がちゃがちゃ

夜もすがら

 目を覚ました僕は、見慣れたテメノスさんの自宅にある寝室で寝転んでいた。
 ベッドの上で身じろぐと、腕の中で何かが同じように動いているのが分かった。昨夜はテメノスさんと一緒に寝たのだから、その正体は見なくても分かる。
 まだ眠たくて目を開けられず、だけど彼の存在を確かめるように頭を撫でた。
「ん……」
 すると、ふわふわとした眠たげな声が聞こえてきた。彼はまだ夢の中にいるのだろう、はっきりとしない、掠れた声だった。
 あと少ししたら起きなければならないな……ともう一度彼の髪を撫でる。すると先程と同じように、再びふわふわとした声が聞こえてきた。
 そして。
(なんだか、いつもと違う……ふわふわ……?)
 声だけではなく、手で触れた触覚からも『ふわふわ』を感じる。
 違和感に驚いて目を開ける。すると更に驚く出来事が目の前にあり、僕はテメノスさんから手を離すと慌てて体を起こした。
「……ッ!?」
 声にならない声をあげて、まだ横になったままの恋人をじっと見つめる。
 薄暗い室内でも輝くような、彼の白銀の髪。手で撫でるといつもさらさらとしていて、心地よくてつい何度も触ってしまう。
 その髪の間から白くふわふわとした、そして長い耳が……はっきりと言うならば、うさぎの耳が、生えていた。
「て、テメノスさん……?」
 深呼吸してなんとか落ち着きを取り戻した僕は布団を剥ぎ取り、彼の肩を揺すった。体の異変について本人に確認しなければならない。
 そこでまた気が付いた。いつもの寝間着を着ている僕とは違い、テメノスさんが見に纏っているものが、見慣れた寝間着ではないのだ。
 どうなっているのか把握するため、横向きに寝ている彼の身体を仰向けになるよう動かす。あらためて今の彼の格好を観察してみた。
 真っ白な太ももまで丈のある、同じく真っ白な薄い布地のワンピースような服を着ている。それは彼の身体のラインにぴたりと沿う様な作りになっており、裸を見ているよりも背徳感をもたらした。
 そして首や肩、腕はむき出しになっており、裾からは魅惑的な太ももとすらりと長い脚が曝け出されている。その格好を見て明らかにおかしいと思うはずなのに、どうにも違和感が湧いて来ないので不思議だ。
 しかし見惚れている場合ではない。もう一度声をかけようとしたところで、彼は閉じていた目をゆっくりと開いた。
「……クリック君?」
 まだぽやぽやとしている声と顔で、なんとか目を覚ました彼が僕の名前を呼ぶ。
 そしてのろのろと身体を起こしながら目を擦り、ぐっと背筋を伸ばした。
「おはようございます。そんな惚けた顔をして、どうしたんですか?」
 目を細めてふわりと笑うテメノスさんは、甘えるように僕へしなだれかかる。
 そして腕をのばしてきて、密着するように抱き着かれた。いつもならこんなことをしてくれないので嬉しい反面、視界の中には有り得ないものが映っているので素直に喜べない。
「あ、あの。テメノスさん、その耳は――」
 ぴんっと上を向いているふわふわの耳。そっと触れてみると想像以上に柔らかく、つい何度も撫でてしまった。
 すると真っすぐだった耳は逃げるように少し折れて、彼自身もそれに釣られるようにぴくりと震えた。
「んッ」
 小さな口から溢れた苦し気な、だけれど甘い声。
 もしかして、と揉むように真っ白な耳を撫でる。すると思った通り、テメノスさんは身を捩りながら熱を含んだ吐息を漏らした。
「そこ、あんまり触らないで……」
 どうやらこの耳は人間のものよりも敏感なようで、少し触れるだけで艶っぽい声が溢れ始めた。
 びくびくと震えながら嫌だと言いつつも、彼は僕から離れようとはしない。悩まし気に眉を下げ頬を紅潮させているのに、何かを強請る様に僕を見上げている。
 いけないことをしている気分になってきた僕は慌てて手を離した。そして行き場のなくなった手は彼を宥めようと腰へ添えたのだが……そこでまた新たな異変に気が付いてしまった。
 本来あるはずのない膨らみがある。まさか、と許可も取らず彼の服の中へ手を忍ばせた。
「これ、しっぽ……?」
 手の甲に触れた、耳と同じくふわふわとしたもの。「ごめんなさい」と謝ってから服を大きく捲った。
 顔を反らしてそちらを確認する。そこには予想した通り、細い腰の少し下にもこもことしたうさぎのしっぽが、あった。
 
 これはきっと夢だ。僕はまだ夢の中にいるに違いない。でないと説明がつかない。
 両手で彼の肩を掴み、一度互いの身体を離す。そして目を覚ますために頬を抓ろうとしたが、その手をテメノスさんがそっと触れてきた。
「クリックくん」
 どうしたのかと視線を向けると、こてんと可愛らしく小首を傾げたテメノスさんが不安そうに僕を見つめていた。
「さっきからどうしたんですか。なにか、ヘン?」
 しゅん、と白い耳がふたつとも垂れている。
 間違いなく夢だろう。彼自身がこの異常性に気が付かないはずがないのだから。
 しかし、これが夢だとして。
「なぜ、うさぎなんですか……?」
 ついそのまま訊いてしまった。
 するとテメノスさんはきょとんとしたまま両目を瞬かせ、そして少し考える素振りをしながら口を開いた。
「だって君が言ったんですよ。わたしが、うさぎがみたいだって」
 垂れていた耳がぴょこぴょこと誘うように揺れている。
 どことなく元気を取りもどしたように見えて、安堵した僕は胸を撫でおろした。
 
 ――それが、一体どうしてこうなったのか。
 僕は今うさぎのテメノスさんを思いのまま抱きしめ、腕の中に抱いたままキスをしていた。
「ん、ぁ……クリックくんのキス、きもちぃです……♡」
 見れば、とろんと表情を蕩けさせたテメノスさんが僕からの愛撫を享受していた。
 首に腕を回している彼は僕を離そうとはしない。身体を密着させて、「もっと」と強請る様に舌を交じ合わせてくる。
 それに応えるように口内と探り、深く唇を重ねた。テメノスさんの息があがっていき、僕も興奮を隠しきれなくなっている。
 こんなことをしている場合ではないのに……と思うが、もうお互いに止められそうにない。
「クリックくん」
 キスの合間にテメノスさんがぽつりと僕の名前を呼ぶ。
どうしたのかと問えば、恥じらいながらも彼はその続きを話してくれた。
「もっと、いっぱい触って……私のこと、君の、好きにして」
 最後に小さな声で「お願い」と付け足され、僕の理性は大陸の果てまで飛んで行ってしまった。