あなたなしでは生きられないのに
22歳になった頃、なんと僕は家を出て聖火教会へ入信し、聖堂騎士になっていた。
もともと騎士の中には貴族出身の者が多い。僕もその枠なわけで、更に剣術は家に居た頃から習っていたのでこの道を選ぶことに迷いは無かった。家のことに興味が無ければ結婚する気も無かった僕にとって、騎士と言う道はひとつの救いだったのだ。
稼業は兄が継いでいるし跡取り問題は兄夫婦が解決してくれている。家と教会の繋がりだって、僕が教会へ身を置くことで継続される。姉夫婦や両親たちは「問題児だったお前が騎士になるだなんて」と口を揃えていた。つまりは誰も文句が無いというわけだ。
テメノスさんとの想いが通じた後、僕はやはり彼を故郷へ帰してあげたかった。
以前フレイムチャーチへ行った時の様子からやはりあそこへ未練があるのは分かったし、ウェルズリー家で生涯を終わらせるなんてあんまりだと思っていた。
それについて彼に話した時は多少口論になったが、そのあと「あなたが神官に戻るなら僕は騎士になります」と誓った。
「この家にいるままでは僕たちは一緒になれない。だからあなたはフレイムチャーチで神官に戻って、僕はあなたを守る騎士になろうと思うんです」
この国の騎士、もとい聖堂騎士は神官の随行者として扱われる。基本的には市民の生活を守る存在ではあるが、教会の一員のため神官との関係が深い。
今では大きな権力を得た聖火教会と大聖堂のあるフレイムチャーチは信者たちにとっては聖地とされている。聖堂騎士になればそこで暮らす人々を守ることができるし、誰かの為の存在であり続ける騎士になりたいと、僕は願っていた。
というのも、フレイムチャーチでロイさんから「心に清き炎が在る」と言われたことがずっと引っかかっていた。
自分の存在について、幼い頃から悩むことがあった。立派な兄に、家を支えている両親。僕は誰のためにここにいて何ができるのだろうと考えるたびに、答えは遠ざかっていく気がしていた。
結婚して子孫を残して家を大きくさせることも家の事業も、既に誰かへ役割としてあてがわれている。僕がそこにいるべき理由は無い。それらに興味を持てない理由はここにあった。
そんなとき、いつも傍にいてくれたのはテメノスさんだった。この人を守りたいと思った。彼は強い人だが、傍で支えたいのだと思うほどに惹かれていた。
だから、本当に僕の心に清き炎が在るのならば……テメノスさんも、家族も、周りの人も、守れる存在でありたかった。
それをテメノスさんへ伝えると彼は了承してくれて、彼はフレイムチャーチで神官へと戻り、僕は士官学校に入った。
想いが通ったのも束の間、そのまま2年も離れ離れとなった。時折手紙を送ったり長期休暇の際には彼の家を訪れることもあったが、以前よりも二人で過ごす時間は短いため寂しさで潰れてしまいそうだった。
だから顔を合わせるたびに近況を報告して、談笑して、夜には抱き合って眠り、身体を重ね、夜だけでは足りず昼から夜更けまで……と繰り返す。そんな生活だった。
晴れて見習いの騎士から聖堂騎士として認められてからはあちこちを行き来したが、最近になって人手が必要なフレイムチャーチへの配属が決まった。大聖堂へ集まる人が多く、安全性の為に警備を強化したいそうだ。
そして正式に騎士としてフレイムチャーチへ訪れると、ロイさんが着ていたものと同じ法衣を着たテメノスさんが出迎えてくれた。
「いらっしゃい、クリック君」
緑衣の法衣が風で揺れ、過去に見ていた彼のメイド衣装を思い出す。あの時とは似ても似つかない格好であるが、やはり魅力的であることには変わりないな……と煩悩が顔を出した。
「これから、こちらでお世話になります」
「かたい挨拶は無しで。……ふふ、なんだか不思議ですね。今では君の方が私に仕えるような形になってしまうのだから」
テメノスさんは上機嫌に村を案内してくれた。今までもここへ来たときに案内はしてもらっていたが、騎士として改めて見てみると聖火教会のお膝元として随分と立派な村なのだと感じた。
「ロイや教皇も君に会いたがっていましたよ。あとで挨拶に伺いましょう」
「は、はい。あの、それで……」
教会前の開けた広場まで着いたとき、僕は先を歩くテメノスさんの隣へ並んだ。すると不思議そうに上目遣いで見上げてきたので、胸に手を当て、小さく息を吸う。
誰もいない広場には記憶の中と同じように、穏やかな木々のざわめきだけが聞こえている。
「僕はまだ新米で、未熟な所がたくさんあります。だけど、あなたとこの村と家族は生涯守ると心に決めているんです」
「……」
テメノスさんは何も言わない。僕の言葉を待っている。
その場に跪き、何度も握ってきた彼の手を取る。それだけで彼も緊張しているのだと伝わってきた。
「僕と一緒に、未来を歩んでいただけませんか」
手の甲へ唇を落とす。ほんの少しだけ触れてすぐに離し顔を上げると、テメノスさんは眉を寄せて口をきつく結んでいた。
「あの、テメノスさん……?」
渾身のプロポーズのつもりだったが、もしかしたら響かなかったかもしれない。
何も返事が無いので慌てて立ち上がると、即座に勢いよく抱き着かれてしまった。
「え、え?」
「子羊のくせに!あんなに小さかったくせに!もう、私ばっかり振り回されて……ッ!」
何やら興奮状態の彼の背を軽く叩くとテメノスさんはゆっくりと離れていき、ほんの少し涙を浮かべた翡翠で僕を見つめていた。
「これからはずっと一緒ですよ。何があっても離しませんから!」