がちゃがちゃ

sugar rush

「あ、待って!」
 陽が落ちかけている森の中で、ずんずんと大股で歩き進めているローレをサマルが呼び止めた。「どうしたの」と後ろを歩いていたムーンがサマルに声をかけると、彼は俯きながら「ここで待ってて」と小声で言い残して小走りに木々の奥へと消えて姿が見えなくなった。なんの用事かは知らないが魔物が出てくるかもしれないので一人で行かせるの危険なのではないか。そう思い後を着いて行こうとするローレを、ムーンが慌てて止める。
「あなた、よく鈍いって言われない?」
「……いや?」
「あら、そう」
 ふう……、とムーンが控えめなため息をつく。よく分からないが、今はサマルの言う通りにここで待っていれば良いらしい。
 少し経つと「ごめんねぇ」とのんびりした挨拶とともにサマルが戻ってきた。ムーンは「いいのよ」と返して微笑んでいたが、ローレにはこの間に何が起こったのかまったく理解できなかった。

 こんな風に、時折ではあるがローレにはサマルの言動を理解できない瞬間があった。詳しく聞いてもはぐらかされるし、ムーンには「それ以上何も言わない方が良い」と制されたりする。なので無理に踏み込もうとするのはやめたが、なんだか自分だけ仲間外れになってしまった様な気がしてもどかしい。
 普段の会話ではすれ違いなど起こっていない(と思っている)が、あきらかに自分だけ理解できていない状況に陥ると、どうしてなのだろうと疑問が湧く。確かに自分は口数が少なく感情表現も得意な方ではないが、仲間との意思疎通はそれなりにできていたと思ってはいたのだが……。
 それをムーンに相談すると、ため息交じりに「デリカシーという言葉を理解すればいいのよ」と言われ、ますます分からなくなる。仲間の一人として、二人には気を配ってきたはずなのだが。

 そんなことが何度かあり、ローレは数回目でやっとサマルが一人で消える理由が用足しなのだと気が付いた。
 自分が同じ状況の時は包み隠すことなく「ちょっとションベン」と言ってムーンを居心地悪そうさせていた。初めの頃は多少の恥じらいもあったが、先を急ぐ身としては足踏みする時間が勿体ないし隠したって仕方がないと思ったからだ。流石にムーンが言いにくそうにしている時は勘が働いたので「行ってこい」と言ってやれたが、サマルには気が付いてやれなかった。俺と違って彼は幾分か品性と言うものを持ち合わせており、口に出すことが出来ず王女と同じように慎ましやかにしていたのだ。だから気が付かなかった。男なんてみんな同じだと思っていたのに、どうやら彼は違うらしい。それとも自分がおかしいのか?
 ローレは世界の広さを仲間たちから教えてもらいながら、遠い故郷へと思いを馳せていた。

 その他にも理解できないことはあったが、いちいち気にしていても仕方がないので、その瞬間が訪れてもローレはあまり深く詮索しないことにした。
 例えば、今日だってそうだ。所持金に余裕がある時はムーンだけ別室で残りの男二人が同室になるパターンが多いため、宿でサマルと二人きりになることは何度もあった。そういった時、ローレが着替えようとするとサマルは必ず席を外す。そしてサマルが着替える姿は見たことがない。いつもローレがいない間に、気が付いたら着替え終わっているのだ。
 男同士なのだから着替えぐらい遠慮するなと言ったことがある。ムーンの前でならともなく俺には見られて困ることもないだろう、と。だがサマルは困ったようにへらりと笑うだけで、そこから何かが変わることはなかった。
 
 そしてベラヌールに辿り着き再びサマルと宿屋で二人きりになった時、ローレは彼の裸を見たことがないことに気が付いた。別に彼の裸が見たいというわけではないが、こんなに一緒に過ごしていて且つ仲間の中で唯一の同性なのに、そんなことがあるのか?と考えてしまうわけだ。だからローレは、サマルには裸を見られたくない理由があるのだと思った。それならば、ムーンが言っていたことも理解できる気がする。用足し時に敏感になる気持ちも分かる。彼のプライベートな部分には触れない方が良いだろうと、ローレはひとりで納得していた。
 夜も更け、寝る前にシャワーを浴びたローレが部屋に戻るとサマルの「ぎゃっ!」という叫び声が聞こえてきた。なんだどうした、と部屋の中を見渡す。すると、二つある内の片方のベッドに腰かけたサマルが脱いだばかりと思われる服で前を隠す様にしながら顔を赤らめているのが見えた。前と言っても下半身だけではなく、胸元から太ももぐらいまでをしっかりと隠している。丁度着替えようとしていたところだったらしい。
「も、戻って来るのはやくない!?」
「そうでもないぞ」
「と……とにかく!ちょっとだけ、あっち向いててくれないか……」
 言われた通りサマルに背を向けて壁の方へ向く。背後からごそごそと音がしてきて彼が着替えていることが分かる。やはり見られたくない理由があるのだろうが、それにしたって敏感すぎやしないか?とローレは何の変哲もない壁の木目を眺めていた。
「ごめん、もういいよ」
 サマルの合図に、ローレは彼の方へ向き直る。宿に備え付けの寝間着に着替えたサマルは安心したように胸を撫でおろしていた。しかし、すぐさま険しい表情になるとベッドに座ったままローレを見上げて口を開いた。
「……悪いと思ってるよ、面倒くさいだろうなって。でも、僕は」
 言いにくそうにしているサマルの表情を見て、ローレはすぐに首を横に振った。
「いいんだ、気にするな。一つや二つぐらい、他人に言えないことだってあるだろ」
「う、うん。ありがとう……」
 へへ、と眉を下げて笑うサマルを直視できず、ローレは自分が使うベッドへと腰かけた。
 先程の慌てているサマルを見た時、正直に言えば胸元を隠す必要はあるのか、と疑問に感じていた。しかし、サマルにどんな秘密があったって仲間であることには変わりない。だからこそ、こうやって隠し事をされるのは胸が痛む。
 だが彼が話したくないと言うのなら、それを尊重したい。そんなことを考えながら、ローレは「おやすみ」と呟いたあとベッドへ横になり瞼を閉じた。暗闇の中から同じように「おやすみ」と聞こえてきて、そのままゆっくりと夢の中へと誘われていった。

Category: