がちゃがちゃ

sugar rush

 朝起きると、まだサマルは目を覚ましていないようだった。いつもなら先に起きて身支度を済ませている頃なのに、と不思議に思いながらローレは体を起こす。
 ローレが着替え終えてもまだ眠ったままのサマルに流石におかしいと思い、仰向けに寝ている彼の肩を揺すった。
「おい、起きれるか?」
 声をかけると「う……」と苦しそうな呻き声とともに力なく両目が開けられた。なんとかこちらの姿を捉えている二つの翡翠はぼんやりとしており、吐き出される息は荒い。汗で前髪が張り付いている額に慌てて手を当ててみると想像よりも熱く、これはまずいと悟ったローレはムーンにこのことを伝えるために急いで部屋を飛び出した。

 ムーンを部屋へと呼び、再びローレがサマルに声をかけると「ハーゴンの呪い」と返ってきた。
 まさかそんな、と思ったが、確かにこれはただの病気などではなさそうだ。そういえば、ベラヌールに辿り着いたときにこちらに向かって「死相が出ている」などと物騒なことを言っている男がいたことを思い出す。それにしても、何故サマルだけこんな目に。

「なんとか、ならないのか」
 険しい表情のローレが、悔しそうに握りこぶしを壁に叩きつける。同じく眉間に眉を寄せているムーンは腕を組んだまましばらく考えたあとに「そう言えば」と呟いた。
「ここに着いたとき、世界樹の葉の話をしている人がいたわ。なんでも世界樹の葉には死者を蘇らせる力があるとか……」
「それだ!」
 ローレとムーンは向かい合うと小さく頷いた。ベッドから動けないサマルにもう少しだけ待っててくれと伝える。
「うん、待ってるから」
 こんな状況だと言うのに、まるで大丈夫だとでも言うかの様に彼は汗を浮かべながら無理やり笑顔を作っていた。
 
 無事に世界樹の葉を手に入れたローレとムーンは、一目散にベラヌールの宿屋へと戻ってきた。これを煎じて飲ませれば、サマルはきっと良くなるはずだと信じて。
 ローレは今朝よりも苦しそうにしている横たわったままのサマルのために、世界樹の葉を飲ませるための準備をはじめた。世界樹の葉の話をしていた村人から詳しい煎じ方を聞いて必要なものが準備できたので、サマルの上半身を支えながら起こしてやった。虚ろな瞳がゆっくりとこちらを向いて、力ない声で「おかえり」なんて言うものだから胸が締め付けられそうになる。
 サマルに世界樹の葉を飲ませ終わり、再びベッドに横たわらせる。一口飲ませるのも一苦労ですべて飲ませることは出来なかったが、すぐに彼の顔色は良くなっていった。
 待たせて悪かったと伝えると、彼は首を横に振ってここを出る時と同じように笑っていた。

 一晩安静にしていれば明日には良くなるだろうということで、今日もベラヌールに泊まることとなった。移るものでもないだろうし心配だったこともあり、今日もローレはサマルと同じ部屋で眠ることにした。
「ねえ、ローレ」
 暗闇の中、眠りにつく前に少し体力の戻ったサマルが話しかけてきた。
「ごめんね、ぼく……二人の足手まといになっちゃった」
「……そんなこと、ない」
 どうしてか、声が震えてしまう。彼にそんなことを言わせてしまったことが悔しくてたまらない。
「いいんだ。明日には、きっと、よくなるから……だから、……」
 言いながらサマルは眠ってしまったようで、穏やかな寝息が聞こえてきた。もう熱は下がったようで、ローレは胸を撫でおろす。
 普段から元気で明るいサマルが静かなのは、どうにも調子が狂ってしまう。明日には、いつもの彼に会えるだろうか。

 * * * * * * *

「わああぁぁぁーーーッッッ!!!」
 まだ陽も昇り切っていない早朝に部屋に響き渡る耳をつんざくような絶叫で、ローレは文字通り飛び起きた。
「ど、どうした!?」
 魔物でも入り込んだのかと思い慌てて壁に立てかけていた剣を手にとって構える。しかし部屋を見渡してみてもそんな気配はなく、隣のベッドでサマルが頭まで布団を被って震えているだけだった。
 ひとまず何も無かったことに安堵しつつ剣を置く。悪い夢でも見たのかと思い、サマルのベッドに近寄って声をかけてみるが反応がない。
「おい、まだどこか悪いのか?」
「ろ、ローレぇ……ぼ、ぼ、僕は」
 声まで震えてしまっている。とりあえず顔を見せてほしいと言っても布団を掴んだまま離さず、抵抗されてしまう。
「どうしたんだよ。それじゃあ分からないだろ?」
「あの、だ、だって」
 どうしたものかとローレが後ろ頭をがしがしと掻いていると、やっと頭の半分だけ布団の隙間から覗かせたサマルと目が合った。泣いているのか綺麗な二つの翡翠が潤んでおり、ローレは自分が虐めているような気分になってしまい声を詰まらせる。
 とりあえず彼の顔色は悪くない。額に触れてみても熱は無いようだった。では、さっきの大声は一体……。
「とりあえず、着替えた方が良い。熱はないようだが汗がひどいぞ」
「う、うん……」
「ほら、手伝ってやるから」
 布団を剥がそうとして、抵抗された。そう言えばサマルは着替えを見られたくないのだった。しかし、今この状況でそんなことを言ってられるのだろうか。
 一人で着替えられるかと訊いたら、体を起こしながら何か小さな声でもごもごと喋り始めた。顔だけ出して首から下は布団にくるまれたままなので、まるで小さな雪だるまのようだ。
 これでは埒が明かないとローレは再び布団を掴む。
「や、やだローレ、嫌だってば!」
 サマルは断固拒否すると言った感じで、布団を掴んで離さない。ローレも負けじと引っ張るが、どこにそんな力があったのかどうにも譲らないサマルは必死に抵抗している。
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。ほら、さっさとし、ろ……!?」
 力任せに彼から無理やり布団を剥がすと、そこには信じられない光景が広がっていた。
 あるはずが、ないもの。サマルの胸元には、服を着ていても分かる程にふたつの豊かな膨らみがあった。

「サマル……それ、は」
 放心状態で立ったまま固まっているローレを前にして、サマルは諦めたかのようにベッドに大の字に寝転んだのだった。

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