がちゃがちゃ

あなたなしでは生きられないのに

 二十歳を迎えてしばらく経った頃、本格的に見合いの話が始まった。
 今までそれとなく見合いだけでなく夜会や舞踏会など令嬢との出会いを避けてきていた。全てを避け切れるわけではなかったが、なんとか身をかわし逃げられる時は全力で逃げていたのだ。
 末っ子だからか両親からはあまり口うるさくされていなかったが、流石にこの年齢ともなるとそれも難しくなる。せめてもう少し社交界へ興味を持てと母親から頼まれては断りようがなく、今では時々そういった場にも顔を出すようになった。今夜も母親に何度も頼まれてこうして舞踏会へ顔を出している。
 今では同性の友人はそれなりに存在したので退屈することは無かったが、この煌びやかな場にいるというのに一度も踊らず帰ることなどできない。
 なので、わざと自分に興味の無さそうな相手を探した。そうすれば踊った後も長居することなく早々に会話を切り上げて立ち去ることができるからだ。
 しかし、そうしていても令嬢側から声をかけられることもある。断れば彼女の尊厳を傷つけるし、失礼にあたる。
 なのでその場合は、毎回付き人として同行してくれるテメノスさんに目で合図を送った。すると僕の事情を熟知している彼女はなんでもないようにこちらへ耳打ちして、何か急ぎの用事ができたように装ってくれるのだ。そして毎回その場から逃げるように立ち去り、しばらく庭園で時間を潰した後に帰宅するのが常だった。
 そのせいで「ウェルズリー家のご子息と踊れた令嬢は幸運に恵まれる」などとゴシップ紙の片隅に書かれているそうだ。
 しかしそんな噂など知ったことかと、今夜も僕はテメノスさんの力を借りてその場から逃げ出していた。

「良いのですか。先程の方、家柄もそう悪くなさそうでしたけど」
 舞踏会の会場であるどこぞの貴族の屋敷内には、たいがい広い庭園がある。今夜もそうだ。
 僕は誰もいない園内をぐるぐると回る様に散歩しながら、後を着いてくるテメノスさんの方へ振り返った。
「彼女は僕に興味があるわけじゃない。僕の家と土地に興味があるんです」
「貴族同士の出会いってそういうものじゃないんですか?」
 立ち止まると、月明りに照らされたテメノスさんは不思議そうにこちらを見ていた。
「だとしても、僕には興味が無い」
「でも、話してみないと相手のことなんて分かりませんよ。この間の見合い相手だって、一度ぐらいは会ってみても良かったのに」
 そう続けるテメノスさんの方へ近寄る。彼女は引き下がることなく、まっすぐ僕を見つめていた。
「僕の気持ちを知っているくせに。どうして、そんなことを簡単に言うんですか」
 目の前の柔らかな白い頬に手を添えるが、それでも彼女は逃げない。
 それどころか目線を鋭くして、小さな口を開くと静まりかえった夜の庭園に声を響かせた。
「私は……君のために言ってるんです。いい加減分かってください。君には家を大きくさせる役目がある。何もできない私なんかに執着したって、良いことなんてありませんよ」
 はっきりとそう話すテメノスさんの目は、月光を浴びて揺らめいていた。
 そこに嘘など無いのだろう。本心からそう言っているのだと分かる。まるで僕の気持ちなど、関係無いと言う様に。
 僕は彼女に触れていた手を下ろすと小さく深呼吸して、なるべく優しい笑顔を顔に張り付けた。
「……今度、テメノスさんと一緒に行きたい場所があるんです」
「え……?」
 近くにあったベンチに彼女を座らせてその隣に腰を降ろし、話を続ける。
 屋敷内の楽し気な声が聞こえてきて、こちらとの対比で異様な空間に思えた。
「フレイムチャーチ。知ってますよね、大聖堂がある村です」
「知っている、と言うか……」
 珍しく口淀む彼女に、つい饒舌になってしまう。
「あなたの故郷だという事も知っています。それから、故郷から届く手紙をあなたが何より楽しみにしているということも」
「!」
 明らかに動揺しているテメノスさんの姿を見て、僕は夜空へと視線を移した。
 
 二年ほど前だろうか。テメノスさんを目で追ううちに、彼女が毎月誰かと手紙のやり取りをしていることを知った。
 ある日廊下を歩いていたテメノスさんの抱えていた荷物から、一通の封筒が落ちるところを見かけたことがあったのがきっかけだ。拾って彼女へ渡そうとしたとき、その差出人の名前が目に入った。
(フレイムチャーチからだ……差出人は、ロイ。男性の名前……)
 こちらへ振り返ったテメノスさんへ拾った手紙を渡すとき、その差出人がどうしても気になった僕は「ご家族からの手紙ですか?」などとつい余計なことを口走ってしまったのだ。
 ここで「はい」と答えてもらえれば、そこまでの出来事だった。
 しかし、現実はそう甘くは無い。
 言葉尻を小さくしながら「いえ……まあ、故郷にいる家族みたいなものです……」と耳まで紅潮させながら答えた彼女の姿を見て、僕は察してしまった。きっと差出人は、僕などでは敵わないほどに彼女にって大切な人なのだろう、と。
 その出来事から、手紙が届く周期が分かってきた。おまけに毎月決まった頃に『彼』から手紙が届くるので彼女がそわそわし始めるということと、手紙が届くと嬉しそうにそれを受け取っていることまで知ってしまった。
 正直言って、絶望した。故郷の人間だなんて敵うわけがない。状況から見てきっと幼馴染か何かで初恋の相手だとか将来を誓い合っているだとか、そういう関係なのだろう……と最悪の事態を予想する。
 しかし、以前彼女へ婚約者や恋人の有無を尋ねたことがある。そのときははっきりと「そんなものいない」と答えていた。だから希望を持っていたのに、これは一体どういうことだ……?と困惑したのだ。彼女へ好意を伝えている僕には知られたくない、というのが考えられる理由ではあるのだが。

 そんなことがあり、僕はテメノスさんが故郷へ強い想いを抱いていることを知っている。あまり自分のことを語らない彼女について知ることができたのは嬉しいが、どうやら神は僕を見放したようだった。
 フレイムチャーチはウェルズリー家の領土内にある。子どもの頃には大聖堂へ何度か行ったことがあるが、テメノスさんと出会ってからは一度も訪れていない。
 彼女をフレイムチャーチへ連れて行こうと思ったのは、休日だけでは故郷へ帰ることができない彼女のためだった。僕の同行という名目があれば、短い間にはなるが故郷へ戻ることが出来る。
 彼女のことは好いているが、それ以上に感謝もしている。こんな形でしか恩を返せないが、少しでも息抜きになればいいと思ったのだ。
 それに、彼女が懇意にしているであろう彼とも会わせてあげたかった。
 きっと僕の想いは、これから先も届くことは無いだろう。
 だから、だろうか。いつしか僕は自分の幸せよりも、彼女の幸せを願うようになっていた。
 フレイムチャーチで、もし彼女が故郷へ未練を抱くような姿を見たら、その時は――――。