がちゃがちゃ

わたしは月を見ている

 テメノスさんと一緒の湯浴みは、これまでの人生の中で最も大変な試練だった。……というのも、お互い裸だというのに彼は服を着ている時と同じように密着してくるのだ。
 
 浴室で裸のテメノスさんを見たとき、最初はいかがわしいというよりも芸術品を鑑賞している時のような厳かな気持ちになった。それほどまでに服に隠されていた体は美しかったのだ。しかし僕も男ではある。無意識のうちに視線は普段見えない部分に向かっていた。
 まず、彼の薄いけれど触り心地が良さそうな胸元を見る。そして細腰から魅惑的なラインを辿って太ももへと続き、最後にはその先へ……。
 彼が「私のと全然違う」と言っていた箇所へ視線を滑らせる。確かに違った。僕と違って色が薄く、生々しさが無い。これでは本当に彫刻のようだ。
 しかし長い間見続けてしまったのか、僕の視線に気がついたテメノスさんはわざとらしく恥ずかしがる素振りを見せながら手でそこを隠して「あんまり見ないでください」なんて言っている。さっきはもっと恥ずかしいことをしていたというのに。
「す、すみません。でも、あんまりにも綺麗だから」
「ふふ、君にそう言ってもらえるのは嬉しいですけどね。……触ってみますか?」
 僕の手は彼の泡がついた指先に包まれて、同じく泡が伝う胸元へと導かれた。お互いに体を洗っていた最中なのでどこもかしこも泡まみれなのが余計に目に毒な気がする。
「君だけが触って良いんですよ……ほら、ここも全部……♡」
 彼の胸元にあてがわれている僕の手の甲を愛おしそうに撫でてくる。言われるがまま指を滑らせて、先ほどから興味しかなかった場所を指の腹で撫でた。
「あ、ぁッ♡」
 鼻にかかった甘ったるい声が聞こえてきて止まらなくなる。泡まみれの両手で薄く桃色に色づいている彼の乳輪をなぞる様に触れていると、その先端がぷっくりと膨らんできた。たまらずコリコリ♡と引っ掻き、気持ちよさそうなテメノスさんを盗み見る。
「ん……クリックくん……♡」
 欲を持った瞳に見つめられている。それに引き寄せられるようにキスをした。首に腕が回ってきたので転ばない様に気をつけながら深く口付けて、薄い胸を揉む。肉付きが良い方とは言えないかもしれないが、それでも長旅を続けていた人なのでそれなりの筋肉はある。両手で寄せるように揉めば肉が集まり、そうしながら乳首を摘んだり引っ掻いたりを繰り返す。その度にテメノスさんはぴくんっ♡と身を捩らせながら僕の耳元で喘いでいた。
「はァ、あっん♡」
 ぴん♡といやらしく尖った乳首を弄ると途端に甘い声が響く。どうやらここが気持ちいいらしい。
「ここ、触られるのが好きなんですか?」
 素直に訊くと「君に触られるから気持ちいいんです」とこちらを煽るような言葉が返ってきた。とんでもないことを言っている自覚はあるのだろうか。
 僕の中心は再び熱を帯びていて、ベッドの上と同じように彼の太ももへ擦り付けてしまう。
「はッ、テメノスさん……」
 甘えるように、少しだけ彼に体重をかける。すると背中を優しく撫でてくれた。
「私にはもっともっと甘えていいんですよ。君のためなら……なんだって叶えてあげちゃいます」
 世界で一番素敵な僕の恋人が平然と言ってのける。外では清廉潔白で高潔の代名詞のような存在なのに、僕の前ではこんなにも乱れてくる。ここまで本心を曝け出してくれるのが嬉しくて、つい必要以上に甘えたくなってしまう。
 僕はこのままどうなってしまうのか。複雑な感情を抱えながら思案していると、突然テメノスさんがくるりと背中を向けてきた。そして壁に手をついて腰を浮かせると、肩越しに振り返ってこう言った。
「君は、私を好きにしていい唯一の人なんですから」

 * * * * * * *

 にゅるり、という未知の感覚に震えそうになる。僕は壁に手をついているテメノスさんの腰を掴むと、白くて丸みを帯びている臀部を眺めながらその少し下の柔らかい肉の間へ屹立を挟ませた。
 テメノスさんは懸命に僕の芯を太ももで挟んでいる。石鹸の泡のおかげでぬるぬると動き、少し腰を揺らして擦るだけでたまらない快感が押し寄せてきた。
「んっあ、クリックくん……ッ♡」
 ぱちゅんっぱちゅんっと肌が重なる音が響く。上から見ているだけだと本当にセックスをしているようで、僕は今この人を自分のものにしているのだという感覚で満ちていく。
 しかし、これでは自分ばかりが気持ちよくなっている気がする。僕は腰を動かしながら彼のペニスに触れた。
「や、クリックくんの手、きもちぃ……あッあんっ♡は、んぅ♡」
 少し撫でるだけでぴくんっ♡と反応する姿が艶っぽい。先端を擦ればとろとろと先走りが指に絡まってきて、ちゃんと気持ちよくなってくれているのだと実感する。目線の先で腰を揺らす官能的なその姿を見ていると止まらなくなり、握っている彼の中心を手で扱きつつ僕の腰の動きも増していく。
「あっだめ、やらぁ♡も、イっちゃう、から、ぁン♡」
「いいですよ、僕ももうイきますから」
 腰を掴みなおしてぐっと腰を寄せれば、振り返ったテメノスさんは薄っすらと目に涙を浮かべていた。
「クリックくん、お願い……いっしょにイって……♡」
 どくん、と心臓が跳ねた気がした。
 唇を噛み腰を打ちつけ、柔らかな肉の間を自身の欲望で擦る。彼も限界が近いのか「あっあ♡」と何度も嬌声をあげている。
「くっ、……テメノスさん好きです、もっといろんなあなたを知りたい」
「ひぅ、ッんン♡わたしも好き、だから……もっと……あ♡ぜんぶ……ん、ぁん、あァ……――〜〜ッッ♡」
 きゅう、と太ももで芯を締め付けられた僕は呆気なくイってしまった。テメノスさんを見るとびくびくと小さく震えていたので、胸を弄りながら前も触ってあげる。するとすぐにぴゅっ♡と射精して、息を切らしていた。
「はぁ……♡んん、きみと一緒にイきたかったのに」
 力なく僕にしなだれかかってくるテメノスさんの肩を抱きながら、次は一緒ですと頬にキスを落とす。すると満足そうに微笑んでいたので、僕は本当に幸せ者だ。
 そしてテメノスさんの目がうとうとしていることに気がついた。ここで眠られては困ってしまう。手早くお互いの汚れを落とした僕は、彼を横抱きに抱えると丁寧に寝室まで運ぶことにした。
 
 * * * * * * *

 体を拭いて髪を乾かし、二人してベッドに潜り込む。いつの間にか夜も更けており、どれだけ行為に夢中だったのかと己の浮かれように苦笑した。
 ベッドの中で眠たそうにしているテメノスさんを抱きしめながら、そう言えば……と考える。彼は今まで経験が無いと言っていたのに、いささか積極的過ぎやしないだろうか?初めてのときって、もっとぎくしゃくしたり手間取ったり、そういったものだと思っていたのだが。
 眠ってしまう前に訊いてみると、テメノスさんはもぞもぞと僕の胸に顔を埋めながら恥ずかしそうにしていた。
「だって、君をがっかりさせたくなかったから……」
 ぎゅう、と僕の寝間着を掴んでいる。どうしよう、とんでもなく可愛い。顔はわからないが少しだけ見えている耳は真っ赤に染まってしまっている。
 
「私はクリック君にたくさんの幸せをもらいました。だから君にされて嫌なことなんてひとつも無いんです。そりゃあ、もう飽きたので別れたいなんて言われたら……なんて、考えたくもないですけど」
「大丈夫です、そんなこと絶対にあり得ませんから!!」
 寂しそうな声色の愛しい恋人を力いっぱい抱きしめる。するとテメノスさんは顔を上げてくれて、くしゃりと笑った。
「ありがとう。……私にしてほしいことがあったら、なんでも言ってくださいね」
「テメノスさんも僕にはなんでも言ってください」
「ふふ、それでは早速……キスをしてもいい?」
 目を細めておねだりしてくる彼の髪を撫でると、さらさらと指の間から流れていった。
「もちろんです。それに、むしろ僕のお願いですよ」
 言いながら、僕からテメノスさんの頬にキスをする。すると何故か不満そうに頬を膨らませて「違いますぅ」と文句を言われてしまった。
「もう、そっちじゃないです」
 ここ、と弧を描く形の良い唇を指差される。そこにキスをしたいのは山々なのだが、そうするとまた止まらなくなってしまいそうなのだ。
 しかし躊躇っていると「だめ……?」と不安そうに見つめてくるものだから聞かないわけにはいかない。彼の要望通り唇にキスをすると優しく髪を撫でられた。
「ずっと、こうしていられたらいいのに」
「それは僕だって……」
 もっと触れていたいという気持ちをなんとか抑えていると、テメノスさんは名残惜しそうに目を閉じた。
「おやすみなさい、テメノスさん」
「おやすみクリック君、また明日」
 もう一度、おやすみなさいと言える。
 これがどれだけ幸せなことか、今なら分かる気がした。