がちゃがちゃ

プリズムに陥落

 それから、何度も同じ夢を見た。
 私と夢の中の彼しか存在しないフレイムチャーチで出会い、他愛もない会話をする。ただそれだけ。この寂しい空間で過ごす彼との時間は、友人が少ない私にとって最近の密かな楽しみとなっていた。
「探している方は見つかったのですか?」
 聞くと、彼は小さく、そして恥ずかしそうに頷いていた。
「そう、良かったじゃないですか」
「はい!……ですが、僕はきっとその人を傷つけてしまう。だから、今のままで良いかなと思っています」
 どういった関係なのかは知らないが、彼に深く想われているだろうその人に嫉妬してしまう。羨ましい。そもそも夢の中の話なので存在しない相手なのだろうが、それでも良い気分はしなかった。
 私だけに会いに来る、私だけの存在だと勝手に思っていた。なのにそうでは無いらしいということが、更に心を弱くしている気がする。
 
 そして、この夢には他にも不思議なことがある。会うたびに彼の名前を聞くのに、どうしても覚えられない。会ったことは覚えているというのに。
 だけと顔や声はしっかり覚えている。柔らかそうな髪の彼の名前を呼ぶことができないので、子羊くんと呼ぶことにした。初対面のとき、道に迷っていたし。
 子羊くんと呼ぶと彼は少し嫌そうな顔をするのだが、それがまた揶揄い甲斐があり楽しいのだ。夢の中の存在というだけで、こうも自由に振舞えるのかと心が躍った。

 これについてもロイに話してしまった。すると前回は冗談めいて夢魔の話なんてしてくれていたのに、今度は眉間にしわを寄せて、まるで事件かのように教会の個室に連れ込まれた。
「夢の話は本当なのか、テメノス」
 頷くと、ロイの表情が険しくなったので息を呑んだ。そんなに大層な話をしたつもりは無く、ただ本当に今まで見てきた夢の話をしただけだ。
 私としては近頃は日常でロイや教皇と関わることが減り、なんとなく寂しさを覚えた頃に夢の中とは言え新しい知り合いができたようで嬉しい、ぐらいの気持ちだった。
 だが、それが良くなかったらしい。ロイは指でこめかみを押さえながら深いため息をついた。
「前にも話した夢魔の話、覚えてるか?」
「ああ……あの話ね」
 ロイは何かを考えているのか顎に手を添え、じっとこちらを見ている。どことなく居心地が悪く、私も視線を忙しなく動かしてしまう。
「もし、夢魔が本当にいたとして。君が取り憑かれて、知らない間に連れて行かれてしまうのではないかと心配なんだ」
「まさか。そんなことあるわけがない」
 軽く笑ってみせたが、彼の表情は変わらない。ロイはくだらない冗談を言わない。だから真剣なのだと分かるが、それにしたって子どもに聞かせるような話を隠れてする様なものではない。
 だがロイは、この話を止めるつもりはなさそうだった。
「可能性はゼロとは言い切れないだろう。……正式に異端審問官として任命されてからは教会のごたごたに君を巻き込みたくなくて、最近は少し距離を置いていた。こんなことを話すつもりは無かったが、それが原因でテメノスが弱っているというのなら話は別だ。君が抱えている不安を分かってやれていなかった、僕の責任でもある」
「ロイ……」
 なんとなく、そんな気はしていた。神官として長年聖火教会へ務めているが、神を完全に崇拝しているわけではない。きな臭い気配を感じることもあれば、教皇とロイが“裏側”の仕事をやろうとしていることも感付いている。それでも彼らがいるから、私は従順な信徒としてここにいることが出来ているのだ。
 そんな私にとって彼らに頼ってもらえない寂しさと悔しさはあれど、下手に口を出して余計な苦労をかけることもしたくはない。ならば自分が出来ることをするまで、とは思っていたが、夢の話なんてしてしまったせいで結局はロイに無用な気苦労をかけてしまった。
 
「私は大丈夫だから。もう子どもでもないし。……ほら、お祈りに戻らないと」
 部屋を出ようとドアノブに手をかけるが背後からロイの両手が伸びてきて、開きかけたドアを押さえつけられてしまう。左右どちらを見てもロイの腕があって行く手を阻まれ、困ってしまった私はおずおずと振り返った。
「ロイ、どうして」
「そうやって、君はいつだって平気そうな振りをしている。少しは頼ってくれてもいいじゃないか」
 その時に見えたロイの表情が、いつも見ている彼のものと違って戸惑ってしまう。
 いつだって明るく清く正しく、間違ったことなんて一度だってしてこなかった君が、一体どうして。
「テメノス。今夜、僕の部屋に来てくれるか」
「えっ」
「待ってるから」
 それだけ言うとロイは私から離れ、一人で部屋から出て行ってしまった。

 * * * * * * *

 その夜、私は言われた通りロイの部屋に向かった。
 そう言えば彼の部屋に来たのは久しぶりで、いつの間にか昔のように無邪気に二人で過ごすこともなくなっていたのだと気が付く。
 出迎えてくれたロイとゆっくりと夕飯を取る。教会での夢魔の話の続きがあると思ったがそんなことはなく、ただロイが作った美味しい料理を食べるだけだ。
 そろそろ帰った方が良いだろうかと言う頃に、今夜は泊っていくように言われた。私が理由を聞くと、ロイはやっと夢魔の話をはじめた。
「アレが現れるのは、弱っている人間の夢の中だ。だからテメノスが弱らないようにしようと思う」
「さっきの美味しい料理とワインで満足しているけど」
「そういうことじゃない。……思えば、小さなころからずっと君と一緒だった。だから距離が出来ている今、君が夢魔を引き寄せてしまったのだと思う」
 どうやらロイの中では私が夢の中で出会っている青年は夢魔で確定しているらしい。
 私としてはまだ確信しているわけではないが、彼の言う事を聞いて安心させられるならばそれが良い。
 なので泊っていくことに承諾した。しかし、この家にはベッドが一つしかない。
 毛布か何か貸してもらえれば床で寝ると伝えると、ロイは激しく首を横に振った。
「そんなことさせるか!ほら、こっちだ」
 言いながらロイが一つしかないベッドを指さすので、今度は私が首を傾げた。
「じゃあ君はどこで寝るの」
「それは勿論ベッドに決まっているさ」
「……?」
 どうにも理解できずその場で固まっていると、腕を引かれた。
 ずんずんと進んでいく親友の歩幅に追いつくのがやっとで、気が付けば彼と一緒に同じベッドの中へ潜り込んでいた。
「え……本気?」
 あたたかい毛布の中で、成人した男二人が身を寄せ合っている。いくら友人とはいえおかしいだろう、と思ったが、それとは反対にロイはどこか楽しそうだった。
「こんなの久しぶりだな。小さなころは、よくこうやって一緒に寝ていたのを思い出す」
 なぜ自分達には親がいないのか。それを考えると涙が止まらなくなって、そんな日はロイがこうやって一緒に眠ってくれていた気がする。
 親がいないのは彼だって同じなのに、いつも私ばかりを気遣っていた。私だけではない、まわりの全てに敬意を持ち、正直で、神に愛された男だ。そんな彼を誇らしいと同時に眩しいと感じるようになったのは、いつからだっただろうか。
 
「テメノスにもいろいろと考えがあるだろうけど、僕には気なんて遣わなくたっていい。いつだってなんだって話してくれて良いんだ。君が寂しがり屋なことなんて、ずっと昔から知っている」
 誰かに頬を撫でられるのなんて、いつぶりだろうか。久しぶりに感じるロイの体温とにおいが懐かしいと感じるほどに、私は知らぬ間に彼から遠ざかっていたらしい。
 だから今夜は彼に思い切り甘えることにした。だけど夢の中の彼に会えないのも寂しいものだ。
 どうやら私は、自分で思っていたよりも欲張りだったようだ。