今すぐ愛を誓いなさい
それからクリックは、幾度となくテメノスと逢瀬を重ねた。
フレイムチャーチの近辺へ赴くことがあれば必ず顔を見せに向かい、彼がストームヘイルへ訪れることがあれば宿を取り二人の時間を作った。ただ触れあって、何気ない話をして、時折呼吸を忘れるように唇を重ねて、それだけで幸せだった。
しかし、二人で会うということは忙しい身である彼の時間を奪っていることにもなる。テメノスは何も言わないが実際のところは一人になりたい時間もあるのではないかと思い、一度だけフレイムチャーチへ寄らなかったことがあった。
そして後日、それを知ったテメノスから聖堂機関本部内であるにも関わらず「どうして会いに来てくれなかったのですか!」とこっぴどく叱られた。ものすごい勢いだった。近くにいたオルトから「頼むから他所でやってくれ」と別室へ追いやられ、そこでなんとかテメノスを宥めたことを覚えている。ひとしきり怒った後は悲しそうに目を伏せていたので、それを見たクリックは場所を忘れて彼を抱きしめた。これほどに彼を傷つけるとは思わなかったのだ。
「……私には、君がすべてなんです」
腕の中でそう言ったテメノスの声を忘れることが出来ず、クリックは自分の愚かさを呪った。二度と彼を悲しませてなるものか。
あれから数か月が経った。付き合いたての頃からテメノスはたびたび初々しい反応を見せている。
クリックが告白をした際はしっかりと手を握ってくれたのに対して、二人きりの時は少し触れるだけで戸惑っていた。キスをしたいと強請った時も拒みはしなかったが、ずっと緊張していたようで体を強張らせていた。そのまま舌を入れようとした時も驚いており、安心させるように背中をさするとやっと受け入れてくれたのだ。
確かに「あまり経験がない」とは言っていた。今まで誰にも触れられてこなかった彼を好きにしてしまっている自分に対し、これでいいのかと問うこともある。抑えきれないものがあるし彼も拒みはしないとはいえ、徐々に美しい人を汚している気がしてかつて自分が見ていた夢を思い出した。
(これじゃあ、あの夢と同じじゃないのか?)
そう思うと先に進めず、キスの最中に疑問が脳裏を過ぎった。テメノスは不思議そうに見上げてくるが、この人をこれ以上汚してはいけない気がした。
* * * * * * *
今日もクリックはテメノスへ会いに来ていた。仕事の関係で数日間ストームヘイルへ滞在するというので二人用の宿を取っている。
雑談をしているとすっかり夜が更けてしまったので軽いキスをしてから就寝の準備をはじめた。そうしていると向かいのベッドに座ったままのテメノスがじっとこちらを見ていたのでどうしたのか聞くと、おずおずと口を開いた。
「えっと、ベッドの位置……遠くありませんか?」
何度も泊まったことがある宿なので、ベッドの配置など気にしたことがなかった。遠いと言っても広い部屋ではないので、互いのベッドの距離は間にテーブルを置けるか置けないかぐらいの間隔だ。突然のことにテメノスの言いたいことを理解しきれず戸惑っていると、彼は自分のベッドから立ち上がりクリック側へとやって来た。
「寒いから、今夜は一緒に寝てもいい……?」
首を傾げながらそんなことを強請られては断れるはずもなく、クリックは勿論ですと頷いた。二人して潜り込んだベッドはいつもよりあたたかかった。布団の中で指を絡めるとより体温を感じる気がする。自然と顔が近くなって思わず口元が緩んでしまい、それを誤魔化す様に距離を詰めた。
「あの、クリック君」
明かりが消えた静かな室内で、テメノスが小さな口を開く。
「私、最近困ったことがあって」
視線が慌ただしいテメノスの様子に不安が押し寄せてくる。何か胸の内に抱えているものがあるならば自分を頼って欲しいのだ。
「僕になんでも話してください。あなたの為なら、どんなことでも力になりますから」
こうして悩みを話してくれる彼を安心させたくて、額にキスをする。するとテメノスは更にそわそわとし始め、睫毛が影を落としていた。
「ありがとう。あのね、こうやってクリック君と一緒にいると、なにか……その、おかしくて」
「おかしいって、何が……?」
「……ここ、です」
クリックの手を取ったテメノスは、自らの下腹部へと導いていく。その瞬間クリックの内に秘めていた感情が溢れだし、顔が熱くなってしまった。
あの時の夢を思い出す。今目の前で起こっていることも自分の都合の良い夢で、己を試そうとしているのではないだろうか。
「あの、テメノスさん、それって……」
ぼそぼそと小さな声で言えば、テメノスは呆れたように眉を寄せてしまった。
「だってクリック君ってば、ぜんぜん手を出してこないから。君に性欲が無いのか私に魅力が無いのかは分かりませんが、意思表示ぐらいさせてください」
「えっあ、あの。そんなつもりはなくて!ただ、僕はあなたを傷つけたくなくて……!」
すっかり拗ねてしまったテメノスにクリックは慌てて弁明し始める。しかしテメノスの様子は変わらず、口を尖らせたままだ。
「いいんです。今まではっきりしなかった私にも非はありますから……ごめんなさい、今日はもう寝ましょう」
そう言ってベッドから出ようとテメノスの腕をクリックは反射的に掴んだ。振り返った彼の怪訝そうな顔も関係ない。今はただ、自分の正直な気持ちを伝えなければならない。
「ま、待ってください!僕も悩みがあるので聞いてほしいです」
「……なんですか?」
なんとかベッドの中に戻って来てくれたテメノスを抱き寄せて、クリックは深く息を吸う。
「僕もテメノスさんと一緒で……いえ、もっと前からおかしくて。あなたのことを夢に見て、その……好きにしてしまうぐらいには、大変なことになっています」
「そうなの?」
「はい……正直、とても困っています」
素直に伝えれば、テメノスは楽しそうに微笑んで身を捩った。そのまま口にキスをされて、どんどん深くなっていく。
やっと顔が離れた時には、お互いのことしか見えていなかった。
「ふふ。それでは、一緒に解決しましょうか」