あなたと共にある
夜が明けた。それはつまり、旅が終わるということを意味する。
いつだったか仲間たちと焚き木を囲って語らった夜を思い出しながら、テメノスは最後に残った仲間に別れの言葉を告げて、クロップデールの森を後にした。
フレイムチャーチに戻ってからは、しばらくは慌ただしい日常が続いた。大聖堂の修復されたステンドグラスは記憶の中のものよりも美しく光を反射させていて、だけどここにいたはずの人はもういない。その違和感から逃げるように再び適当に言い訳を並べて、テメノスは旅に出た。
向かった先はストームヘイルだった。もう一度ここには来なければならないと思っていた。大切な人に、まだ別れの言葉を告げていないからだ。
ストームヘイルに到着した時には既に陽が落ちていた。雪が降り始めていたがそんなことは構わず真っ直ぐ聖堂機関本部の裏手にある墓地へと向かう。綺麗な花が添えてある物言わぬ石を見つめながら膝を折ると急に全身が重くなった気がした。
「クリックくん、あなたのおかげで……私は、明日を取り戻すことができました」
そこに眠っている彼に話しかけると、返事が聞こえてくる気がした。
しかしそんなことはあるはずがない。分かっている。だけど、もっと彼に話したいことがたくさんある。なのに、どうして伝えられないのだろう。
「驚いた。ここに来ているなんて」
幻聴などではない。実際に聞こえてきたのは思い描いていた彼のものよりもっと低く、落ち着いた声だった。大きな影が覆いかぶさってきたので見上げると、そこには眉間に皴を作った険しい表情の男が立っていた。
「オルト君、でしたか」
テメノスが立ち上がってオルトに挨拶をすると、早速「来ているなら声をかけろ」と小言を吐かれてしまった。
彼のことはよく知らない。クリックと同じ聖堂騎士で彼の親友であるということと、カルディナに襲われたところを助けた、という繋がりがあるだけだ。
いつものように舌が回らず言葉に詰まっていると、オルトが先に口を開いた。
「聖堂機関本部に戻ってきたばかりのクリックは、よくお前の話をしていた」
「そう、なんですか」
それは慰めのつもりなのだろうか。一人で彼の墓の前で沈んでいる男の姿を見て、憐れに思われたのだろうか。
オルトの考えが読めず生返事だけしているというのに、それでも彼は話すことをやめなかった。
「テメノスさんはよく分からない人だけど前だけを見て真実を求める人だ、と。それから、……美しい人、だとも」
「にわかには信じられませんね。本当にクリックくんがそう言ったんですか?」
テメノスが訝しんでいると、オルトは腕を組んで小さく笑った。
「そう言いたいところだが俺には証明する術がない。お前は自分が見聞きしたことしか信じないだろうが…」
「まあ、信じることにしますよ。きみは彼に信頼されていたでしょうし、他人への慰めでわざわざ嘘をつくような人でもないでしょう?」
予想していたものと違う反応だったのか、オルトはテメノスの言葉に驚きを見せる。それから、かたい表情を少しだけ和らげてからため息をついていた。
「本当に、よく分からない男だな」
「それが正しい感覚ですよ。案外適当なもので……クリックくんが思うような美しさなんて、私は持ち合わせていませんから」
つい自嘲気味に言葉を並べてしまう。本当に美しいのは生かされているだけの自分ではなく真っ当に生きた彼の方だ。純粋で闇を恐れず常に誠実で、どこかロイを思い出させるその男はテメノスには眩い存在だった。
「クリックは真実を追い求めることに必死だった。だから、お前のことが好きだったんだろうな」
そう話すオルトの声がどこか遠くに聞こえて、何も返せない。
テメノスがクリックの眠る墓に向き直ってもオルトは話を続けた。しばらくしてテメノスの意識がそこから遠ざかっているのを感じたのか、いくつか別れの挨拶をしてから立ち去ってしまった。
もう少し、もう少しだけ彼と二人で話をさせてほしい。今ぐらい、こんなワガママも許されるはずだ。
数日間ストームヘイルに滞在して、以前よりも胸の中に抑え込んでいた波が落ち着いたことからテメノスはフレイムチャーチへ戻ることにした。
まるでずっと引っかかっていたものが無くなったように清々しい気分だ。歯に肉が挟まった、だったか。いつだったか仲間たちとそんな話をしていた気がする。
無事フレイムチャーチまで戻ると、テメノスはキャスティと再会した。彼女は偶然近辺の村へ立ち寄っており、フレイムチャーチの近くを通ったので立ち寄ってくれたようだ。
しかし再会したばかりの彼女ははじめは満面の笑みで嬉しそうに話しかけてきたというのに、テメノスの様子を窺うなり徐々に表情が険しくなっていった。
「テメノス、あなた……――――」
その続きをどうにも聞き取れない。真剣な顔で話されているのに何も頭に入ってこない。途端に気分が悪くなってその場にしゃがみ込む。
何かを口走った気がする。体温が奪われている気がする。だけど分からない。そこから徐々に意識が遠のいていって、今はもう聞こえるはずがない声に名前を呼ばれた気がした。
* * * * * * *
目が覚めると一番に自宅の天井が視界に入った。頭は、やけにはっきりとしている。
体を起こして家を出た。村の中で意識を失ったことは覚えている。きっとキャスティに迷惑をかけただろう。彼女を探さなければ。
村の中でキャスティを探していると、見慣れない男たちが村人に話しかけているところが目に入った。会話は聞き取れないが、どうやら不穏な空気が漂っているようだ。
近づいてみると、男たちは荒々しい口調で教会に反発するような内容を村人に向かって叫び続けていた。この様子は、まるで……。
(教皇が亡くなった日の、あのときの――)
すると、ひとりの暴徒が村人に詰め寄り始めた。このままではまずい、止めなければ。
しかしテメノスより先に、鎧をまとった男が暴徒と村人の間に割り入った。あの眩い金髪と、無垢な瞳には見覚えがある。
「聖火を貶める暴徒め、……悔い改めろ」
迷いのない声で神の剣を振るう記憶の中と同じ姿を見て、体が震えはじめる。次の瞬間には息が苦しくなり声が出なくなった。喉の間を空気が抜けていくだけで、乾いた音しか出てくれない。
(クリック君、クリック君。たしかに君なんですね。どうしてそこにいるの。私、私は、私は、わたしは、君を……)
頭の中で何度も名前を呼ぶが、声が出ない。 いつの間にか暴徒を退けていたクリックは、その場で動けなくなっているテメノスの方へ駆け寄ると無邪気に笑ってこう言った。
「会いたかったです、テメノスさん」