がちゃがちゃ

あなたと共にある

「――――テメノス」
 目が覚めると、またフレイムチャーチにある自宅の天井が見えた。今度は心配そうにこちらを覗き込むキャスティの顔も見えて、やっと夢から覚めたのだと深い息を吐いた。

「よかった、目が覚めたのね」
「すみませんキャスティ、私は……」
 ベッドから体を起こそうとしたが「倒れたあと起きたばかりなのだから」と、そっとキャスティに制止された。しかたがないので再び枕に頭を沈めると、安堵したようにキャスティが微笑んだ。
「まだ寝ていていいのよ。ようやく落ち着いたようだし……」
 キャスティの言葉が理解できなかった。落ち着いたということは、自分はうなされていたのだろうか。
「テメノス、また休む前に少しだけ聞いてもいいかしら」
「……なんでしょうか」
 柔らかかったキャスティの視線が途端に鋭くなる。何を聞かれるのか分からないが、穏やかな話題ではないのは確かだろう。
「あなた、私が来るまでちゃんと眠れていたの?あと食事も……。その、私が診たところだと、まるで……」
 言いにくそうにしている彼女の仕草に、テメノスはふふ、と笑ってみせた。
「安心してください、ちゃんと食事も睡眠も取っていますよ。充分かどうかは分かりませんが」
「それならいいのだけど。でも、あなた……。いえ、とにかく無茶はしないでね」
 キャスティは「また様子を見に来る」とだけ言い残し、部屋から出て行ってしまった。
 寝返りを打つとベッドサイドのチェストに、キャスティが置いていった荷物が見えた。その内の中にひとつ気になるものがあり、意識がそちらに向かう。
(あれは……)
 手を伸ばすと届く距離にあったそれを掴む。手に取ってよく確認すると、もしやと思っていたものと同じだと判明した。
 それは8人で旅をしていた頃に、キャスティが時折使っていた安眠草だった。使った相手を強制的に眠らせることができるものだったと記憶している。ここに置いてあるということは、直近で使用したということだろう。
(私は、これでキャスティに眠らされた?でも、なぜ。彼女の前で倒れてしまったことは覚えているが……)
 もしかしたら、意識を失って倒れたのではなく強制的に眠らされた?
 だとしたらその理由が分からない。分からないが、何故だか急に恐ろしくなりキャスティの言いつけを破ってベッドから飛び降りた。
 そのまま自宅から出ると何かにぶつかって、尻もちをついてしまう。痛みに顔を手で抑えながら視線を上げると、そこには懐かしい顔が2つあった。
「よかった、起きてるじゃねえか!」
 ぶつかったのはパルテティオだった。その後ろにはオズバルドも佇んでおり、起き上がったテメノスは懐かしい顔ぶれにも関わらず「どうしてここに」と訊ねる。
「ああ、キャスティから手紙を貰ったんだよ。テメノスの調子が悪そうだから見舞いにきてくれって」
 オズバルドも同じだとパルテティオが目配せする。黙ったままのオズバルドも頷いており、テメノスはその違和感に首を振った。
「手紙って……キャスティとは今日会ったばかりですよ」
「なに言ってんだよテメノス、俺と旦那が手紙を受け取ったのは5日も前だぜ?」
 彼が、何を話しているのか分からない。
 黙ったままでいると、オズバルドがテメノスの顔色を窺うように一歩前へと出た。
「俺たちは手紙を受け取ってすぐここに向かった。だから少なくとも、お前は5日間は眠っていたのだと思うが」
 オズバルドの言葉に頭がくらくらと揺れる。そんなに重症だったとは思えない。だけど嘘をついて言えるようにも見えない。
「俺たち、昨日フレイムチャーチに着いたばかりでさ。すぐに見舞いに行こうとしたけどお前が起きるまで絶対に部屋には入ってくるなって言われてて、ずっとキャスティが様子をみてくれてたぜ。だから、さっきキャスティが出てくるのが見えたから来たんだけどよ……」
 パルテティオはオズバルドとこちらの様子を交互に見やる。
 彼らが何を言っているのか分からない。頭が痛い。痛い。痛い。痛い痛いいたいいたい!
 そしてやっと理解した。私は、ここにいるべきではない。

 * * * * * * *

 気が付いたらテメノスは走り出していた。こちらに向かって何かを叫んでいるパルテティオたちを押しのけ、どうしてか大聖堂へ向かわなければならない気がして無我夢中で走っていた。
 あたりの景色が走馬灯のように駆け巡っていき、何も見えなくなる。しかし道中で急に腕を引かれて、体が止まってしまう。
 振り返るとそこには、オーシュットを連れたソローネがいた。二人とも訝しげにこちらを見ており、何かを躊躇いながら口を開いた。
「ちょっと名探偵、寝てなくていいの?」
 ああ、この二人もキャスティの手紙を受け取ってフレイムチャーチまでやって来たと言うのか。パルテティオ達とおなじように、5日も前に。
「テメノスー、あんせーにしてなきゃダメなんじゃないのか?」
 オーシュットは耳をぺたりとたたみながら不安そうにこちらを見上げている。途端に息が苦しくなって、それでも二人に何も言えないままテメノスはソローネの手を振り払い逃げ出してしまった。

 大聖堂へ向かう途中の巡礼路の道中ではアグネアと一緒にいるヒカリと出会った。用心深いヒカリに道を塞がれてはどうすることもできず、歩みを止めてしまう。
 ヒカリの隣ではいつも明るかったアグネアが表情を曇らせている。どうして、そんな顔をしているのか。立ち尽くしたままのテメノスは両手で顔を覆った。
(何かがおかしい。何が起こっているのか分からない。イェルク様、ロイ、……クリック君)
 ク国の復興で忙しいヒカリまでもがキャスティの手紙でやってきたというのか。信じられない。
「テメノス」
 ヒカリの声に顔を上げる。すると彼はテメノスに道を譲るようにその場を退いた。
「何か訳があるのだろう。だけど覚えていてくれ。ここに来ている友たちは、全員そなたの味方だということを」
 テメノスが頷くと、ヒカリは安心したように微笑んだ。
 アグネアの表情もぱっと明るくなり、こちらに手を振りながら「わたしたち、テメノスさんが帰って来るの待ってるから!」と見送ってくれたのだった。