がちゃがちゃ

persona

 今年で三十路を迎えたわけだが、まさかこの歳で恋を知ることになるとは思わなかった。
 ソローネ君のおかげでモヤモヤとしていた気持ちが幾分か晴れたことにより、私は次にクリック君に会ったとき、どう接するべきかを考えていた。
 いきなり普段と違う態度を取ると不自然に思われるかもしれないし、そもそも私には行動で他人を魅了できるようなテクニックなどない。流れに身を任せるしかないのだ。
 そうこうしている内にオルト君からお呼びがかかり、ストームヘイルへ向かうこととなった。
 最後に聖堂機関本部へ顔を出したのは二ヵ月ほど前だ。クリック君を意識するようになってから初めて顔を合わせることになるので、柄にもなく緊張してしまっている。
 そしてストームヘイルへ辿り着いた私は街に足を踏み入れ、本部の建物を目指す。入口へ続く大きな階段の前まで来た辺りで、遠くからこちらの名前を呼ぶ声が聞こえた。その正体が分かってしまった私は、その場で固まってしまっていた。
「テメノスさん、お久しぶりです! ……って、あれ。どうかしましたか?」
 クリック君が駆け寄ってきて、私はやっと彼の方へ振り返った。今日は曇天だというのに、その姿が眩しく見える。
「いや、なんでも……久しぶりですね、クリック君。変わらず元気そうだ」
「はい。テメノスさんもお変わりないようで安心しました」
 そう言って、にこりと笑顔を向けてくれる子羊くん。くう、可愛い。彼の視線をまっすぐ受け止めることができず、視線をあちこちに動かしてしまう。
 そして少しの沈黙のあと、クリック君が「そうだ」と呟いた。
「テメノスさん、今日は宿泊されますよね。よければ……」
「――クリック!」
 更に遠くから、彼の上官と思われる騎士が声を張り上げていた。クリック君はそれに反応するように背筋を伸ばし、慌てて振り返っている。
「ふふ、忙しそうですね。はやく戻った方がいいのでは?」
「は、はい……こちらから呼び止めたのにすみません、行ってきます」
 そう言い残して、クリック君は上官の方へ戻ってしまった。その背中を見届けた私は胸に手を当て、ふう、と息を漏らす。なんて心臓に悪い。
 彼の姿が見えなくなっても目を離せずその場で立ち尽くしていると、本部の入り口から別の見知った姿が現れた。
「そんなところで何をしてるんだ。中に入ればいいだろう」
「お、オルト君……」
 オルト君はぎょっと驚いたように目を見開いた。彼の方へ向いた私は、どうやらとんでもなく情けない顔をしていたようだ。
 階段を降りてきたオルト君はしばらく私の隣で佇み、そしてため息をついた。
「何があったのか知らんが、とにかく入れ」

 * * * * * * *

 聖堂機関で起こった事件後、オルト君は副機関長となったらしい。
 応接間に通された私はその知らせを受けて「おめでとうございます」と祝った。
「君が昇進してくれたおかげで大聖堂から聖堂機関へ話しが通しやすくなりますね。ありがたいです」
 向かいのソファに座っているオルト君は複雑そうに、だけれど少し照れた様子でこちらへと向き直る。
「まだ今はただの肩書きの様なものだ。……テメノスにも協力を依頼することも多くなると思う」
「私で良ければ喜んで。なんだか楽しくなってきましたねぇ」
「心強いな。それで、だ――」
 オルト君が持っていたカップをテーブルに置く。カチャ、と鳴った音を合図にしたかのように、彼の目線が鋭くなった。
「俺の経験だが、小さな問題は放置していると後々大きな面倒事になるんだ」
「と、言いますと」
 わざと鈍いふりをした。
 分かっているだろう、と彼の目線が語っている。
「今日、何があった?」
 それから、口淀んだ私にオルト君は容赦なく詰め寄った。教会内部の問題について悩んでいるのだと思ったらしい。
 本当は君の親友との関係についてアレコレ悩んでいるわけだが、正直に話すわけにもいかない。何か言い訳を考えていると、オルト君は目に少し寂しそうな色を含ませた。
「今までいろいろあったからな。聖堂機関をすべて信頼しろとは言わん。だが、俺やクリック相手ぐらいには話してくれてもいいんじゃないか」
「う……」
 違う、君が考えているような問題ではないのだ。しかしこのままでいると、オルト君はどんどん別の方向へ悩んでしまうかもしれない。
「……ここだけの話にしてください」
 どうにも逃げきれず、私はクリック君へ抱えている感情について、すべて打ち明けてしまっていた。

「お前が、クリックを――」
 オルト君はそれ以上何を言うわけでもなく、放心していた。
 やっぱり話すべきではなかったと後悔した。彼からしたら、仕事仲間が友人に好意を抱いているなど知りたくはなかっただろう。
 忘れてくださいと言おうとしたその時、オルト君はこちらへと真っ直ぐに向き直った。
「それで、俺が手伝えることはあるか?」
 彼の言葉に驚いた私は、思わず咳き込みそうになった。彼は今なんと言った?手伝う……?
「俺にできることと言えばお前の話を聞くことぐらいだがな。誰かに話して落ち着くのなら、その方がいいだろう」
「なぜ、そんなに協力的なのですか……?」
「テメノスとクリックはこれからも教会の人間として行動を共にすることがあるだろう。そんな時ぎこちなくならないよう、今から協力してやろうと言ってるんだ」
 なるほど、と妙に納得がいった。たしかにオルト君からしたら、私とクリック君の関係は悪くならない方が仕事しやすいだろう。
「話を聞いてくれるだけで十分ですよ。そもそも誰にも話すつもりもありませんでした。まあ、ソローネ君に背中を押されてはいますが……」
 そのままソローネ君に相談したことも、変に構えず気軽に会いに行けばいいと言われたことも話してしまった。
 それを聞いた彼は頷きながら同意を示している。
「俺の目から見てもあいつはお前を慕っているし、距離を置かれることは無いと思うが」
「それが友人としてならね。でもそうじゃないと知ったとき、彼を傷つけるかもしれない。そこまでして近づこうとは思わないんです」
 柄にもなく、弱音を吐いてしまった。
 だけどこうして誰かが聞いてくれるだけで気持ちが軽くなっていく。今まで、そんな簡単なことを忘れてしまっていた。
「まさか異端審問官様が新米騎士に骨抜きにされているなんてな」
「……なんとでも言ってください」
 オルト君は笑いながら「悪い」と謝るが、その顔に反省の色は見えない。
「クリックがテメノスをどう思っているかは知らないが、よくお前の話はしているぞ。今日来ることも伝えていたからな、お前が来るのを楽しみにしていたんじゃないか?」
「そんなはずは……」
 そう言えば、ストームヘイルに来て運よくすぐに出会えた。私の来訪を知っていたからなのだとしたら、それが意図することと言えば……と考え始めてしまう。
 私が黙ったままでいると、オルト君は肩をすくめた。
「俺との用事が終わったら、とりあえず顔を見せに行ってやってくれ。じゃないとあいつ、俺に八つ当たりしてきそうだからな」