がちゃがちゃ

盲目的な愛を説く

 あれから翌朝、クリックが目を覚ますといつものテメノスが目の前にいた。
「おはよう、クリック君」
「おはようございま、す……え、あれっ。主よ、僕は許されたのでしょうか……」
「朝から何言ってるんですか。ほら、今日はお休みじゃないでしょう?早く起きないと」
 クリックがベッドから体を起こしていると、テメノスは手早く着替え終えてカーテンを開けていた。昨夜の後処理も、いつの間にか終わっているようだ。
「テメノスさん、あのっ僕は……」
「いいんです、私が間違っていました。君はずっと私を見てくれていたのに、それに気が付くこともできず……年上なのに情けない姿を見せてしまいました」
「そんな!あなたは何も悪く……あ、れ……?」
 クリックは眉を下げて笑うテメノスをとにかく抱きしめたくて起き上がろうとした。
 しかし全身が鉛の様に重たく、思う様に動かない。同時に頭がお湯を被ったように熱く、視界が揺らいでいく。
「……クリックくん?」
 90度に傾いていく視界の片隅で、テメノスが駆け寄ってくるのが見えた気がした。

 * * * * * * *

「で、案の定風邪を引いてるんだから情けないですよねぇ」
「……言葉もありません」
 ベッドで寝込んでいるクリックの看病をしながら、テメノスの小言が止まることは無かった。話を聞くに、どうやらクリックの病欠についても彼が騎士団へ伝えてくれたらしい。
 テメノスはトレイに乗せたミルク粥をベッドまで運んでくると、ベッドのそばに椅子を置いてそこに座る。スプーンに一口分の粥を掬うと体を起こしたクリックの口元まで運んだ。
「食べられそうですか?」
「えっと、冷ましてほしいな……、なんて」
 えへ、と首を傾げてかわいこぶるクリックにテメノスは手を引っ込めた。
「私が病人だからと言って甘やかすと思います?」
「でも、僕は特別ですよね」
「……君、本当は元気なんじゃないですか?」
 そう言いながらも、ふぅ、と息をかけて冷ましてくれる。やっぱり僕には特別甘くて厳しいのだと、クリックの口元が緩む。
「こら。騎士がそんなだらしない表情をするものじゃありません」
「だってぇ」
 小言を吐きながらも、「あーんして」と甘やかしてくる年上の神官の可愛さときたら、なんたることか。粥と一緒に幸せを噛み締めながらにこにこと笑っていると、深い溜息をつかれてしまった。
「なんでもいいから早く食べて、はやく良くなってくださいね。このままじゃ一緒に寝れないじゃないですか」
「へ……?」
 テメノスはそれだけ言うとトレイをサイドチェストに置いて立ち去ろうとしてしまう。
「あのっ!テメノスさん!」
 クリックは慌ててテメノスの腕を掴んだ。振り返った白い頬は赤く染まっており、クリックはごくりと息を呑む。
「すぐには無理かもしれませんが、僕が、えっと……その」
「はやくしてください、日が暮れてしまいます」
 ふいっとそっぽを向かれてしまうが、構わずにクリックは続ける。
「僕が、もう少し騎士として立派になったら……その、一緒に住んでくれませんか!」

 こんなこと、人生ではもう言うことのない台詞かもしれない。
 クリックが反応をうかがっていると、テメノスは掴まれた腕を振り払ってしまった。

「……考えておきます。だから、はやく元気になってくださいね」
 そう言い残して、テメノスは身支度を終えると部屋から出て行ってしまった。
 ひとり残されたクリックはベッドに沈み、天井を見上げる。
 きっと、毎日同じ朝を迎えられるようになる。その日は遠くはないはずだ。