がちゃがちゃ

異端審問官は新米子羊の夢を見るか?

 平和とは、退屈である。しかしその退屈がどれだけ貴重であるかを知っている。そんなことを考えながら、テメノスはフレイムチャーチの大聖堂前に佇んでいた。
 あれから、事件も無ければ聖堂機関に関わることもない。いつもと変わらない祈りを捧げる毎日を送るのみだ。
 ……そう思っていたが、それを裏切るのが人生というものだった。
 最近、どうも大聖堂へやって来る聖堂騎士を見かけることが多い。何かあったのかと聞いても誰も答えず、それならば自分で調べるほかないとテメノスは行動に移した。

 まず、フレイムチャーチに出入りする聖堂騎士をよく観察する。
 彼らの鎧に付着した土の量を見るに、ただストームヘイルから警護のために派遣されただけではないのが分かった。そして、大剣を携えた騎士と通常よりも重装備、そして鎧へ深い傷を負っている者が多い。
 つまりは、魔物の討伐だろう。そういえば村へ頻繁に訪れていた商人を見かけなくなった気がする。どこかで立ち入り禁止区域でも設けられたのかもしれない。

 しかし、魔物の関わる事件ならば聖堂機関や他の騎士団が知らぬ間に解決してくれるであろう。フレイムチャーチに騎士が増えたのはここがいつの間にか討伐区域の中間地点にされただけで、村人に害は無いはずだ。
 と、ここまで状況を整理して、あらためて大聖堂へ向かう騎士達を見送る。すれ違った騎士に「ご苦労様です」と声をかけるが、誰もが疲れた様子であり返事など無かった。期待もしていないが。
 そんなとき、ひとりの青年の顔を思い出した。彼はいつだって太陽のように明るく、こちらまで照らしてくれていた、と。
(いったい、彼らに何を期待しているんだか)
 はじめてまともに関わった聖堂騎士がクリックだというだけで、皆が彼のような人間ではないのだと改めて思い知る。
 しかし大陸の安全を担ってくれているのは彼らだ。怪我人が運ばれてきたら進んで面倒を見るぐらいはできるだろうか、と考えていた辺りでひとりの騎士に声をかけられた。
「失礼。この村に、神官は何名いらっしゃいますか」
 見知らぬ騎士に、テメノスは感情を含めず返答する。
「神官という身分だけでいえば、10人に満たないほど在中しています。回復ができる神官というのであれば、私だけですね」
 戦闘中に、とはつけないでおいた。騎士の様子を見るに、恐らく討伐に派遣されている薬師が足りないのだろう。そこで村にいる神官を頼ろうというわけだろうが、この村の神官には戦闘経験など皆無だ。子どもが転んで作った怪我を治療するのとはわけが違う。そんな彼らを回復要因として頭数に加えられては困る。
 騎士は一瞬だけ眉を顰めるも、羊の鳴き声が聞こえる村の穏やかな空気を読み取ったのか、理解したように頷いた。

 * * * * * * *
 
 それからテメノスは、あっという間に討伐区域に駆り出されてしまった。やはり薬師が足りず、騎士団への回復が追い付かないということだった。
 テメノスが教会に事情を伝えると、誰もが不安そうに彼を送り出した。長いこと旅をしていたので心配は不要だと伝えても、笑顔になる者など一人もいなかった。
 ひとこと大丈夫だとだけ伝えて村を出る。なぜか胸騒ぎがしたのは、きっと平和が続いてしまったせいだ。
 
 フレイムチャーチからストームヘイル方面へ数十キロ離れた討伐拠点に向かうと、他の村からも派遣されたのだろう数十名の神官や薬師の姿が見えた。フレイムチャーチからはテメノス一人だけ向かったので不安ではあったが、これならなんとかなりそうだ。
 早速、怪我人が集められているテントへ向かうよう指示される。数名が入れそうなテントの入り口から顔をのぞかせると、すでに薬師と思われる女性が横たわる騎士へ治療を施している最中だった。
「代わりますよ」
 騎士の腕を取り治療に励んでいた薬師へ声をかける。彼女は安堵したのか、疲れた表情を隠さぬままテメノスへ礼を伝えるとその場を後にした。長いこと治療にあたっていたのだろう、しばらく休めるといいのだが。
 
 その後も、同じように幾人かの治療にあたった。時折テントの中から外の様子を窺うが、何人もの騎士が運ばれてきている。
 そのとき、丁度テントの中で眠っていた騎士が目を覚ましたので討伐対象は何者なのかを訊ねてみた。
「巨壁の地下洞から、魔物が現れたんだ」
 騎士の言葉にテメノスは息を呑む。その場所の恐ろしさを知っているからだ。
 雪道に現れる魔物程度であれば、騎士団が向かえばここまで苦戦することはない。しかしあの場所の魔物となれば話は別だ。
 地下洞から現れる魔物はただ強いだけではなく、倒しても倒してもあふれ出てくるのだと言う。通常はそんなことはあり得ないので、地下洞の魔物達を統率しているはずの親玉が今回の討伐対象なのだと教えてくれた。
 自分たちが駆り出されている理由にやっと納得がいって、テメノスは騎士達への治療を続けた。

 日が落ちても、次々と討伐へ向かう騎士達が入れ替わる。ここでこのまま治療にあたってもいいが、これ以上長引くようであれば直接討伐現場へ向かった方が怪我人を少なくできるはずだ。
 それを指揮官に伝えるために、テメノスはひと段落ついたところでテントを出た。
 外へ出るとすぐに見知った顔を見つけた。迷わず、真っ先に声をかける。
「オルトくん!」
 名前を呼ばれ、オルトが振り返る。テメノスの顔を見て険しい表情を少し和らげたが、しかしすぐ元に戻ってしまった。
「テメノス、良かった。来てくれていたんだな」
「ええ。こんなにも大事になっているのなら、もっと早く派遣要請を出してくれても良かったのに」
「ああ……はじめは、ここまで酷い状況ではなかったんだ」
 オルトが言うには、魔物が現れ始めたのは数日前のことらしい。
 はじめは数匹程度だった。なので数名の騎士だけでなんとか処理できていたが、次第に魔物の量が増えていき、いつの間にか手が追いつかないほどにまでなっていたのだと言う。
「だから神官や薬師、他の村に在中していた騎士にも支援要請を出しているところなんだ。……お前には迷惑をかけてばかりで申し訳ない」
「いえ、それは構わないのですが……それで、その」
 さっきから、いるはずの存在が見当たらないことに胸がざわついて仕方がない。
 そんな口淀むテメノスに、オルトは少しだけ口の端を上げた。
「クリックなら、さっきここに着いて早速現場に向かった。戻ってきたら治療してやってくれ」
「……、そうですか。それと、提案なのですが」
 見透かされているようで気恥ずかしく、悟られない内に話題を変えるよう試みる。
「私は戦闘にも参加できますし、自分の身くらい自分で守れます。直接現場に向かって、その場で回復にあたった方が良いかと思ったのですが」
「出来ればそうしてほしいが、場所が場所でな……」
 魔物が現れる場所の足場が悪く、いつ崩れてもおかしくないのだと言う。雪崩の可能性もあり、大勢で向かうにはリスクが高いのだとオルトは眉を寄せる。
 そのままオルトも討伐へ向かった。それを見送り、テメノスは今自分にできることをやり切ろうとテントへと戻ることにした。