触ってないのに真っ赤ですね?」
 テメノスは手を離し、再び真っ赤に染まったクリックの頬を撫でた。
 すると後ろ頭に手が差し込まれ、今度はテメノスが逃げられなくなってしまう。
「ッん、ぅ!」
 音を立てながら口づけられる。舌を捻じ込まれ身じろぐテメノスを逃がすまいと、いつの間にか腰にも大きな手が添えられていた。
 溢れる吐息が混じり、ひとつになって溶けていくようだった。

「ふ、ぁ……」
 顔を離すと、二人の間を糸が伝った。名残惜しそうに互いを見つめ合う。
「あの、クリックくん」
 テメノスがクリックへしな垂れかかる。鎧のせいで心臓の音が聞こえない。
 もっと、彼を知りたいと思ってしまった。

「私も寒くなりました。君にあたためほしい、です」