がちゃがちゃ

from eternity

 次の日、僕は病室で見舞いに来てくれたオルトから永遠とも思える小言を聞かされていた。
 目が覚めたならすぐ連絡しろだとか、立場を考えろだとか。そろそろノイローゼになりそうだと思いはじめたあたりで、ノックが聞こえてきた。僕が返事をするとテメノスさんが入ってきて、ベッド脇の椅子へ座っているオルトの横へと立つ。
「どうですか、オルトくんの説教は。どんな魔物の一撃よりも、一番ダメージが大きそうですが」
 テメノスさんはオルトが差し入れに持ってきてくれていた果物籠の中からリンゴを手に取ると、にこにこと微笑みながら傍に置かれていたフルーツナイフで丁寧に皮をむき始めた。
「そろそろ瀕死になりそうです」
「おい、誰のせいだと思ってるんだ」
 オルトは怒っている素振りを見せているが、実際はそこまでではないことなど分かっている。何年親友をやっていると思っているんだ。
 そんな僕の様子にも気が付いているようで、オルトは深い深い溜息をついた。
「確かに俺は、お前たちの為にこの病室を用意した。二人の仲を知っているし、久しぶりに会うのだからと俺なりに気を遣って……だが、まさか……仮にも怪我人だぞ。一晩中だなんて、思わないじゃないか」
 そう。僕とテメノスさんは、結局日が昇るまで交わっていた。朝になると見回りがやって来ることなど、頭の中からきれいさっぱり無くなっていたのだ。
 結局見回りの一人に室内の様子がおかしいことに気づかれてしまい、慌てて走り去っていくような足音聞いて僕たちはやっと正気を取り戻した。
 僕が慌てて身なりを整えている内に動けるテメノスさんが周辺を整えてくれた。ベッドに真新しいシーツを広げたあと汚れたものを洗ってくると言って服とシーツを抱えながら病室を出て行った直後、彼と入れ替わるようににオルトがやってきて室内の状況に唖然としていたのを思い出す。
 証拠らしいものは全て捨てはしたが、服もベッドもひどく乱れている。ここで僕たちが何をしていたかなど、バレているだろう。
 そうして説教をくらっている……という状態だ。

「お前らは秩序というものを知らんのか」
 オルトは本日何度目か分からないため息をつき、遠くへ目線を逃がした。もう言いたいことはすべて言い終えたようだ。
「知っているからこそ申し訳ないと思っているんじゃないですか。ねぇ?」
 テメノスさんは切り終えたリンゴの一欠けらを持って、空いている椅子ではなくベッドサイドへ腰を降ろした。
 そして僕の上半身へもたれかかりながら、手に持っていたリンゴを口元へ持ってくる。
「しっかり食べないと。はやく回復してもらわないと困ります」
「あ、あの」
「ほら」
 あーんして。そう言われて素直に口をあけると、甘く熟れたリンゴが入ってきた。しゃく、と音がなり、最後までのみ込むとテメノスさんは満足そうに目を細めていた。
 ずっとこうしていたい反面、オルトが気がかりとなりそちらへ目線を移す。彼はこの一連の様子を見ても動じていないようだった。なんて強い奴なんだ。
「……で、そもそもテメノスは用があってここに呼ばれているのを忘れてはいないよな? 今日まではこいつの看病があるから予定を延ばしていたが、目を覚ましたのだから本部の方へ来てもらうぞ」
「え、嫌です。こんな子羊くんを置いていけるわけないじゃないですか。それにもう離れないって約束しちゃいました」
「…………」
 やばい。オルトの眉間の皴が谷の様に深くなり、今まで見たことのない表情をしている。
 何故か僕の方が慌ててしまい、テメノスさんへと視線を戻した。
「僕ならもう平気ですから。オルト……というか、仕事の方へ戻ってもらって大丈夫ですよ」
「……子羊くんは、私がいなくても平気なの?」
 その聞き方は卑怯だろう。平気なわけないじゃないですかと抱きしめられたらどれほど良いか。
 はっきりと彼を自分から離すことが出来ない。オルト、すまない。僕は君の親友失格かもしれない……。

 あたふたしている僕を見ていたテメノスさんは、オルトの方へ向き直った。
「――冗談はここまでにして。では、そろそろ行きましょうか。ほらオルト君、さっさとしてください」
「いや、お前が離れたくないと駄々をこねたんじゃないか……」
 テメノスさんは立ち上がり、ぶつぶつと文句を言い続けているオルトを外へ出るように促す。
 それに続くそぶりを見せながら、テメノスさんはこちらへ振り返った。
「テメノスさ――」
 どうしたのかと名前を呼ぼうとした、一瞬の間。
 柔らかい唇がふわりと触れてきて、顔に熱が集まっていった。
「ふふ、またあとでね。子羊くん」
 そう言い残して、病室から出て行ってしまった。
 外はまだまだ明るい。テメノスさんの仕事が終わるのは何時頃だろう。
 そんなことを考えながら残されたリンゴを口に含み、僕は怠惰にもシーツの中へと沈んでいった。