盲目的な愛を説く
テメノス・ミストラルは不思議な人だ。クリック・ウェルズリーはフレイムチャーチ奥にある夕暮れ時の大聖堂を見上げながら、そんなことを考えていた。
聖堂機関長カルディナの死後、教会を渦巻いていた一連の事件の真相が明るみとなった。それは他でもないテメノス審問官によるものだ。世の中は理不尽なことばかりだが、少しでも彼の役に立つことができたのならこれ以上の喜びは無い。
今はすっかり元通りとなった大聖堂のステンドグラスを見ると、いつか彼とともに戦った日のことを思い出す。神官なのに後ろに下がることなく、少しでも疑いがあればすぐに首を突っ込む。普段は捻くれた物言いをするのに時折まるで聖母のような優しさを見せる彼に少しずつ惹かれていることに気が付いた時には、顔を合わせる度に鼓動がうるさくなっていった。
これまでの事件が影響して、教会に反発する者が増えたと報告されている。聖堂機関本部があるストームヘイルだけでなく大聖堂のあるフレイムチャーチにも異端や暴徒が現れる可能性が高い。それを防ぐために、クリックは再び大聖堂での警護に着任することとなった。
それからは、テメノスと会う頻度が増えた。顔を合わせて挨拶をするだけの日もあれば、ともに村の周辺の警備をすることもあった。
神官がわざわざ村の外まで警備する必要があるのかと訊いたことがあった。するとテメノスは「フレイムチャーチの人々を守るのも私の仕事なので」と優しい声色で答え、そういえば彼はこういう人だったと思い出して胸の中があたたかくなったのを覚えている。
今日も大聖堂周辺の警護と巡礼者への対応等でクリックの一日が終わろうとしていた。
帰る前に大聖堂内のステンドグラスを見上げるのが日課になってしまっているクリックは、この日も同じように月明りで照らされた色を眺めながら目を閉じて祈りを捧げる。
(これからも、多くの人々を護ることができるよう力をお与えください)
自分一人ですべての人を護ることなんて不可能だ。だから、せめて周りの人……そして、頭の中を支配している彼だけでも自分の手で護りたい。
日課の祈りを終えて目を開ける。人の気配を感じて隣へと視線を送ると、その少し下に今しがた思い描いていたばかりの人がそこにいた。
「え、テメノスさん!?」
「はい。今日もご苦労様です、クリック君」
にこりと微笑む表情が月明りで仄かに照らされている。その姿に目を奪われながらも、あまりじろじろと見てはいけないと思いクリックは慌てて視線を逸らした。
燭台に火が灯っていないため、明かりはステンドグラスから差し込む月明りのみだ。だというのに、隣にいる彼が輝いているように見える理由は分かっている。
「いつも真剣に祈っていますね。なにを祈っているんです?」
「それは、これからもあなたをお守りしたい……と……、あっ」
テメノスの問いに、クリックは思っているままを口にしてしまった。
この月明りが悪いのだ。月光とは人の思考を鈍らせる。すべてのものがまやかしに思えてくるような、不思議な力がある。
クリックは慌てて「あなたや周りの人を」と付け加えた。
「ふふ、嬉しいけど……私は誰に護られなくても平気ですよ」
そう答えたテメノスの横顔がどこか寂しそうで、そして何かの諦めを感じた。
いつかこの人は、どこかに行ってしまう気がした。気になることが出来たら一人でふらっと旅に出て、なんでもないみたいな顔で悲しみや絶望を受け止めて、そしていつか本当にいなくなってしまうのではないか。
気が付けば、クリックは両手でテメノスの手を取っていた。
「たとえあなたが誰を必要としていなくても、僕は一生この身をあなたに捧げてお守りしたいです」
手を強く握ってしまったせいか、テメノスは自分の手元とクリックの顔を交互に見やっている。驚いているのか目を大きく瞬きさせて、そして声を上げて笑った。
「ちょっと情熱的過ぎますね。演劇かなにかの練習?」
「ちゃ、茶化さないでください!僕は、その、本気……ですから」
本気、という言葉に釣られるようにテメノスの目が細められる。
「……、……そう。本気、なんですね?」
そして、じっとクリックを見つめている。クリックは息を呑み、ずっと胸の内に秘めていた想いを吐き出すことにした。
「ずっと、お慕いしておりました。許されるのならば、今際の際まであなたのお傍にいさせてください」