がちゃがちゃ

no one knows

 あれから数週間ほど経ったが、クリックはテメノスへ会いに行ってはいない。
 結局あの騎士と本当に二人で会わなかったのか気になるところではあるが、自分から訪れる理由が無かった。
 つまりはどこにも怪我を負っていない。治癒以外で会いに行く理由が思いつかず、気が付けば時間ばかり過ぎてしまっていた。
 運悪く大聖堂でも麓の教会でもすれ違うこともなく、どうやって彼の顔を見に行けばいいかと考えるばかりであった。
 
 そんなある日、フレイムチャーチを大雨が襲った。
 普段は村のように穏やかな雨ばかりなので、ここまでの豪雨は珍しい。
 建物が浸水する恐れは無さそうであったが、念のため村にいる人間は教会か大聖堂へ避難することとなった。
 避難誘導には騎士と手が空いている神官があたり、クリックもフードをかぶり逃げ遅れている人がいないか、村中を駆けまわっていた。

 クリックがすべての建物を確認し終えて自分も教会へ戻ろうとした、その時だった。
(この声は――)
 雨音にかき消されながらも、緊張感を削ぐなんとも情けない声が遠くから聞こえた。
 振り返って声がする方へ確認に向かう。放牧されていた動物たちはすでに高台の放牧地か羊舎へ移動させられはずではあるが、あの鳴き声は確かに聞き慣れた羊のものであった。
 雨が強くなり、視界が悪くなる。聞こえていた鳴き声も徐々に小さくなっていき、クリックは不安に駆られながらもその姿を探し続けた。
 そしてついに、村のはずれで雨に濡れた小さな羊を発見できた。大きな木の下で震えながら、それでもどこかへ逃げようと辺りを見渡している。
 クリックはすぐに駆け寄り、安全な場所へと連れて行こうとした。
 しかし小さな体はクリックを拒んで暴れてしまう。どうにか落ち着かせようにもその術を知らず、さらに遠くへ行ってしまわないように抑え込むだけで精いっぱいだった。
 
 すると、雨にまみれながら別の影がやって来た。
「やっと見つけた」
 子羊を抑え込みながらしゃがんでいたクリックが顔を上げる。
 そこには、同じくフードを被ったテメノスがいた。
「どうして」
 クリックの問いには答えず、テメノスは不安そうにしている子羊の正面へと膝をついた。そして首下や背中をゆっくりと撫でながら落ち着いた声色で「大丈夫」と声をかけている。
 すると徐々に子羊の様子は落ち着いていき、クリックが抱えずとも暴れることはなくなっていった。
 
「ふふ、この子も人間と同じです。力任せではなく安心させてあげることが大事ですよ」
 言いながらテメノスは立ち上がり「行きましょう」と言った。
 クリックは村へと戻るものだと思っていたが、テメノスは真逆の方法へと歩きはじめる。
「あの、どちらへ向かわれているのですか」
「この大雨の中、今から村へ戻っていては危険です。少し上った先に山小屋があるはずなので、そちらへ行きましょう」
 クリックは子羊がはぐれてしまわないよう抱きかかえ、テメノスの後を着いて行くことにした。

 * * *

 しばらくすると、テメノスの話した通り小さな山小屋が見えてきた。
 普段は木こりや大工が使っているのだろう。建物の中には最低限の家具と、ありがたいことに暖炉が備え付けられていた。
 クリックは子羊を下ろし積み上げられていた薪を暖炉にくべはじめる。薪の状態から、どうやら今も使われている山小屋の様だ。
 火をおこすと部屋の中は暖まっていき、なんとか難を逃れたのだと胸を撫でおろす。
「テメノスさんは、どうしてあそこにいたのですか?」
 体を乾かそうと、クリックは身につけているものをひとつひとつ外していく。
 サーコートを脱ぎ適当な場所に干して乾かそうとしていると、テメノスも法衣を脱いでいた。その下にも服を着ているというのに、何かを脱いでいるというなんでもない様子を見てはいけない気がして目を反らした。そんなテメノスの足元では先ほどまで元気のなかった子羊が飛び回っている。どうやら体力が戻ってきたようだ。

「村で避難誘導をしている途中で、君がどこかへ向かって行く姿を見ました。何かあったのだと思い、そのまま追いかけたんです」
 脱いだ法衣を乾かしながらテメノスが答える。
 いつの間にか子羊は眠ってしまったようで、部屋の隅で小さく丸まっていた。
「そうだったんですか。巻き込んでしまったみたいで申し訳ないです……」
「いえ、これは私が判断したことですから。それに、どうやらお役に立てたようですし」
 テメノスは積まれていた布の中から使えそうなものを引っ張り出すと、子羊の傍に屈んだ。大人しく眠っている小さな体を乾かそうとしている。
「僕だけではきっとその子を救えませんでした。ありがとうございます」
 クリックはテメノスの傍へ寄り、頭を下げる。
「そんな大したことはしていませんよ。君も休んだ方が良い。雨がおさまってきたら、一緒に村へ戻りましょう」
「そうですね……」
 テメノスへ倣うようにクリックも壁を背にしてその場に座り込んだ。
 雨音が響く室内に会話は無く、いつの間にかクリックはまどろみに包まれていった。