がちゃがちゃ

わたしは月を見ている

 長いこと憧れていたテメノスさんへ、僕の気持ちを伝えたのが二週間ほど前。
 その日はたまたま仕事でストームヘイルに訪れていた彼を見つけた。二人きりで話をしたかった僕は宿まで送らせてほしいと誰にも邪魔されない口実を作ることに成功したのだ。そして、しんしんと雪が降る人通りが少ない道の真ん中で、気がつけば告白をしていたのだ。
「ずっと貴方が好きでした」
 その短過ぎる愛の告白は脳内でシミュレーションしていたものよりも格好が悪く、言った後に後悔した。ああ、こんな勢いに任せたものではなく、もっと雰囲気だとか場所だとかを考えて彼の心を射止めるシチュエーションを準備すべきだったのだ、と。
 僕が告白の後に項垂れていると、隣を歩いていたテメノスさんはゆっくりと手を伸ばしてきて頬を撫でてくれた。泣きそうになるのを堪えながら顔を上げると、まるで天使のように美しい笑みを浮かべた人が、そこにいた。
 月光を浴びたテメノスさんは、まるで彫刻のようだった。毛先から指先までの小さな部分まで整っている彼は本当に生きている人間なのかと疑いたくなるほどだ。
 そして形の良い小さな口が開かれて、これからどんな返事が来るのかと心臓がどくどくと脈打つ。
「私も、その言葉が欲しかった」
 ふわりと微笑んだテメノスさんが愛おしくて、我慢ができなくなった僕はいくら夜だといっても、ここが外であることを忘れて彼を抱きしめた。まわりに誰もいなくてよかった。
「大好きです。貴方だけを愛し、貴方だけの騎士になると誓います」
「ふふ、神の剣がそんなことを言ってはいけませんよ。まあ……悪い気はしませんけど」
 そしてテメノスさんから触れるだけのキスをもらってしまった。彼は最後に、すっかり熱くなってしまった僕の頬をもう一度だけ撫でると「また明日」と言い残して宿に入って行った。

 その日から、僕は正式にテメノスさんと恋人同士になった。男同士ではあるが教会は同性愛を禁じているわけではないし、僕たちの前に大きな障害が立ち塞がることがあったとしても二人の愛の前では無に等しいのだ。本当にそう思っている。
 そして、お付き合いを始めてから気がついたことがある。テメノス・ミストラルという人は、意外と戯れるのが好きなのだ。
 それに気がついたのは告白した次の日だ。彼がフレイムチャーチに戻るというので街の入口まで見送りに行くと、門を出た少し先の場所でテメノスさんが僕を見上げてきてこう言った。
「私、クリック君にお願いしたいことがあるんですよね」
 それを聞いた僕はてっきり仕事の話かと思ったので「なんでもお申し付けください」なんて堅苦しく返事をしてしまった。
 すると彼は口元に手を当てて吹き出した。何かおかしなことを言ってしまったかと謝ると、そうではないと笑っていた。
「あのね、君の頭を撫でても良い?」
 へ、と間抜けな声が出た。そんなことで良ければ……と気持ち程度に首を傾けると、彼は珍しいものを見つけた子どもみたいにきらきらとした目で僕の頭上に手を伸ばしてきた。そして遠慮がちにポンポンと赤ん坊の背を叩くように髪を撫で、しばらくすると満足したのかその白い手は引っ込んでいった。
「ありがとう、ずっと気になってたんです。……羊毛みたいに柔らかくて、触り心地が良さそうだなって」
 なんだか遠回しに子羊と呼ばれている気がしなくもないが、こんなにも嬉しそうにしている恋人を前にすると文句など言えるわけがなかった。彼が触れていた髪に指を絡ませながら、今後はより一層髪の手入れを念入りにしようと心に誓う。
「これからは、いつでも撫でたいってお願いできちゃうんですね」
 テメノスさんは顎に手を添えながら、しみじみと先ほどまでの僕の髪に触れていた感触を噛み締めている様だ。
「お願いなんて必要ないです。僕にはいつでも好きなときに触ってください」
「なんだか誤解を生みそうな言い回しですね?」
 そんなつもりは無かったのだが、言い返せなかったので言葉に詰まる。
 そしてフレイムチャーチへ向かおうとするテメノスさんの肩を抱きしめ、今度は僕から昨日彼がしてくれたようにキスをした。
「休みが取れたら、そちらへ伺います。しばらく会えないのは寂しいですが……手紙をたくさん書きます。いつも、貴方を想っていますから」
「うーん、なんだか慣れてますね。今まで何人の女性を泣かせてきたんです?」
「えっ!いや、決してそんなことは……ッ!?」
 最後まで言い終える前に背伸びをしたテメノスさんの唇が僕の同じ場所に触れてきて、挑発するかのようにぺろりと舐められる。それはすぐに離れてしまって名残惜しく思っていると、目の前のいたずら好きな恋人は楽しそうにしていた。
「騎士たるもの常に油断大敵ですよ。……私も手紙を書きますね。では、フレイムチャーチでお待ちしています」
 そう言って、彼は行ってしまった。この一瞬で彼のいろいろな姿を知った気がする。
 人当たりの良い笑顔と巧みな話術で他人の心を掴むのが上手い彼ではあるが、一定の距離を置いているだろうということは知っていた。だが、一度心を許した相手には甘える節がある。かつて彼と共に旅をしていた7人の仲間たちやロイさんとも、きっとそうだったのだろう。僕に対しても、出会ったときから揶揄われてはいたが、それ以降も何かと構ってくれていた。聖堂機関の人達は苦手なんですよねぇ、などと言いつつも頼ってくれていたし、僕にだけ見せる顔があるのだと気がついた時には恋に落ちていた。
 そんな愛するテメノスさんのことをもっと知りたいと思っていたので、こうして恋人同士となり彼の知らなかった一面を見ることができるのは幸せだ。本当に幸せだ。
 この幸せを与えてくれた彼に、同じ幸せを返したい。そう思うと、全身がふわふわと満たされていくようだった。