がちゃがちゃ

sugar rush

 情報収集の結果、世界樹の葉について更に分かったことがある。
 あの葉に解呪の力があったのは確かで、それにより実際にサマルの呪いは解けていた。しかし一部を除き、だが。
 ハーゴンの呪いの目的は、恐らく一行の戦力低下。三人旅ではひとり減るだけでかなり厳しい状況となる。呪いにかかったのがサマルだけとはいえ痛手であることには変わりはないし、実際にサマルの戦闘力を削いでいることには違いない。あれからモンスターと戦ったわけではないが普段振り回している槍を持つのに苦労しているようだった。今のムーンよりは力があるようだが、目に見えて分かる程に筋力は落ちている。
 呪いが解かれ回復はしたのに身体だけ変わってしまったことについて、だが。そもそもの呪いの目的がこちらの戦力低下なのだと考えれば、きっと呪いはひとつだけでは無かったのだろう。全身を蝕み体力を奪う呪いと、身体自体を変えてしまう呪いの二つだ。
 しかし、世界樹の葉を飲ませること以外の解呪方法が思いつかずローレとムーンは困り果ててしまった。どうしたものか途方に暮れていると、通りかかった村人が知恵を貸してくれた。

 恐らくこの方法で……と教えてもらったことを実行する為に、二人はサマルの待つ宿に戻る。そこで村人から得た情報をそのまま伝えると、彼の顔はみるみると青くなっていった。
「ちょ、調合した世界樹の葉を……あ、あ、あんなところに……!?」
 無理だよぉ!と半泣きで叫ぶサマルを見て、ローレとムーンは「やっぱり」と顔を見合わせる。
 サマルが泣きながら嫌がる方法とは、スライムから得られるオイルと煎じた世界樹の葉を調合したものを女性器に塗布することだった。どういう原理なのかは知らないが、呪いの要因と思われる部分に試すのが効果的らしい。事情を説明すると、ならば今サマルが泣いて嫌がっている場所へ世界樹の葉を使うべき、ということだった。そのまま塗布することは難しいだろうということで、スライムオイルは譲ってもらうことが出来た。方法を教えてもらいながら調合して完成したものをサマルの目の前に差し出すと、顔を赤くしたり青くしながら、めそめそと受け取っていた。
「こればっかりは手伝ってあげられそうにないから、心苦しいけれど……とりあえずひとりで試してみて、難しかったら教えてね」
 そう言い残してムーンは部屋を後にした。ローレはどうしたものかとサマルの様子を窺うが、まだ決心がつかないようで固まったままだ。少しでも気が軽くなる様に肩を軽く叩いてやると、脅えたような目で見上げてきた。捨てられた子犬のような様子に動けなくなる。
「その、オレだって手伝ってやりたいけど……。とにかく、何かあったら言えよ。外で待ってるから。ゆっくりで、いいからな」
 くしゃくしゃと頭を撫でてやると少しだけ落ち着いたのか、無言で小さく頷いていた。そのまま部屋から出て、宿の廊下で腰を降ろす。中で行われることを考えないようにしながら、面白みのない天井を見上げた。

 * * * * * * *

 あれから、どれくらい経っただろうか。
 1時間は経った気がするので、どんな調子か確認するためにローレはサマルのいる部屋のドアのノックした。
「おい、大丈夫か?」
 この聞き方であっているのかは分からないが、どの言葉が適切なのかが分からず思ったままに声をかけた。すると中からか細い声で「ごめん」とだけ聞こえてきて、何が、と返す。
「ま、まだ……時間かかりそう」
 弱々しい返事に胸が痛む。その痛みを代わってやれない悔しさで、自分の無力さを思い知った。
 今まで自分には無かった部位。当たり前だが誰にも触られたことがない箇所をいきなり自分で触れと言われ、それも中まで……となると、かなりの覚悟が必要だろう。相手がいるならともかく一人でとなると、時間がかかっても仕方がない。
 
 夕方になっても状況は何も変わらなかった。さすがに手を貸した方が良いかと様子を見に来たムーンがローレと同じようにドア越しに確認していたが、サマルからの答えはノーだった。
「ねえ、ローレ」
 ムーンと二人で宿の食堂で早めの夕食を取っていると、向かいに座っている彼女がこちらをじっと見つめており緊迫感に包まれる。
「もしサマルが助けを必要としたら、それはあなたにお願いしたいの」
 いつもより落ち着いた声色のムーンは、そう言いながら少し寂しそうに微笑んでいた。
「でも、今のあいつの身体についてはムーンの方が適任じゃないのか」
 ローレの返答に、ムーンが首を振る。
「そうかもしれないけど。でも、こういうのって理屈じゃない気がするのよね。特にあなたたちにとっては」
 サマルが抱えているプレッシャー、コンプレックス、感情、すべてを受け入れてほしいと願っている相手はきっと私ではない。そう言って、ムーンは一人前の夕食をトレイに乗せるとローレに差し出した。
「あの子ったら部屋から出られなくて、きっと今頃お腹を空かせてるわよ」

 * * * * * * *

 再びサマルの部屋の前までやって来たローレは、中の気配に気遣いながら控えめにノックした。
「サマル、夕飯食べられそうか?」
「……食べる」
 どうやら腹は減っているらしい。開けるぞ、と伝えて部屋の中に入ると、そこはベッド以外は今朝見た時と変わらない状態だった。
 よっぽど苦しい思いをしたのだろう、サマルのベッドだけシーツがひどく乱れている。もう今の姿を見られることに抵抗はないのか、ローレが近くのテーブルに夕飯を置くと寝間着のままのサマルはのそのそとベッドから起きてきた。
「心配かけてごめん……ムーンにも、伝えておいて」
「それはちゃんとお前から伝えるべきだろ」
「そ、そうだけど」
 椅子に座ると大人しく夕飯を食べ始めたのでローレは部屋を出ようとしたが、服の裾を掴まれて「もう少しここにいて」と言われたのでそれに従うことにした。
 近くに置かれていた椅子に座ったローレは、無言のまま食べ続けるサマルを観察する。小さな口の中に大きな肉が運ばれていって、小動物のように頬張っている。何回も租借したのちにごくんと飲み込む様子を、何故だか分からないが飽きずに見続けてしまう。
 ぼんやりと見つめていると食べ終えたサマルが「あの……」と弱々しく口を開いた。
「ローレは、今の僕のこと……気持ち悪いって思う……?」
 肩を落としながら訊かれて、ローレは眉を寄せる。サマルの抱えているものを、すべて受け止めてやらねばならない。
「そんなわけないだろ。何があってもお前はサマルトリアの王子だよ」
「うん、ありがとう。でも、このまま戻れなかったら……って思ったら、どうしても、その……で、できなくて。せっかく二人が、いろいろと調べてくれたのに」
 ぐす、と鼻をすする姿に居た堪れなくなる。気が付けばローレは椅子から立ち上がりサマルを抱きしめていた。驚いたサマルはどうすればいいのか分からない様子で、両手が空中をさまよっている。
「なにがあってもお前はオレたちの大切な仲間だ。それは絶対に変わらない。だから、そんな顔するな……」
 抱きしめる力を強めると、サマルも背に手をまわしてきた。よしよしと子どもをあやす様に背中を撫でられてしまい、これではどちらが泣いていたのか分からない。
 しばらくして身体を離すと、サマルは顔を上げて困ったように笑っていた。
「あはは、ローレには敵わないや。もう、こんなこと……忘れなきゃいけないよね」
 忘れるって、何を。それを訊く前に、サマルは椅子から立ち上がってこちらに背を向けて言った。
「僕のお願い、ひとつだけ聞いてくれる?」

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