がちゃがちゃ

no one knows

「――――くん、クリック君!」
 声が聞こえる。名前を呼ばれている気がする。
 クリックが重たい瞼を持ち上げると、そこには険しい表情をしたテメノスが必死にクリックの名前を呼んでいた。
「テメノスさん……?」
 声が掠れている。視界もぼやけている。
 どうしたことかと、瞼を擦ろうとしたが腕が上がらない。
 体が鉛のように重く言うことを聞かない。
 一体、何が起こって……、……。

「ひどい熱だ。クリック君、少しでいいから立てますか?」
 テメノスがクリックの額に手を当てる。冷たい手のひらが心地よく目を閉じると「まだ寝ないで」と小言を吐かれてしまった。
 言われた通り立ち上がると隅の寝台まで連れて行かれ、そこに横たえる。
 そのままもう一度眠りに落ちようとしたが、テメノスは何故だか必死にクリックの額やら頬やらを撫でたり触ったりしている。
 どうしたのかと問えば、テメノスは悔しそうに唇を噛んだ。
「怪我のように触れて治せないかと思ったのですが……すみません、効果は無いみたいです」
 珍しく、テメノスが落ち込んでいる。
 クリックは重たい腕を上げ、いつかの日のようにテメノスの髪を撫でた。
「大丈夫です、少し寝たら良くなりますから」
 根拠など何もない。だが今はこうしてテメノスを落ち着かせたい一心で、クリックは微笑んでみせた。
 すると、どうしてかずっと聞きたかったことが脳裏をよぎった。
 今聞くことではないだろうが、この瞬間を逃せば次はいつになるか分からない。そう思うと、勝手に口が動いていた。
「あの日、夜は一人で過ごしたんですか?」
「えっ……?」
 顔を上げたテメノスは、一瞬何を聞かれているのか分からなかったようだ。
 しかしすぐにクリックが何を聞きたいのかを理解して、少し顔を赤らめてから消え入りそうな声で「はい……」と答えた。
「今そんなこと聞かなくても……」
「ずっと気になってて。僕、あなたのことが好きですから」
 テメノスの顔が更に赤くなる。
 このタイミングで話すべきではないことを二つも話してしまったと後悔するも、クリックはそのまま続けることにした。
「だから、他の人と一緒に夜を過ごしていたら嫌だなぁって、思ってたんです」
「……そんなの、ずるい」
 テメノスはクリックの手を取ると、両手で包むように握った。
 そこに額をあてて、まるで祈る様にこうべを垂れている。
「――あの日、彼の誘いは断りました。君なら……クリック君だったなら良かったのにって。だけど君は私へ会いには来なかった。だから……私のことなんて興味が無いと思っていたんです」
 クリックが包まれている手でテメノスの手を握り返す。
 すると顔を上げた翡翠は不安げに揺れていて、胸の奥が深海へ沈むように重くなっていった。
「まさか。気が付けばあなたのことばかり考えていました。会いに行けなくてすみません、何か理由が無ければと、思ってしまって」
 テメノスが首を振る。
 そして無理やり笑顔を張り付けた表情になると手を離し、クリックの髪を撫でた。
「君だったらいつでも歓迎するって、言ったじゃないですか」

 クリックがテメノスの腕を引く。
「わっ――!」
 バランスを崩したテメノスは寝台に手をつき、クリックに覆いかぶさる様な体勢になる。
 そして二つの影と同じように、二人の唇が重なっていた。
「……僕と同じように想ってくれていると、そう考えて良いのでしょうか」
 触れるだけのキスに熱を奪われていく。
 テメノスも離れようとはせず、求められるがまま何度も唇を重ねていた。
「いい、です。そう思っていてください。君は鈍いから……ん、あっ」
 心が通じたと分かった瞬間、クリックはテメノスの口を舌で割った。押し入れながら互いのものを絡ませていく。
 すると、クリックは体の怠さが消えていることに気が付いた。
 先程までは互いのことに夢中なせいで熱のことを忘れているのだとばかり思っていたが、実際に熱が引いている気がする。
「テメノス、さん」
「クリックくん待って、ぁ、ん……」
 絡ませていた舌を抜き、最後に愛おし気に口を吸う。
 そして惜しみながら顔を離し、クリックは体を起こした。
「……やっぱり」
 クリックはベッドの上で簡単に体を捩ったり動かしたりしてみた。
 先程までの消耗しきっていた己は既になく、額に触れてみても熱など感じさせなかった。
 テメノスも異変に気が付いたようで、確認の為かクリックの体のあちこちへと触れている。
 心配してくれているのだというのに、告白したばかりで濃厚なキスまでして、明らかに“そういう”雰囲気になっていたばかりに反応しそうになってしまう。
 しかしテメノスはそんなクリックのことなど気がついてはいないようで「熱が引いているし体力も戻ってる……」と、驚きに満ち溢れた顔をしていた。

「もしかしたら、なんですけど」
 テメノスが顎に手を添え、何かを考え始めた。
「最近、どうして君にだけ治癒の効果が上がるのかを調べていて。そうしたら神官の能力を研究していた学者の文献を目にしまして……、その……」
 口ごもる様子に、クリックが首を傾げる。
「そんなに話しづらいこと、なんですか?」
「そういうわけでは、ないのですが。えっと……笑わないで、くださいね」
 クリックは「勿論ですよ」と頷く。
 その言葉に安心したのか、テメノスは話の続きを始めた。

 神官の治癒は、人間の回復能力を促進させるだけで病気には効果がありません。
 ですが稀に、そういったものにも効果が表れることがあったそうです。
 誰にでもその現象が起こるわけではなく、その条件は――。
 
「……からだの相性がいいこと、ですか」
「その文献によるとね。検証もできないので、特に気にもしていなかったのですが……」
 話し終えたテメノスが大きく息を吐く。こんな話、相手が誰であろうと躊躇われただろう。
 それに、つまり。
「と、いうことは。僕とテメノスさんはからだの相性が良いということでしょうか」
 テメノスの肩が跳ねる。
「し、知りませんよ。……試したこともありませんし」
 話がその方向に向くのが嫌で躊躇っていたのだと分かっているのに、嬉しさのあまりつい聞かずにはいられなかった。
「でも傷痕が消えたのだって、熱が引いたのだって。僕とテメノスさんの相性が良いからだとしたら納得できるじゃないですか」
「……そう、かもしれませんが」
 テメノスが顔を反らす前に、クリックがもう一度その腕を引く。
 目線が絡み、先ほどのように互いの顔が近づいていく。
 しかし唇が触れあうことはなかった。クリックはテメノスの耳元へ顔を寄せ、相手が逃げられぬよう後頭部を撫でている。
「ずっと会いに行けなくてすみません。今夜、僕と過ごしてはいただけませんか」
 返事は無かったが、小さく頷いているのが分かってクリックはその体を力いっぱい抱きしめた。