がちゃがちゃ

sugar rush

「マジかよ」
 しばらくして、正気を取り戻したローレの第一声がそれだった。ベッドの上で、寝間着のままぺたんと座っているサマルの姿は誰がどう見ても女性そのものなのだ。
 もう一度だけ胸の膨らみに注視してみる。それは主張が激しく、とても控えめとは言いづらい。隠されていたとはいえ、どうして今まで気が付かなかったのか不思議なくらいだ。
 そこでローレは、ずっと「まさかな」と思いながら自分の中で否定し続けていた一つの可能性を思い起こす。サマルが頑なに身体を見られないようにしてきた理由。それは、性別に関わることなのではないか、ということだ。ずっと「サマルトリアの王子」として接してきたが実は女性だったとあれば、それは確かに言い難いことだっただろう。身体を見られればすぐにバレてしまうのだから、隠したくもなる気持ちもわかる。
 だがしかし、何故性別を偽る必要があるのか。そこが分からずうんうんと頭をひねっていると、顔を上げたサマルが「ちょっとー」と口を開いた。
「何を考えているのか知らないけどさ。僕がこうなったのは今朝のことだからね」
「え……じゃあお前って男なの?」
「当たり前だろ!生まれた時からずっと男だよ!はぁ、もう……なんで、こんな」
 はあ、とため息をつきながら項垂れるサマルを見る。この宿の寝間着は胸元が緩く、魅惑的な谷間がしっかりとローレの視界に入ってきた。
 瞬時に見てはいけないと思い目を反らすが、本能に逆らえずちらちらと視線を向けてしまう。サマルは気にしていない様子ではあるが不安そうにこちらを見上げてきたので、ローレはわざとらしくコホンと咳ばらいをする。
「その、念のために聞くけど……オレを驚かせるためのどっきりとかじゃ、ないよな?」
 恐る恐る訊ねるローレにサマルは顔をしかめる。こんな時に冗談を言うほど馬鹿じゃない、と噛みつきそうな勢いで反論してきた。どうやら怒らせてしまったらしい。
「そんなに疑うなら見てみればいいだろ!」
 言いながら、サマルは寝間着の上をがばりと大きく捲った。今度は豊かな乳房がしっかりと視界に入り、その形や薄く色づいた二つの先端までもが脳に刻まれていく。ローレは一瞬にして顔を耳まで赤くするとサマルの服を戻そうと掴みかかった。
「馬鹿かお前は、何やってんだ!」
「馬鹿じゃないですよーだ!なんだよ、ローレが僕のこと疑うからだろ!?」
 ベッドの上だとバランスが悪く、体重をかけて自然とサマルを組み敷くような体勢になってしまう。その間もぎしぎしと音を立てるベッドの動きに合わせて、柔らかそうな胸が大きく揺れていた。なるべくそれを見ないようにしていると、そちらに気を取られているローレの手はいとも簡単にサマルに捕まってしまった。そのまま胸元に誘導され、あろうことか手の平を丸みを帯びたそれに宛がわれてしまう。
 こんなの不可抗力だ。気が付けば、5本の指が彼の白い肌に吸い付いている。ごくりと生唾を飲み込んで無心にそれを揉んでいると、むに……という効果音が脳内に流れ始めた。
「んぅ……ッ、ど、どうだ!これで本物だって分かっただろ?」
「! あ、ああ……」
 サマルの声で覚醒したローレは慌てて彼から手を離す。しばらく手を開閉させて先程の感触を思い出そうとするほど、既に恋しくなってしまっていた。これもハーゴンの呪いってやつか……と呑気なことを考えていると体を起こしたサマルは着崩れた服を戻しながらもじもじとし始めた。
「あの、ムーンには、このことは……」
「黙っててやりたいけど、流石にこれは隠しておけないだろ」
「だよねぇ……」
 再び大きなため息が部屋に響く。そうしていると控えめなノック音が聞こえてきてローレが出ると、入口には今し方名前が出たばかりのムーンが佇んでいた。
「おはよう、今朝の具合はどうかしら。……あら、良かった。もうずいぶんと元気そうね」
 入口から顔をのぞかせたムーンはサマルの様子を確認して、にこりと微笑んだ。食べ物と飲み物を抱えたムーンは部屋に入って来るなり、慌てて布団に潜りこんだサマルの為に室内のテーブルへと食事を並べはじめた。
「顔色は良いみたいだけど、まだ本調子じゃないでしょ。今日までゆっくりしてたら……って、なんでさっきから布団に潜ってるの?」
「え、あー、その……」
 何も言ってはいないが、ローレ……と言いたげにこちらをじっと見つめているサマルが助けを求めてきている。ローレはどうしたものかと頭をひねるが、どうもしてやれないのが現実だった。
「諦めろ」
「う……」
 ローレの一言で決意したのか、サマルはのそのそと起き上がる。布団から出た彼の姿を見たムーンは驚きのあまり、持っていたコップを床に落としてしまっていた。(木製だったので割れずに済んだのが幸いだ)
「サマル、あなた……」
 ふるふると震えながらムーンはサマルの姿を隅々まで確認している。先程のローレよりもしっかりと、大胆に、胸の膨らみを凝視していた。
「ムーン、あのね、これは今朝から」
「やっぱり女の子だったのね!?」

 * * * * * * *

 すっかり落ち込んでしまったサマルは再び布団の中に逃げてしまった。ベッドの上から動かない大きな塊が小刻みに震えている。
「だ、大丈夫よサマル。私たちがきっとあなたを元に戻す方法を見つけるから」
 布団にくるまったままのサマルをぽんぽんと叩きながらムーンが励ましの言葉をかけているが、ローレにはそれが無意味だと分かっていた。
「いや、そうじゃなくて……僕ってそんなに男らしくないのかなぁ。たしかにローレほど筋肉だってついてないし、力も無いし、背も高くないし、かっこいいよりも可愛いっていわれるけど……」
 そんなことを気にしていたのか、と言おうとしてやめた。きっとサマルにとっては重大なことで、普段から自分の体格に思う部分があったのだろう。今まで身体を見られたくなかったのも恥じらいだけではなく、そういったことも理由の一つだったのではないだろうか。
 人には役割と言うものがある。ローレにしかできないことがあるように、サマルにはサマルにしかできないことがある。それを教えてやりたいが、今の彼は聞く耳を持たないだろう。
 先程からめそめそと泣き言を繰り返すサマルを見かねて、ローレはムーンに「なんとかしろ」と視線を送る。
「そんなことないわよ、サマル。ただ……ねぇ?」
「俺に振るな」
 ムーンの何とも言えない言葉にローレは溜息をつくと、サマル(がくるまっている布団)へと一歩近寄った。
「サマル、今朝は悪かったよ。お前にも言えない事情があるんだなって思ってから、もしかしたら女だったのかも……なんて考えちまってただけで、たまたま今回の事件と重なったってだけだ。誰もお前をそんな目で見やしないさ」
「うわ、ローレがべらべら喋ってる……ぜったい嘘ついてる……」
「お前だいぶ捻くれちまってるな」
 せっかく励ましてやろうと思ったのに!と鼻を鳴らすが、無理もない。もし自分が同じ立場になっていたら落ち込むに決まっている。
 とにかく今は彼の身体をもとに戻してやることが先決だ。ローレはまだ全快していないサマルを宿に残し、ムーンとともに情報収集のために町へと向かった。

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