がちゃがちゃ

異端審問官は新米子羊の夢を見るか?

 それからというもの、クリックからテメノスへの猛アタックがはじまった。
 お互い離れた地で暮らしているため顔を合わせる機会は少ないが、それでもまめに手紙が送られてくるので無下に出来ず、つい丁寧に返事を出してしまう。ストームヘイルに行った時には必ずと行っていいほど出迎えられるし、遠征でフレイムチャーチの近くまで来たときは少しでも時間があればわざわざ寄ってくれたりもする。
 そんなことが続き、フレイムチャーチの神官達の中でクリックは「テメノスと仲の良い騎士さん」ということになっている。そのせいでクリックが村に訪れた際には何も言わなくても「テメノス様ならあちらに」と勝手に案内しているのだ。
 フレイムチャーチだけではなく、テメノスがストームヘイルに訪れた際も聞いてもいないのに他の聖堂騎士達がクリックの場所を教えてくる。わざと必要以上の笑顔で「ありがとうございます」と返せば、騎士達はなにも言わなくなるのだった。

 そういうわけで、今日も子羊の癖に大型犬のような聖堂騎士が見えない尻尾をぶんぶんと振りながら「テメノスさん!」と連呼しながら笑顔で駆け寄ってくる。絆されそうになるのをぐっと堪えながら本部内にある書庫で必要な本を探す。確かにここの案内を彼に頼んだのは自分なのだが、人目もあるし流石に……骨でも投げたらどこかに行ってくれるかな……なんて考えていると、クリックと同じぐらいの体格の男が現れて彼の後頭部をこつんと小突いていた。見た目より痛そうだ。
「おい、クリック。お前またテメノス審問官にちょっかいをかけているのか」
 本を探す視線を声がした方へ移すと、そこには彼の親友であるオルトが立っていた。いつも以上に表情が険しい気がするのは、クリックの表情が緩んでいたからだろう。
「ちょっかいって……。テメノスさんに書庫の案内を頼まれただけだよ」
「まあいい。ほら、お前が喉から手が出るほど欲しがっていたものだ」
 そう言うとオルトが何かの書面を雑に差し出した。それを受け取ったクリックは早速広げて内容の確認をしている。
「オルト、これ……!」
「ああ……まあ、よかったな。と言っていいのか?」
 クリックはこちらに振り返ると、オルトから受け取った書面を握ったままテメノスの手を取った。
「テメノスさん、これからはもっと一緒にいられます!どこまでもあなたのお傍に……!」
「え、え?」
 クリックの背後から、オルトが哀れみの目をこちらに向けている。それに嫌な予感がして、テメノスはクリックの手から逃げ出すと彼が手に持っていた書類を奪い取って中身を確認した。
 そして、そこに記してある事実に手が震えだす。
「なッ、これは……!」

 ――――クリック・ウェルズリー
 テメノス審問官のニューデルスタへの異端調査の同行を命ず。

 最近では、教会への反発からかニューデルスタで怪しげな薬が横行する事件が多発しているようだ。それに異端が絡んでいる可能性があるらしくテメノスにも事件への調査依頼がきていた。たしかに依頼の承諾後には護衛を兼ねた同行者が欲しいと聖堂機関本部に要請していたが、まさか、その相手が目の前の子羊もとい大型犬とは……。

「テメノス審問官。心中お察し致します」
 オルトの冷たい一言で、満面の笑みであるクリックを尻目にテメノスは深い溜息をつくばかりだった。

 * * * * * * *

 テメノスは一度フレイムチャーチまで戻ると、遠征の準備を始めていた。
 明日、クリックがここまで迎えに来る。しばらくは二人での行動が増えるだろう。きっと楽しい……ではなく、気が重い。
 そもそも遊びではなく仕事で行くのだから浮かれた気持ちは置いて行かねばならない。しかし告白を断ったにしても親しい相手であることには変わらないし、相手は今もこちらに好意を寄せているらしい。どうするべきは分からず荷物の整理を進めた。
 
 数日後、クリックとともにニューデルスタへやって来たテメノスは早速調査を開始した。
 異端が絡んでいる可能性がある薬というものの出所が掴めれば調査がスムーズになる。まずはその薬とやらの詳細について調べるために、クリックを護衛に連れて街で情報収集を行うこととした。
 テメノスの情報収集中のクリックは大人しい……というより、寡黙で緊張感を纏った騎士だった。いつもは尻尾をぶんぶん振りながら懐いてくる癖にと思うが、今は任務中なのだから騎士としての務めを果たそうとしているのは当然であった。
 しかし、これではその辺りにいる騎士達とはなんの変わりも無い。面白みに欠けるな、などと任務中とは思えない思考に頭を振る。

「クリック君」
「はい。どうされましたか?」
 テメノスが名前を呼んで振り返ると、後ろに着いて来ていたクリックが元気よく返事をした。
「申し訳ないのですが、ちょっと私から離れていただけますか」
「それは、どうして。任務中なのに危険なのでは……」
「やはり聖堂騎士が一緒となると、皆さん身構えてしまって情報収集の効率が落ちているような気がするんです。私が聞き込みをしている間、君には離れた場所で見張っていてほしいのですが……頼めますか?」
 そう問えば、クリックはしばし考えた後「分かりました」と首を縦に振った。その目に不安と心配が混ざっている気がしたので「聞き分けが良い子羊君は頼りになりますね」と添えれば少しだけ頬を赤くしてわざとらしく咳ばらいをしていた。やはり、彼はこうでなくては。

 クリックが離れたところで、テメノスは調査を再開した。
 審問とまではいかないが、詳しい話を知っていそうな人を見つけたら更に聞き込みをして、ハズレなら次へ。それの繰り返しだ。
 そんなとき、大通りで聞き込みを続けていると一人の男がテメノスの話に食いついて来た。
「あんた、アレを探してるのか?」
 その大柄な男はテメノスを値踏みするかのように頭からつま先まで視線を走らせている。テメノスは神官だとバレない様に普段の法衣ではなく一般の村人や学者が纏っているようなフード付きのローブを着てはいるが、あまり探られると身分を悟られ重要な話が聞けなくなってしまうかもしれない。
 男の口ぶりにより、異端についても詳しく聞けそうだと直感が告げる。この機会を逃がさないためにもここは短期戦に持ち込むかと決めたテメノスは、自ら男へ一歩近づき、小さな声が届くまでに距離を縮めた。そして職業柄身についてしまった人当たりの良い笑みを向けると、男は何かを理解したのかテメノスへ裏路地へと着いて来るように指示した。
 テメノスは人混みの中でこちらの様子を窺っているクリックへ視線だけを向ける。すると頷いていたのが見えたので、どうやらこちらの意図は伝わったようだ。

 男と裏路地にやって来ると、話を進めようとした矢先に何を思ったのか男はごつごつとした手でテメノスの腰へと抱き寄せるように触れてきた。
「オレはアンタが欲しがっている情報を持っているが、その前に差し出すものがあるよな……?」
 腰に添えられていた手が降りてきて、ためらいなく臀部を撫でられる。ぞくりと肌が粟立ち、テメノスは慌てて無礼な男の手を掴んだ。自分は女性のような体つきでも声でもないが、もしかしたら少し大きめのローブを着てフードを被っているから女だと間違われたのかもしれない。
「あの、勘違いをされていたのなら申し訳ないのですが……私はこれでも三十路の男でして。生憎そちらが欲しがるようなものは持ち合わせておりません」
 証明するために慌ててフードを外したが、男の目がより色を持つだけでなんの意味も無かった。頸部を撫でまわしていた下品な手がその形を確かめるように添えられて、ローブの上から無遠慮に揉まれて声が出そうになる。
「そんなの関係ない。具合さえ良かったらな」
「! ぅ、……ッ」
 谷間に、ぐ、と指を押し込まれる。そこをなぞる様に走る指への嫌悪感に吐きそうになるが、想像よりも男の力が強く逃げ出せない。
 男はもう片方の手でテメノスの顎を掴むと無理やり上を向かせた。しっかりを顔を覗き込まれ、舌なめずりする様子に涙が出そうになる。
「好みの顔だ。楽しませてくれよ?」
 ローブに手がかけられ、いよいよ身の危険を感じたテメノスが魔力を集中させようした、その時だった。

「あ……?」
 ゴンッと何か鈍い音が聞こえたと思った瞬間、目の前の男は間抜けな声をあげながらその場に倒れてしまった。何が起こったのか分からないテメノスは着崩れたローブを直す。
 恐る恐る振り返ると、そこには剣を携えたクリックが佇んでいた。
「……大丈夫です、斬ってはいません。柄で殴って眠らせただけ、ですから」
 少し息の荒いクリックはこちらに近づくとその場にしゃがみ、倒れている男の様子を確認していた。テメノスは何も言えず、ただその様子を眺めるしかない。
 逆光のせいで表情が分からない為だろうが、クリックの横顔は今までに見たことがないものだった。なんの感情もなく、ただ義務的に男が気絶していることを確認しながら腕を縄で縛っている。
「こいつが起きたら話を聞きましょう。もちろん、今度は二人で」
 普段よりも荒く落ちたトーンの口調に、テメノスは頷くことしかできなかった。