夜もすがら
空が高い。上を見れば青が、視線を下げれば緑が広がっている。
村から少し離れるだけで鳥たちのさえずりが大きくなった。フレイムチャーチから少し離れた場所にあるこの草原の一角には、薄い色の花が咲き乱れている場所がある。
人里からはあまり離れていないせいか、この穏やかな空間には魔物などいやしない。鳥やうさぎ等の小動物たちを見かける程度だ。
そんな危険などひとつも無さそうな穏やかな自然の中で、僕はある人を探していた。
生えっぱなしの背の高い草をかき分けながら、とても道とは呼べないような道を進んでいくと開けた花畑が見えてきた。目的地だ。
そこには屈んでいるふたつの影があった。ひとつは僕が探していた人。もうひとつは、恐らく子どもだ。
「テメノスさん」
僕が名前を呼ぶと、その名の持ち主がこちらを振り返った。
そして柔和な笑みを浮かべながら立ち上がり、こちらへ向かって軽く手を振っている。
「こんなところまでご苦労様、クリック君」
足場の悪い道を進みながら二人へ近づくと、にこやかな表情の彼の傍には少女が座り込んでいた。
「もしかして、私を呼びに?」
テメノスさんは少女を気にしながらも僕との会話を続けている。
「はい。教会の神官が、あなたを探してほしいと」
「そうですか」
テメノスさんは、一生懸命に作業を行っている少女の前に屈んだ。
「そろそろ完成しそうですね」
「うん。テメノスさま、手伝ってくれてありがとうっ!」
ふたりで何をしているのか気になって、僕も彼女の前で屈みこんだ。
どうやら、少女はこの周辺で咲いている花を使い、花冠を作っていたようだ。小さな手で、大きな花の輪っかを懸命に編んでいる。
「できた!」
花冠はちょうど完成したようで、少女はきらきらと目を輝かせながら空に向かって花冠を掲げた。
立ち上がった少女の服には葉っぱやら花弁やら土やらが付着していた。テメノスさんも倣うように立ち上がり、嬉しそうな彼女の服の汚れを払い落しながら「素敵な花冠ですね」と微笑んでいる。
花冠作りを経験したことがない僕が見ても、確かに少女が手に持っている花冠は色とりどりの花がしっかりと編み込まれている立派なものだった。こういったものは自分のためか誰か大切な者へ贈るためか、そういった目的のために作るのだろう。
しかし彼女の頭には既に同じような作りの花冠が乗っている。見た目から推察するに製作者はきっと同じだ。
ということは、少女は誰かのためにこれを編んでいたのだろう。
「テメノスさま、もういっかい屈んで?」
「え……?」
テメノスさんは少女の言う通り膝を折る。
すると少女は背伸びをして、両手をめいっぱいに伸ばしてテメノスさんのまるい頭の上に出来上がったばかりの花冠を被せた。
「はい、これでテメノスさまもお姫さまだね!」
屈託のない、無垢な少女の笑顔が溢れている。
しかしテメノスさんはどう返したらいいのか迷っているようで、花冠が落ちないよう手で支えながら「なぜお姫様……?」と呟いた。
「だってテメノスさまって、うさぎさんみたいで可愛いから!」
うさぎ。かわいい。それらがどう『お姫様』と繋がるのか分からない。きっとテメノスさんも同じように感じているのだろう。小さく首を傾げている。
「これは……私が頂いていいのですか? それと、うさぎというのは」
「お姫様は綺麗でかわいいんだって、ご本で読んだの。それでね、うさぎさんって白くてかわいくて、テメノスさまみたいだなって。だからテメノスさまがお姫さま!」
少女の無茶苦茶な理論に困り果てているテメノスさんがこちらを見ている。助け舟を求めているのだろうが、どちらかと言えば僕も彼女側であった。
「たしかにテメノスさんとうさぎって似てるかも。色もですが、雰囲気だとか仕草だとか」
「……あのねぇ、君まで何を言っているんですか」
僕の言葉で眉を寄せてしまったテメノスさんの声を遮るように、少女が大きく口を開く。
「ほらほら、騎士のお兄ちゃんもそう思うよね! テメノスさまはお姫さまで、うさぎさんなの!」
少女は上機嫌になるとテメノスさんの手を握り、村への帰り道へと引っ張った。
彼はそれに逆らうことなく、しかし納得いかないのか渋い表情のまま彼女に手を引かれて歩いている。
「テメノスさま、ここまで一緒について来てくれてありがとう。もう教会へ戻らなきゃいけないんでしょう? お兄ちゃんも一緒に帰ろう!」
普段あまり見ることが無い振り回されているばかりのテメノスさんの姿に、つい頬を緩めてしまいそうになる。
そんなところを見られると後で何を言われるのか分からないので、僕は必死にそれを堪えながら少女と神官の後を着いて歩いた。
* * *
夜、いつものように二人して同じベッドへ潜り込んだ。テメノスさんの自宅で一緒に暮らす様になってからは、お互いが家に居る日はこうして就寝のタイミングを合わせている。
明かりを消した室内で、テメノスさんへ贈られた花冠が壁に飾られていることに気が付いて草原での会話を思い出した。
彼を腕の中に抱きながら「うさぎ……」と呟くと、途端に口を尖らせていることに気が付いてしまった。
「まだそんなこと言ってるんですか」
「すみません、なんだか……しっくりきましたから。あの掴みどころが無い表情だとか、あの子が言うように可愛いところだとか」
テメノスさんは顔を隠したいのか「可愛くなんかないです」と僕の胸に顔を埋めている。
今なら逃げられないだろうと、さらさらと指を撫でる髪へ顔を寄せる。湯上りの彼からはいい匂いがして、愛おしさについ抱きしめる腕の力を強めてしまう。
「僕は人間のテメノスさんが大好きですけど、たとえうさぎだったとしても大事にしますよ」
「なにそれ」
顔を上げたテメノスさんは眉を寄せ、だけれど悪い気はしていないのか表情を和らげており胸の奥があたたかくなる。
穏やかな空気と共にまどろみがやってきて、おやすみなさいと呟けば彼からも同じように返ってきた。