散るは覚悟
別の日のことだ。
その日は朝から神官様には騎士君がべったりで、挨拶以外に声をかける隙がまったく無かった。
今日は神官様に近づけないだろう。そう諦めかけていた夕方に、大聖堂の裏手近くにあるベンチにひとつの人影を見た。
(あれは……)
大聖堂の影に隠れるように置かれているベンチに、神官様が一人で座っていた。夕暮れ時なせいで、誰も彼がここへいることに気が付いていない。
声をかけるチャンスだと思い、自分は迷うことなく近づいた。
「あの、神官様……?」
しかし、声をかけても神官様からは返事がない。少し屈んで顔を覗き込んでみると、安らかな寝息を立てられていた。
神官様の寝顔なんて見る機会は無い。自分は神官様の目の前に腰をかがめた。
そして座ったまま寝ている彼を起こすことなく、そのご尊顔を拝ませていただくことにした。
「……」
ごくりと喉が鳴る。見るだけでは飽き足らず、考えるより先に手が伸びた。
今まで触れることができなかった、白くて柔らかそうな頬を撫でてみる。
すべすべとした、きめ細やかな肌。想像していた通りの感触に止まらなくなり、手の平だけではなく甲や指で好き勝手に触れてしまった。
「ん……っ」
すると、小さな声とともに、ぴくんっと神官様の睫毛が震えた。
しかし目を覚まされることはなかった。それに安堵しつつ、自分は満足いくまで彼の頬を撫で続ける。
これだけでは我慢ができなくなるなんて、分かっていた。気が付けば耳や顎など、むき出しになっている部分へ余すことなく触れた。
ここまでしても起きる気配が無く、つい悪戯してしまおうだなんて悪い感情が湧いてくる。
控えめに色づいた小さな唇を親指の腹で撫でる。ふに、と指を滑られる心地よい感触のせいで全身に熱が集まってきた。
……ここで咥えてもらう妄想を、夢を、何度も見てきた。目に涙を溜めながら懸命に舌で愛撫する神官様の姿を、脳内に描いてきたのだ。
しかし実際に触れてみて思ったが、この小さい口では男のモノなど口に含むことは難しそうだ。一生懸命先端だけ舐める姿も可愛らしいだろうが……。
そして、ついに魔が差した。自分の視線がゆっくりと降りていく。
綺麗に閉じられている両脚。その隙間へ僅かな窪みを作っている法衣。そこから視線が動かない。
そっと手を下ろし、頬と同じく柔らかそうな太ももへ触れる。今度こそ禁忌を犯したのだという自覚はある。服の中へ手を滑らせなかったのは僅かに残った理性が働いてくれたからだ。
手のひらで揉むように触れる。すると布越しだというのに、むにっ……♡と手に吸い付くような感覚があった。これは一体、どういうことか。
そのまま服の上からいやらしく撫でまわすと、眠ったままの神官様は少しだけ身を捩った。
「ぁ、ん……♡」
(!?)
善がるような甘ったるい声。夢にまで見た展開に、全身の熱が下半身へ集まっていく。
僅かに残っていたはずの理性も消え失せ、自分と神官様の間を阻めてくれていた法衣を捲ってしまいそうになった。
その時だった。
遠くからバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきて、驚いた自分は慌てて手を離すと奥の影へと身を隠した。ちょうど大きな木があって助かった。
そこから様子を見ていると、思った通りだ。例の騎士君が現れ、神官様の肩を揺すって起こそうとしていた。
「テメノスさん、起きてください。こんなところで寝たら駄目じゃないですか」
「んん……クリックくん?」
寝起きのとろんと蕩けた目で神官様は騎士君を上目遣いに見つめている。
そして目を擦りながら口元に手を当て、呑気に欠伸なんかしている。騎士君は呆れているようだが、子どもっぽい仕草も素敵だ……。
「ほら、もう戻りましょう。ここにいると冷えてしまいますよ」
騎士君が神官様の身体を支え立ち上がらせる。
すると立ち上がったばかりの神官様は背伸びをして、騎士君の口へ自分の唇を重ねていた。
「ふぇっ!?」
(!!!)
突然のことに、騎士君の声と同時に自分も声をあげそうになる。なんとか両手で口を押え、堪えることが出来た。
そのまま二人の様子に視線が釘付けになる。神官様は更に両腕を騎士君の首へと回し、背伸びをしたままちゅ、ちゅと何度も口づけているではないか。
顔を真っ赤にさせた騎士君は、慌てて神官様を引きはがしていた。
「こ、こんなところで何してるんですか!」
「何って、いつもやってることですが?」
……いつもやっていること?
もしかして、もしかしなくても。神官様は今、そうおっしゃられた……?
「今朝もしてくれたじゃないですか。いつもは君から離れたくない~なんて駄々をこねる癖に……」
神官様が唇を指でなぞる。それが意味することを理解したのか、騎士君は更に顔を赤らめていた。
「わァーッ!今その話はいいですから……!とにかく、早く戻りましょう!」
「はいはい、分かりました。……うーん、なんだか君に触れられている夢を見た気がしたのですが。ふふ、続きは夜にしましょうね?」
神官様は自分たちに向けているものとは違う艶っぽい笑顔になると、最後にもう一度騎士君へキスをした。
そのまま二人仲睦まじく去っていく。
今朝もしたって。夜に続きって。
そうか、そういうことだったのか。彼らが纏っている空気が甘ったるかった理由を理解する。
考えてみれば簡単なことだ。どうして今まで気が付かなかったのか。
いや、きっとどこかでは気が付いていた。だけど認めたくなかったのだ。みんなの神官様が、たった一人の騎士のものになっていただなんて。
二人の姿が見えなくなってから、自分は渇いた笑いしかできなかった。
こうして、温め続けていた自分の恋心は無残にも散ってしまったのだった。