あなたなしでは生きられないのに
「やっと戻ってきた!」
教会前の広場へ戻るや否や、そわそわした様子のテメノスさんは僕へと駆け寄ると服についていた草や汚れを落としてくれた。
「もう、どこに行ってたんですか。あんまり心配させないでください……!」
「ご、ごめんなさい」
想像以上の慌てっぷりに驚いていると、隣に並ぶように立っているロイさんが「ほらね?」と言いたげにウインクなんてしている。
ぱたぱたと服をはたいたりハンカチで頬を拭いてくれていたテメノスさんが落ち着いた辺りで、僕は彼女へ切り出すことにした。
「テメノスさん、大事なお話があります」
* * *
「私はもう、必要無いということですか……?」
村から少し離れた場所にある僕たち以外に誰もいない草原で、先ほどロイさんに説明したことと同じ内容をテメノスさんへ伝えた。
それを聞いた彼女はスカートの裾をぎゅっと掴み、それから眉を寄せて、悲しそうな顔でじっとこちらを見ている。
無理もない。自分がウェルズリー家を去れば教会の立場が危うくなると思っているのだろう。だから、そうではないことを伝えなければならない。
「いいえ、テメノスさんには本当に助かっています。僕があなたに伝えてきた気持ちだって変わっていません。ただ……」
「ただ、なんですか」
更に視線を鋭くしたテメノスさんが僕へ一歩近寄る。
上目遣いに見つめられ、こんな時だというのに「可愛いなあ」なんて考えてしまう。今はこの煩悩を捨てなければならない。
「ただ、あなたがいるべき場所はここだと思ったんです。ウェルズリー家じゃない。今日はそれを確かめる為にあなたを連れてきました。もちろん、今後どうなったとしても教会への援助はこれからも続けます」
「つまり……私を試したということ?」
「試すだなんて!」
思わず彼女の肩を両手で掴んでしまった。
違うのだと言いたい。しかし、結果としてそうなってしまったのは事実だ。
「僕はずっと、あなたを幸せにしたかった。僕がテメノスさんから幸せを与えられたように、あなたにそれを返したかったんです」
「それなら今だって……。私の故郷はここですが、あの家だって私にとって大切な場所です」
テメノスさんは視線を落とし、足元を見つめている。流れる風が互いの頬を撫でているのに、心は穏やかではいられない。
「テメノスさんならそう言うと思いました。でも僕よりもっと、傍にいたい人がいるでしょう?」
「そんな、の」
続きを言わせないよう、肩を掴む手に力を込める。
テメノスさんは優しい人だ。ずっと一緒にいた僕を悲しませないように言葉を選ぶだろう。
だからそうさせないよう、彼女が自らの幸せを手放さないよう、なんとか本心を教えて欲しかった。
「毎月手紙を受け取る嬉しそうなあなたと、彼……ロイさんと会った時のあなたを見て確信したんです。テメノスさんの傍にいるべきは僕じゃないって」
顔を上げたテメノスさんの瞳が揺れている。綺麗だと思った。その目を始めて見たとき吸い込まれそうになって、瞬く間に恋に落ちたのだから。
その瞳に僕だけが映っている。それは嬉しいはずなのに、どうしてこうも空しいのだろう。
「……君は、私とロイが恋仲だと思っているんですか?だから私をここへ残そうと?」
テメノスさんの表情が険しくなる。そして襟首を掴まれたかと思うと引き寄せられて、ぐっと顔を近づけられる。
「それに近い関係だと思ったんですが……えっと、違うんですか?」
はあ、と深いため息が聞こえる。心底呆れているといった感じだ。
「私のことを散々好きだとか愛してるだとか言いながら、そんなことも分からないの?」
テメノスさんの顔がいつになく近い。
鼻先が触れそうになると、彼女はいつかの様に背伸びをした。
(あっ……)
今度は揶揄われることもなく、互いの唇が重なっている。柔らかな彼女の唇を食めば、夢の様な感触に溺れてしまっていた。
手を下ろして腰を抱き寄せると更に深く重なっていく。ちゅう、と音をたてながら吸うと「んっ」とテメノスさんが苦しそうに、だけど艶っぽい声を漏らした。
「ふ、ぁ……」
その声を堪能しながら、ここが外であったことを思い出した。
なぜ、だとか。どうして、だとか。聞きたいことは山ほどある。
それをすべて抑え込んで「テメノスさん」と名前を呼んだ。
「……君は、私のことをたくさん考えてくれていたんですね」
切なげに眉を寄せて、無理やり笑顔を作ろうとしているテメノスさんを抱きしめた。
彼女が逃げることなく、腕の中にいてくれる。それが答えだと思いたくて、風に遊ばれている白銀の髪を撫でた。
「フレイムチャーチは大切な故郷です。だけど私は……君と一緒に、帰りたい。君から離れたくない」
そう伝えてくれた彼女の手を取り、両手で包むように握る。やっと僕の想いが叶ったのだと高揚感で顔が熱くなる。
そしていつものように愛を囁こうとしたが、テメノスさんの言葉によってそれは消えてしまった。
「私も、帰ったら大事な話があります」
* * * * * * *
ウェルズリー家の屋敷へ戻ったときには、日付が変わる間近だった。
玄関で執事に迎え入れられながらそのまま自室へ向かい、テメノスさんと一緒に入る。
彼女をソファへ座らせようとしたところで――テメノスさんは外套とエプロン、そしてカチューシャを投げ捨て、そして胸元のボタンへ手をかけた。
「え……?」
何をしているのかと手を伸ばす間もなく、ぷち……と一番上の首元のボタンが外される。
そのまま二つ目、三つ目……と外されていき、薄暗い室内でも喉元から鎖骨まで露わになっているのが分かった。
「ちょ……テメノスさん!」
止めようと声を上げたが、それでも彼女はやめなかった。
「……私の秘密、しっかり見てください」
いくつめかのボタンが外され、胸元まで晒される。見てはいけないと目を瞑るが、テメノスさんが「クリック君」と名前を呼んだ。
彼女は、いつも僕を坊ちゃまか、二人きりの時は子羊くんと呼ぶ。なのに名前を呼ばれているということは、それだけ大事なことだと伝えたいのだろうか。
恐る恐る目を開けると、そこには……想像とは違う、男の平たい胸があった。
「え、あ……?」
困惑している僕を他所に、テメノスさんはにこやかに微笑んでいる。
見せつけるように服の開かれた胸元を引っ張り、すべてを露わにした。
「ずっと騙していてごめんなさい。これが、君と結婚できない理由です」