あなたなしでは生きられないのに
あれは10歳の、僕が精通したときのことだ。
情けない話だが、性知識に疎かった僕の精通はまったくの未知の世界だった。どうすればそうなるのかすら知らなかった。
そのため、ある日の夜にとんでもなく混乱して、更にとんでもないことをしてしまったのだ。
というのも就寝前、いつもと体の様子が違うことに気が付いた僕は「おやすみなさい」と声をかけてくれたテメノスさんの手を掴んでしまったのが始まりだ。
「どうしました?」
ベッドに入り、僕が寝る準備を終えたため部屋から出ようとしていた彼女は、僕が引き留めてしまったため傍まで寄ってくれた。
「その、さっきから……苦しくて、なにか分からないけど、変で」
うまく自分の状態を説明できず拙い言葉で告げると、テメノスさんは口元に手を添えながら何かを考えていた。
「……坊ちゃま。少し、失礼しますね」
「えっ――」
テメノスさんは勢いよく布団をめくる。そして僕の寝間着の中へと手を滑り込ませてきた。
「あっえ、ええ!?」
「いいから、じっとしててください」
ズボンの中へ、白く滑らかな指が這う。そのまま僕が「変だ」と主張したかった部分を触れられて、どんどんと息が上がっていった。
テメノスさんは目線を僕に向けると、そのまま「そこ」を掴んで撫でるように指を動かした。
ビクビクと震えるそれを綺麗な手で扱かれる。くちゅ、と音をたてた辺りで下に穿いていたものを剥かれてしまい、すべてが露になった。
「なるほど。おめでとうございます、大人になりましたね……」
何が何だか分からない状態の中、テメノスさんは手を止めずに扱き続けている。
すぐに離してほしいはずなのに、どうしてか気持ちが良く「離せ」と言えない。
与えられる欲を享受したまま横たわっていると、突如熱が集まって、そのまま彼女の手の中で弾けてしまった。
「ぁ……」
頭の中がぼんやりする。しかし、それよりも大変なことをしてしまったのでは、という考えが脳内を巡ってすぐさま体を起こした。
見ればテメノスさんの手は僕が放った白いもので汚れている。大した知識の無い僕でも、さすがに何をしてしまったのかは予想がついた。
「ご、ごっごめんなさ、ごめんなさい!」
「大丈夫ですから。……また、こうなったとき。どうすればいいか分かりますか……?」
テメノスさんの試す様な目。それに囚われている僕はごくりと息を呑み、そして、首を横に振ってしまった。
「ふふ、正直ですね。もし、またここが苦しくなったら……先程私がしたことを思い出して、同じようにするんですよ。分かりましたか?」
何度も頷いている僕に向かって、テメノスさんは目を細めながら口の端を上げて「いい子ですね」なんて言っている。
少しの沈黙の後、傍にあったタオルで晒されたままの僕の体と自分の手を清める彼女を見ながら、おずおずと口を開いた。
「次も、テメノスさんにお願いしたら駄目……?」
ぴたりと彼女の手が止まる。うーんとわざとらしく考える素振りを見せながら、テメノスさんは人差し指を口元に添えた。
「それはちょっと。でも、君が大人になったら……考えなくもないかもね?」
お互い綺麗になったあとは乱れた服を直されて、僕は再びベッドに寝かしつけられた。
「おやすみ子羊くん。いい夢を」
くしゃりと頭を撫でられて、そして離れて行く感覚。
その手をもう一度掴みたかったのに、はじめての射精で疲れ果てた身体は僕の意思を無視してまどろみの中へ沈んでいったのだった。
* * *
「――と、いうことがあった気がするんです」
「何を馬鹿なことを言ってるんですか」
庭で花壇に水やりをしている彼女を見つけて昔の記憶の話をしたら、まるでゴミを漁る野犬でも見るかのような目を向けられた。
あの日が原因だったのかは失念していたので分からないが、今まで体の異変を覚えるたびに彼女を思い浮かべながら自身を慰めていたことは墓場まで持って行こうと心に誓う。
「でもはっきりと思い出したんです。幼い僕に未知の経験を与えてくれたあなたを……」
「……はぁ」
「僕はもう18です。大人になったし、あの日の出来事を思い出したし、そろそろ続きをしてくれてもいいのかなって……でもその前にあなたと結婚したいです。……って、ちょっとテメノスさん!」
言い終える前にすたすたとこの場を去ろうとする彼女を追いかける。
追いついて隣に並んで歩いていると、呆れたようにため息をついてから面倒そうに口を開いていた。
「私はあの日、同じことをしてもいいと言っただけで続きなんて……、……あっ」
慌てて両手で口元を抑えるテメノスさんは顔を真っ赤にして立ち止まる。
それを良いことに顔を覗き込めば、大きく見開かれた瞳が忙しなくあちこちへ動かされていた。
「ほら!テメノスさんも覚えてるじゃないですか!」
「~~~~~もう、これ以上は黙秘します……!」
そこで突然、強風が起こった。木々の揺れる音と風に吹かれて乱れていく髪で、視界が悪くなる。
同じように風を受けているテメノスさんへ大丈夫かと声をかけようと思った、その瞬間。
ふわり、と彼女のスカートが大きく捲られるように舞った。
「…………ッ」
まさに早業だった。
ばさっ、と音が立つほどに素早くテメノスさんは両手でスカートを太ももの間に挟むようにして押さえつけている。
「……見ました?」
「な、なにを?」
彼女が指したものなんて分かっているが、正直に「はい」とは言えなかった。
見たと言って良いのかもあやしい。細い足首から続く白いレースのニーハイソックス、同じく白い太腿に沿ったガーターベルト。しかしその更に奥は……残念ながら見えなかった。
一応紳士として、無理してまでそこが見たいとは思わないが、やはり少しは「惜しかった」という気持ちが湧く。
「はぁ……なんで、こんな……ッ。とにかく、昔のことも今のことも忘れてください!」
それだけ言い残し、逃げるように走り去る彼女の背を見送って反対方向へ歩く。
あの時の彼女の真意は分からないが、いつか教えてくれたら良いな、なんて思っていた。