Sparkling

例えば赤。食欲を誘う刺激の色。フライパンの上で油とともに踊る肉を嫌うやつなんて、そうそういない。
例えば、黄色。一見薄味のようだが噛み締めるとじわりと舌の上で旨みが広がる卵。フライパンの上で薄く伸ばし、くるくるとかき混ぜると途端にふわふわになる。
例えば、緑。ザクザクと刻まれた新鮮な野菜たち。フワフワのパンに包んでしまえば、まるで主役のようだ。
例えば、青。食欲を損なう色。だが、グラスの中で光を浴び泡は弾け、視線を奪うのはきっとこの色。
薄く切ったパンに切ったばかりの野菜と卵を挟み、調味料を適当にあしらってサンドイッチの完成だ。見た目は不格好だが味は悪くないだろう、多分。
そして予め用意しておいたグラスに、別で準備していた青色の液体を注ぐ。コポコポと弾ける泡は予想通りで、少し気分が良くなる。
普段は面倒だと思うが、こうやって調理台の前に立つのも悪くは無かった。思えば料理も実験とは何も変わらない。何事も考え様だった。

「珍しいな、クロードがここにいるなんて」
近くから声をかけられ、振り向くと肩越しにディミトリが立っていた。
自分たち以外誰もいないので、声はよく通って聞こえた。
「そう言う王子様こそ、厨房に用なんてあるのか?」
「ああ、先生が収穫した野菜を届けにきたんだ」
見れば、確かに彼の両手には大量の野菜が抱えられている。
ディミトリは野菜を側のテーブルに置くと俺の隣に立ち、先ほど完成したばかりのサンドイッチと青色の液体の入ったグラスを交互に見る。
そして顎に手を添えると、ふむ、と何かを考え始めた。
「これも、何かの実験なのか?」
多分ディミトリが気になっているのはグラスの方だろう。逆の立場だったら俺だってそうなる。
「まあ、ある意味実験みたいなものかな」
言いながら、作り終わったばかりのサンドイッチを近くにあったナイフで半分にカットする。
四角いパンが半分に切られ、その片方を彼に差し出しだ。
「お前も、どう?」
お手製サンドイッチ、と添えると、彼は大人しく受け取った。
「もらって、良いのか?」
「ああ。思ったより量が多くなったからな」
そもそもここで料理していたのも、昼食を食べ損ねたことが始まりだった。
薬の調合に夢中になって昼食の時間を逃し、何か貰えないかとキッチンに行けば「自分で用意するなら食べても良い」と言うことだった。
それならばと簡単なものを作り、そのついでに自分の調合の実験も行いこの青い液体が生まれた、と言うことわけだった。
厨房の壁を背に二人で並んでサンドイッチを食べながら事の経緯を話すと、ディミトリは納得したのか静かに頷くと「うまかった」と言いサンドイッチを平らげた。
嘘だな、と分かる。卵はやや焦げているし野菜の大きさは不揃いで食感は良くない。バターの量も少なすぎてパンのパサつきが気になる。お世辞にもうまいと言えたものでは無かった。
だが、他人の作った料理をまずいと正直に言う男でもないことは知っている。それに、例え世辞でもうまいと言われれば悪い気はしなかった。「うまい」と言った理由が本当に世辞なのかどうかは一旦置いといて、だ。
それに俺の本命はサンドイッチではなく。
「こっちもどうだ、王子様?」
青い液体が揺れるグラスを手に取り、隣の男に差し出した。
ウッ、とあのディミトリが明らかに嫌そうな顔をしている。これは、なかなか面白いかもしれない。
「そもそも、それは何なんだ?」
改めて何かと聞かれれば、回答に困る。
「…嗜好品と言うか、実験の成果というか」
「薬の様なもの、か?」
「お前には、薬かもな」
ディミトリは黙ってグラスを受け取り、まじまじと中身の液体を見つめる。
「先に言っとくけど、危ないモンではないぞ」
そして見せつけるように、彼の横でもう一つのグラスをグイッと一気にあおった。
喉を通り抜ける感覚は少し想像より強いが、まあこんなものだろう。味は大して手を加えていないので美味いも不味いもない。
口元を拭いながら視線で逃げないだろ?と訴えると、見事に挑発に乗ったディミトリが俺と同じように一気にグラスをあおった。
全て飲み終えたディミトリはまだよく分かっていないとでも言いたそうに、空になったグラスと俺とを交互に見ている。
「結局、中身は何だったんだ?」
「ああ…」
素早く身を寄せ、距離を取られる前に顔を彼の耳元に近づける。
身長差もあり少し背伸びになるが、構わず耳元に手を添え正解を告げてやる。
「惚れ薬」
言えば、途端に赤くなる王子様がおかしくてたまらなかった。
あ、とか、う、だとか声にならない声をいくつか呟いた後、口元を手で覆いながら「冗談はよせ」と睨まれながら言われた。
俺はと言うとゲラゲラ笑ってしまいたいのを堪えて、「冗談じゃないさ」と返す。
「飲んだ時、変な感じがしなかったか?」
腕を組み、ディミトリの顔をまっすぐ見つめる。嘘を言うときは、ほんの少し真実を混ぜると良い。
「変な、感じ…」
そう言えば、と言いたげにディミトリの目が見開かれる。
「舌の上で弾けるような感覚が…あった気がする…」
「それ」
恋に落ちるときは、みんな体に電流が走ると言う。その時、口内もパチパチと弾けるような感覚があるのさ。
そう説明するが、こんな嘘は他の人間なら通用しないだろう。だが目の前のこの男はドがつくほど真面目で級友を疑うようなことはしない。
そんな男の顔が赤くなったり青くなったりする様は、どうしてこうも愛おしいのだろう。
だが、そろそろ潮時だろうか。あまりからかいすぎるのも段々と悪い気がしてきている。
そろそろネタバラシするかと言う時に、突如両手を自分のものよりも少し大きな手に包まれ、グイッと顔の前まで引っ張られた。
「こんな…結果的に薬に頼ってしまう形になってしまったが」
「は…?」
俺をまっすぐ見つめる青色が、普段より近いせいか、いつもよりずっと深い色をしている気がした。
突然のことに狼狽えてしまう。逃げようにもがっしりと両手を掴まれているため動けない。
「俺は、薬なんかなくても」
どうしたのだろう。視界の奥ではキラキラと、喉の奥ではパチパチと何かが弾けている。
待て、と言おうとした瞬間、入り口の方から見知った姿が現れた。
「ディミトリ、野菜全部運べた?」
ひょこっと現れたのはベレトだった。
手を取り合い固まったままの俺とディミトリを見ると、はぁ、とため息をつき「すまない」とだけ言い残し消えてしまった。
その直後、ディミトリは俺の手を離すと「忘れてくれ」なんか言うものだから。
背を向けた彼の肩を掴み無理やりこちらを向かせ、背伸びをした。
言葉にしなくても伝わることもあると、初心な王子様に教えてやらないと。

後日、あの日の液体はもちろん惚れ薬なんかではないということと、正体は炭酸水という液体に薬草で色をつけたものだということを教えた。
ディミトリはあの時はすっかり騙されたなと苦笑し、そんな薬初めから必要なかったと言う。
本当にそうだったのかは、知らないままで良い。