(レッド視点)
僕は、どこにでもいるポケモンが大好きな普通の子どもだった。
何かが特別得意なわけでも、まわりの友達のように夢があるわけでもなかった。
ただポケモンが好きで、テレビや雑誌でポケモンを見かければ食いついていた。
「レッドは大きくなったら、ポケモントレーナーになりたい?」
母親の作ったやや味の濃いオムライス(僕はもう少し甘い方が好きだ)を食べていると、突然未来のことを聞かれて首を捻る。
(ポケモントレーナー、かあ…)
それはこの世を生きる誰もが憧れている存在で、僕のまわりでも「いつか絶対ポケモントレーナーになってチャンピオンに挑戦するんだ!」と夢を掲げる子が何人もいる。
僕だってポケモンは好きだ。好きなだけではなく、知識だってそこそこあるはずだと自負しているぐらいだ。
だけどいざ「トレーナーになりたいか」と聞かれると、首を縦にはふれなかった。トレーナーになって旅に出て、バッジを集めてチャンピオンに挑んだとしよう。それはすごく名誉なことだ。
ただ、その先が分からなかった。チャンピオンとはその地方で一番強いトレーナーのことだ。一番になってしまったら、その後どうするんだろう?まだ小さな僕には想像などできやしなかった。
「分からないよ」
そう答えると、母親が意外そうに「あらそう」と呟いた。
テレビからは近くの街の大会の様子が映っている。オムライスを頬張りながら見ていると、丁度リザードンとカメックスのバトルがはじまったところだった。
この試合、結果なんて見るまでも無い。カメックスが勝つに決まってる。
(ほのおタイプのポケモンはみずタイプに弱いんだ。そんなの、ポケモンが好きなら誰だって知ってる)
結果の分かる試合ほどつまらないものはない。あまり興味をそそられることなくテレビから視線を背けた。
「ごちそうさま」
オムライスの乗っていたお皿を片付けようと立ち上がった瞬間、つけっぱなしだったテレビから「リザードンの勝利だ!」と声が聞こえた。
そんなまさか!振り向くと、倒れたカメックスと、天に向かって炎を吐くリザードンが映し出されていた。
(だって、ありえない)
僕はお皿を片付けるのを忘れテレビに食らいつく。後ろから母親の声が聞こえるがそんなの気にしていられない。
一体どうやって。どんなバトルだったんだろう。ちくしょう、ちゃんと見ておくんだった。
観客の歓声が響き、勝利したトレーナーはリザードンを愛おしそうに撫でている。負けた側のカメックスのトレーナーも悔しそうではあるが、良い試合だったと勝者のトレーナーと握手をしていた。
ああ、かっこいいなあ。僕もあんな風にバトルしてみたい。
もしポケモンを貰えるならヒトカゲが良いな。きちんとお世話して立派なリザードンにするんだ。子どもの僕はかなり単純で、好きなポケモンはピカチュウだけど先程の試合のおかげでリザードンも捨てがたくなってしまった。
そんなことを考えていると母親が「そう言えば」とぽつりと言った。
「お引越し先にね、ポケモンの有名な博士の研究所があったわよね」
そうだった!名前は、えっと。
「オーキド博士、だったかしら?」
そうだ、オーキド博士。いろんな雑誌やテレビで何度もその名前を見た。
僕は明日、そのオーキド博士のいるマサラタウンへと引っ越す。
カントーの端にある田舎町と聞いて始めはがっかりしていたが、ポケモンの研究所がある点はけっこう楽しみにしていた。
「リザードン、いたら良いな」
「あんな大きなポケモン、いるのかしら?」
そんなに簡単に会えるわけないか。でも、いつかチャンスはやって来るかもしれない。
その夜は、少しの期待を胸に眠りについたのを覚えている。
そして、そのチャンスは思った以上にはやく訪れた。
マサラに着いて早々に引っ越し業者や母親が忙しなくしており「レッドはお外で遊んでなさい」と放置されてしまった。
見知らぬ土地に加え、僕と年の近い子どもの姿は見当たらないので遊び相手もいない。でも家にいるわけにもいかなかったので、僕はとりあえず遠くに見えた林に向かって歩き出した。運が良ければポケモンに会えるかもしれないし、と。
だけどそれが間違いだった。いや、今思えば大正解なのか。
土地勘も無いまま入った林は思ったよりも入り組んでおり、あっという間に帰り道が分からなくなった。
がさがさを草むらをかき分け進むが、この道があっているのかも分からない。
(どうしよう、おかあさん、どこ)
視界がじわりと歪んだその時、どこからか鳴き声が聞こえた。聞いたことがある、あの声は。
(リザードンだ!)
頭からは迷子になっていることなんかすっかり抜けてしまい、僕は声の聞こえた方へと一目散に走り出した。
先程まで狭かった視界が一気に広くなり、建物と大きな影が見えた。
(いた、リザードンだ)
僕の身長の何倍もある体と、先の燃えているしっぽが目に入った瞬間、全身が熱くなるのを感じた。
あれが本物。僕がバトルに興味を持つきっかけを作った、憧れのポケモン。
もっと傍で見たくて近寄ろうとした寸でのところで足を止めた。リザードンの隣にトレーナーらしき白衣の男性がいたからだ。
よく考えれば分かることだ。リザードンが野生でこんなところにいるわけがない。誰かの手持ちに決まってる。
そして手持ちという事はトレーナーがいるということであり、さらには先程見えた建物はきっとそのトレーナーの敷地だろう。
(僕、いつの間にか誰かの家に勝手に入っちゃったんだ)
どうしよう、と後ずさる。悪気があって侵入したわけではないが、これが良くないことだとは流石に分かる。
悪いことをしてしまった時は、どうするんだって。そうだ、ちゃんと、謝らなければ。
意を決して踏み出そうとした時、「誰だ」と先程のトレーナーと思われる声がした。
前へ出そうとした足が小さく震える。両手をぎゅっと握ると更に「出てこい」と聞こえ、もう隠れていられないと飛び出した。
きっとものすごく怒られるのだろう。ああでも、憧れのリザードンをこんなに近くで見られたのだから、良かったのかな。
僕は帽子を深くかぶり直し、なるべく相手の顔を見ないようにした。リザードンは見たかったが、それよりもこれから怒られるだろうという恐怖の方が勝った。
「ごめんなさい、勝手に入ったりして」
必死に声を絞り出すと、ふと目の前に影が落ちる。
目線を上げると、そこには想像とかけ離れた男性の顔があった。
———-
「あれが初恋で、一目惚れだったんだよ」
初恋は成就しないと言うが、あれは嘘だ。だって今、ベッドの上の僕の腕の中には初恋の相手がいるのだから。
そんな初恋相手は唇を尖らせ「ふうん…」と興味無さそうに呟くが、耳が少し赤いので照れているのだと分かる。こういうところが可愛いと思う。僕が大人になってから見せてくれるようになった姿だ。
僕は10歳の時、あの研究所でグリーンと出会った。あれは運命だったと今でも思うし、本人にも散々伝えた(伝える度にしつこいと嫌がられるが)。
そうこうしている内に僕は小さな子どもから大人になり、気が付けばグリーンより背も高くなっていた。
そしてトレーナーとして旅に出る前に好きだと伝え、同時にプロポーズもした。はじめは本気にしてくれなかったそれも、何度も繰り返すうちに真剣に受け取ってくれるようになった。
チャンピオンになるために修行に明け暮れて長い間会っていない時もあったが、今では毎日顔を合わせているし触れることだってできる。
だって、僕たちは。
「ねえ」
僕は元々口数が少ない方だ。そのせいで何を考えているか分からないだとか感情が読めないだとか言われるが、でもグリーンは違う。
「…レッド」
優しく頬に触れる少し骨ばった手が好きだ。伸ばされた腕に抱きしめられた時の彼のにおいが好きだ。
「お前、本当に分かりやすいよ」
僕の言いたいことを全部理解してくれるところが大好きだ。
だって、僕たちの心はもう繋がっている。
「あ、ァッ、レッド」
普段よりもひときわ高い僕の名前を呼ぶその声が耳に入る度に、体中に熱が走る。
組み敷いた体は細く白い。普段研究所に籠りきりだからなのかな。腰や太ももについている小さな傷は昔旅をしていた頃のものだろうか。
昔のグリーンってどんな男の子だったんだろう。大人になってからの彼しか知らないので、どうにも想像がつかない。
「なに、考えてんだ…」
回された腕に力が込められて互いの胸が触れ、あがる息が絡まった。
彼の奥を探る指を動かすたびに小さく漏れる声がたまらないと言ったら蹴られたことがある。嘘つきは良くないが、いつも正直なのも良くないらしい。
グリーンは僕を分かりやすい男だと言う。そんなことを言うのはこの世にグリーンただ一人だ。
そして彼が僕のことをお見通しなように、僕もグリーンのことは良く分かっている。
だから彼の一点を狙って触れた時、僕を抱きしめる力が強まって口元が緩む。ほらね、全部知ってるんだ。
「レッド、いやだ…ぁ…」
何度もこの行為を繰り返すうちに分かったことがある。これは嘘の「嫌」だ。
「僕はグリーンの嫌がることなんてしない」
そう言って探る指を増やしていけば、耳元を溶けそうな声が貫く。
「それに嘘つきは良くないって、昔グリーンが言ったんだよ」
「ばか、いつの話してんだ、…んッ」
抗議の声を上げつつ身をよじる姿を見て、脳の奥がふわふわとしてくるのを感じる。
僕にしか見せない姿を目に焼け付けたくてじいっと見ていると「見んな」と言われ唇が塞がった。グリーンの顔しか見られなくなってしまったけど、僕は彼の全部が好きなのでこれでも全然かまわない。
思うままにがっついていると、グリーンが片膝で僕の熱の集まった中心を押す。前にもこんなことがあったな。
「ッどーせ、待てなんて出来ないんだから早くしろ」
そこまで言うならお言葉に甘えさせてもらおう。彼から指を抜き、もう一度触れるだけのキスをした。
グリーンとからだを重ねる度に、いつか本当に一つになってしまうんじゃないかと錯覚する。
身体のいろんなところがアツくなって、ぶつかって、ぐちゃぐちゃ音がして、何も考えられなくなって、どうしようもない人間になる。
ポケモンバトルをしている時と似ていて異なる行為だと思う。すればするほど「もっと」と脳が強請る。自分が自分でなくなっていく感覚に恐怖すら感じる。でも、どうしようもないんだ。
腰がぶつかる度に何度も声を上げるグリーンの目に涙が浮かんでいる。君を泣かせたいわけじゃないのにな、と目元を舐めた。当然だが甘くなんて無いのに、どうしてか悪くない。
「ねえ、グリーン」
互いに余裕のない中で名前を呼ぶ。荒い息の中で微かに「なんだ」と聞こえ、僕の頬が緩む。
「好きって言ってよ」
びくり、と少し反応があった。
「な、んで…」
「聞きたいから」
「やだ、ッ言わない……って、れっど…!」
打ち付ける腰を緩めると、声には出していないが「どうして」とグリーンの視線が訴えているのが分かる。
「言ってよ」
ほら、とちょうどイイ所を掠める様に動くと、グリーンは小さく口を開けた。
「好き、好きだから…」
「よく聞こえないな」
少し動きを速めると、聞きたかった声が響く。
「レッド、好き!ん、好き、ア、ぁ!」
「僕も、好き」
グリーンは年上で普段は僕よりずっと大人っぽいのに、こういう時は小さな子どものようになる。
だからかな、僕の下でどうしようもなくなっているグリーンを見ると、胸の奥がざわざわするんだ。
かわいいな、と思ったころには僕はやっぱりいつもみたいに「待て」ができなくなっていて、また彼の中に溺れていく。
「お前、ほんとサイテー」
ベッドの上でうつ伏せでのびているグリーンを見てやり過ぎたかなと一人反省をした。
「だって、あんまりにも可愛かったから」
「ばーーーか」
言いながら枕を投げられるが全く痛くない。枕をその辺に投げ捨て彼の横に隣になると、視線だけがこちらを向いた。
「昔はあんなに可愛かったのに」
ぽつりと言われ、納得がいかなかったので口をとがらせる。
「今だってかわいいよ」
「どこがぁ…」
「グリーンを大好きなところ、とか」
自分で言うなとおでこを指ではじかれた。どうやら腕を動かす体力は戻ったようだった。