がちゃがちゃ

盲目的な愛を説く

 そして一ヵ月が過ぎ、クリックは二人の時間が合うたびにテメノスから自宅へと招かれていた。
 そこで行うことなど決まっている。恋人とはこういう関係で良いのだろうかと考えたことはあるが、体を重ねる度にテメノスは嬉しそうにしていたし何より行為に対して積極的だった。
 クリックから誘うこともあったが、そうすると幸せだと言わんばかりにくっついてくるのだ。外では絶対にそんな姿を見せないし子どもの様に甘えてくることはないので、どうしても皮肉屋の神官を可愛いと思ってしまう。
 しかし、それにしたって行為の数が多すぎるのではないだろうか。だったら他に何をすべきかと問われたら明確な答えがあるわけでもないが、例えば将来について話し合ったりだとか……と考えていると大聖堂の前で後ろからこつんと後頭部を杖で叩かれた。
「こら、子羊君。騎士様がぼーっとしては駄目でしょう?」
 振り向くと、恐らく巡礼路からやって来たばかりのテメノスが佇んでいた。村の教会と大聖堂を行ったり来たりするのは大変だろうに、異端審問官とはこの村の誰より仕事が多いようだ。

「……あの、テメノスさん。今夜お時間はありますか」
「ええ、空いてますけど」
「だったら、今日もお邪魔してもいいですか?」
 今朝までいたばかりだが、とは言えない。クリックの誘いに、テメノスは快く頷いた。
「もちろんです。お待ちしておりますね」
 神官らしく穏やかに微笑むその瞳の奥に確かな熱があることはクリックにしか分からないだろう。しかし、気が付いてしまうからこそ、胸の奥が痛んだ。今夜はその願いに応えられない。
(今日こそ、このままでいいのかってちゃんと伝えなきゃ)

 * * * * * * *

 夜になり、自室で鎧から私服へと着替えたクリックはテメノスの自宅へと向かった。玄関をノックすると扉が開いて、あたたかな光と恋人が出迎えてくれる。
「いらっしゃい、クリック君」
 大好きな人だ。この人だけを愛している。傍で一生護ると誓ったし、自分の手で幸せにしたい。それは変わらない。
 だけど、だからこそ。今のままではこの関係にいつか終わりを迎える気がしてならないのだ。

「お邪魔します、テメノスさん」
 室内に招かれたクリックは、テメノスが座った椅子のテーブルを挟んだ向かいに座る。注いだばかりのお茶を出され、それに一口つけたあとに「あの」と話し始めた。
「今日は、ちょっと相談があるんです」
 二人のことで、と付け加えるとテメノスは首を傾げた。
「おや、なんでしょう」
 テメノスも自分が用意した茶を飲んでいる。クリックは小さく息を吐いた後、意を決して思いの丈を打ち明けた。
「しばらく控えませんか」
「控えるって、なにを」
「その、……“ああいうこと”を」
 
 セックスなんて、必ずしなければならないわけじゃない。もちろん愛しい人と肌を重ねたいし触れたい気持ちもある。だけど、愛ってそれだけではないはずだ。語り合う愛もあれば一緒に過ごすだけで満たされることもあるだろう。性欲については、その後で良いのではないか。
 そこまで伝えきるとクリックは深呼吸をした。やった、言えたぞ。この後は二人の将来について……と続けようとしたところで、テメノスの様子がおかしいことに気が付いた。
「あの、テメノスさん……?」
 反応は無い。カップから離れた手がテーブルの上で握りこぶしを作って僅かに震えており、視線はあちこちに動き、明らかに動揺していることが分かる。
「……帰ってください」
「えっ」
 テメノスの一言に、今度はクリックが動揺する。彼は怒っているのだろうか。しかし、一体なにを怒っているというのか?
「今日は帰ってください。もう、来ることもないかもしれませんが」
 待ってくれと言う前に無理やり外へ追い出されてしまった。目の前であたたかい部屋へと続く玄関の扉がバタンと乱暴に閉められ、急激に虚しさがクリックを襲う。
(そんな。なんで、どうしてですか、テメノスさん)
 何度かドアをノックしたが返事が無い。無視を決め込んでいるようだ。
 どうすることもできず、クリックはその場を後にした。