from eternity
うわあ。とんでもなく間抜けな声が出てしまった。
今は真夜中、場所はテメノスさんの自宅、これから就寝するはずだったので格好は寝間着。一ヵ月程前に口説きに口説いてやっと彼と恋仲になることができた僕は、ベッドの上で付き合いたての恋人に押し倒されていた。
上からじっと僕を見下ろすテメノスさんの表情は暗くてよく見えない。しかし、うっすらとカーテンの隙間から差し込む月明りに照らされていて、まるで彫刻の様に綺麗だった。
そして僕を押し倒したまま何も言わないテメノスさんへ手を伸ばそうとした時、やっと彼は小さな口を開いた。
「君は、いつになったら私に手を出してくれるんですか」
「……は?」
また間抜けな返事をしてしまった。
僕の返事が気に入らなかったのだろう。テメノスさんは怪訝そうに眉を寄せた。こちらを貫く視線が鋭くなっていく。
そんな彼の表情に耐えられそうにないと判断した僕は、息を呑みテメノスさんの頬へ触れた。
「その、手を出すというのは」
「言葉のままの意味です。君には性欲が無いの?」
恋人のあまりにも明け透けな言い方に眩暈を覚えた僕は、思わず両手で顔面を覆ってしまった。
テメノスさんが確認したいのは、僕の性欲の有無ではない。あるに決まっている。そして“ある”と分かったうえで、何故行動に移さないのかこの臆病者め、とでも言いたいのだろう。
テメノスさんとの仲が進展したのはつい最近のことで、これからのことは自分なりに考えていた。出来るだけ二人の時間を作るよう徹したし、手紙のやり取りも行っていた。ずっと憧れていた人にやっと近づけたのだから、それぐらいは当然だった。
しかし、恋人となった今。もう子どもでもないのだから、ただ一緒にいるだけでは済まなくなってくる。
なにも身体の交わりだけが恋愛ではないと思うし、そういう愛情表現があっても良いと思う。
僕としては、この先を望んでいた。テメノスさんも同じなのだと分かって嬉しい。僕も聖職者ではあるが、彼はより主に近い神官、しかも異端審問官という立場にある。世俗的な欲になど、興味も関心も無いと思っていたからだ。
もっと彼に触れたいと思っていた。だけどテメノスさんがどうしたいのかが分からないうちは無暗に手を出そうと思わなかったし、僕としては彼を大事にしたかったのだ。
だからキスをするときだって優しく、傷付けないように触れる程度で済ませていた。まるで母親が子を愛しむときの様なそれに彼がもどかしさを覚えていたのならば、ずっと我慢させていたことになる。申し訳ないと思う反面、もっと早く言ってほしかったと泣き言が漏れそうになる。
湯浴みだって常に別だ。裸を見たことも見せたことも無い。思いが通じ合ってから、僕たちは偽りなく清い関係のままなのだ。
だからテメノスさんの想いを確認しつつ、少しずつ触れ合いを増やして徐々に距離を縮めていこう。そう思っていたのに……。
「今私を抱いてくれないのなら、君とはお別れしますから」
「ええ!?」
突然の宣言に、口から心臓が飛び出しそうになる。
僕から顔を背ける彼がこのままでは本当にどこかへ行ってしまいそうで、慌てて腕を掴んで引き留めた。
「そんなの、冗談でもやめてください!」
「冗談ではないです。嫌ならさっさと抱いてください」
「またそんな……」
再びツンとそっぽを向かれてしまう。そんな様子さえ可愛らしくて……ではなく。今はとりあえず、彼に機嫌を直してもらわねばならない。僕がどれだけテメノスさんを大事に想っているのか、理解してもらわねば。
上体を起こして彼の細い身体を抱きしめると、心臓の音が伝わってきた。こんなにもドキドキしてくれているのなら、もっと素直に甘えてくれたらいいのにと思う。
「僕はあなたを大事にしたかっただけで、今も変わらず愛しているんですよ。だから準備も何もしていない状況で、いきなりは」
「してます、準備」
「は……?」
本日三度目の間抜けな声。しかし許してほしい、こんな声にもなるだろう。
準備ってなんだ。何を言っているんだ。彼の意図が分からず、抱きしめていた腕を華奢な肩に置く。
「ごめんなさい、頭が追い付きません……」
僕の言葉に、テメノスさんはおかしそうに笑った。そして「今のは笑うところではないだろう」と言う前に僕の膝上に乗り上げてくる。
「いつも君を想って、一人でこうしている私を惨めだと思うなら……願いを聞いてくれませんか?」
そう言いながら、テメノスさんは手を背後へと伸ばす。服の中に手を忍ばせたあたりで、くちゅ、と音が聞こえてきた。見えはしないが、彼が今何をシているのか想像がつく。
「テメノスさん……」
思わず名前を呼ぶと、手を握られた。どうするのだろうと黙っていると、その手を彼の腰へと導かれた。それから、ゆっくりと、その下へ……、……。
まわりから鈍いと言われる僕でもやっと状況が理解できてきた。「あの」と声をかけるより先に、彼は先ほどしていた様に今度は僕の手を自らの服の中に忍ばせている。
「触って、確かめてみます……?」
試すような口調に、ごくりと喉が鳴る。きっと今、僕はひどい顔をしているだろう。
彼の手が解かれても、僕はそこへ触れたままだ。ここまでお膳立てされて逃げるほど気弱でも臆病でもない。
少しずつ導かれた先を弄り、目当ての場所を探り当てる。
「ッは、ァ……」
少し濡れた窄みを指で撫でるだけで、テメノスさんは熱い吐息を漏らした。
ヒクヒクしているそこへ、ゆっくりと中指を入れる。彼が準備していると言った通り、そこはとろとろと柔らかく、迎えるように濡れていた。
(うわ、これは……やばいかも)
予想もしていなかった事態に、顔中が熱くなっていく。しかしそれ以上にテメノスさんの顔も赤い。ぽわわわ、と効果音がつきそうなほど耳まで真っ赤にさせている。そちらから誘ってきたと言うのに。
「本当に、いいんですね?」
確認すると、テメノスさんは無言のままコクコクと小刻みに頷いた。なので指を更に押し入れると僕の胸に額を押し付けるように顔を埋め、必死に与えられる刺激に耐えている。普段は気丈に振舞っている彼がここまで縮こまっているのは、正直、ものすごくクる。しかしそれを口にすれば何を言われるか分かったものではないので黙っておく。
「テメノスさん、すごく可愛いです」
なんとか可愛いという言葉だけに留めて、彼のナカを解すように弄る。吸い付くように指を締め付けられて、今すぐこれを抜いて昂っている方を挿入れたいところではある。
しかし我慢だ。いくら“準備”をしてあるとはいえ、初めての行為なので慎重に……、あれ。はじめて、だよな?
「あの、テメノスさん」
「ひ、ぁッ!」
くに、と指をナカで曲げる。返事の代わりに喘ぐ彼に、そのまま思っていることを問いかけることにした。
「こういうの、はじめて……ですか?」
ですよね、ではなく、ですか、と聞いてしまった。怖かったのだ。もし過去に別の相手がいて、その人と比べられたらどうしよう、だとか。そうしたら本当にお別れされてしまうのではないか、だとか。僕以外の人が先に彼の身体の奥まで暴いていたとして、それを責められる立場ではないことなど分かってはいるのだが。
僕自身は、テメノスさん以外の男性経験は無い。女性とはそれなりにあったが、どれも実家でのゴタゴタが原因だったり“つまらない人”と言われることが多く、長続きしていない。失った関係を追うこともしなかった。いつも流されるまま、その場での関係しか築けなかった。
だけどテメノスさんは違う。初めて自分から求めた相手だ。だから今まで以上に大切にしたかった。彼を傷つけないためにも、この質問は大切……のはずだ。
しばらく様子を見ていたが、テメノスさんからの返事は無い。相変わらず可愛らしく喘ぎながら僕に身体を預けている。真っ赤な耳を食みながら「答えてください」と問うと、ふるふると震えはじめてしまった。まずい、やり過ぎたか。
「……、クリックくん」
名前を呼ばれ、意識がそちらに向かう。見れば、蕩けた表情のテメノスさんが僕を見上げていた。
「君が、はじめて……です。恋焦がれるのも、こうして全て曝け出そうと思ったのも、身体を繋げたいと、思った……のも……」
言い終えると、テメノスさんは再び顔を隠すように僕の肩口に顔を押し当てて小さく震えている。
なんだ今の。夢ではないよな、と考えてしまう。
テメノスさんは細身ではあるが、小柄なわけではない。だが今腕の中に収まっている彼は、なんだか小動物のような愛らしさがあった。
今すぐ抱き潰したい欲を何とか堪えつつ、彼のナカに収まる指の数を増やした。
「あッ、くりっく、くん……、ひぁッん!」
「嬉しいです、あなたの初めての人になれて……」
指を動かすたび、くちゅくちゅと興奮材料にしかなり得ない音が響く。
「テメノスさん、顔あげてください」
言われた通り顔を上げた彼へ口づける。舌を捻じ込みながら深く重ねると、テメノスさんは更に顔を蕩けさせていった。
「ん、ぁ……♡」
互いの舌を絡ませながら時折上顎をなぞる様に舐め、柔らかい唇を食む。それを受け入れながらぎゅうぎゅうと力いっぱいに抱き着いてくるテメノスさんが愛おしくて、はやく自分のものにしたくて、肉壁を押しつぶしていた指を抜いた。
「あ……ッ」
指が抜けていく瞬間、テメノスさんは物足りないと言いたげにこちらを見上げていた。
それに応えるべく、僕は彼を押し倒しながら一枚一枚丁寧に身にまとっているものを脱がせた。一糸纏わぬ姿となったところで、シーツへと深く沈めていく。
そして自分も手早く服を脱ぎ捨てて、テメノスさんの手に指を絡ませた。
「あなたが僕を煽ったんですから。覚悟してくださいね」