purusha
はるか上空で二つの影が交差した。片方は素早い動きで相手を翻弄し、もう片方は気を溜めて重い攻撃を繰り出そうとしている。常人では目で追いきれない戦いを繰り広げている悟空とベジータはしばらく拳を交えた後、互いに最後の一撃を仕掛けようと構えた。
ベジータよりも一瞬早く動いた悟空がベジータの腹を目掛けて左フックを飛ばす。綺麗に入った衝撃でベジータは吹っ飛ばされ、その隙に悟空は気弾を放った。
ベジータは攻撃を防ぐべく咄嗟に顔面で両腕をクロスさせたが、予想よりも先程のダメージが大きく手負いの身体では全てを防ぎきることが出来なかった。
力が抜けてしまい地へ落ちていくベジータに気が付いた悟空は慌てて落下する同胞を抱えると、腕の中で身じろぐ男に息を切らしながら声をかけた。普段ならばあの程度の攻撃は軽く避けられるはずだがと考えながら、自分の力加減の下手具合に反省の念に駆られる。
「お、おい。大丈夫か?」
ベジータは返事をしなかった。抱き留められている腕から逃げようともがいているが悟空はそれを許さず苦笑する。
「今日はもうお終いだな。送ってやるよ」
「……いい。貴様の手は借りん」
ぼうっと空を眺めているベジータの顔を覗き込む。目を反らされはしなかったので、そこまで怒っているわけではなさそうだ。
「んなこと言ってもよぉ、お前けっこうボロボロだぞ」
悟空がベジータをCCまで送り届けようとした時、ベジータが腕で目を擦った。ごみでも入ったのだろうかとなんとなく見ていると、あることに気が付き悟空の表情が強張る。
「なあベジータ。CCがどっちの方角が分かるか?」
「なんだ急に。別にそんなこと……」
「いいから、答えてくれ」
自宅の場所を間違えるわけがない。悟空が腕の中をじっと見つめていると徐々にベジータの目の色が困惑へと変わった。何も言わないままの男に、悟空はなるべく落ち着いた声で問う。
「お前……目が見えないんじゃねぇか?」
* * * * * * * *
悟空がベジータをCCまで送り届けブルマに事情を話すとすぐに彼はCCの診察室へ連れ込まれ身体検査が行われ、悟空はじっと待っていた。
きっと先程の戦闘中の怪我が原因だろうということは悟空も理解していた。気弾を防ぎきれなかったのが見えていたので、それが目にダメージを負わせたのかもしれない。悪いことをしたという気持ちが抑えきれず、悟空はその場から動けなかった。
しばらくするとブルマに連れられベジータが診察室から出てきた。若干ふらついてはいるが自分で立って歩いているので治ったのだろうと悟空は二人のもとへ駆け寄る。
「ベジータ!オラが悪かった、次から絶対気を付けっから……もう大丈夫、なんだよな?」
「馬鹿にするな。貴様に心配されることなどない」
ベジータからの鋭い視線を受け、普段と変わらぬ様子に悟空は思わず笑顔になる。
「馬鹿になんかしてねぇよ。ああ、でも本当にびっくりした。もう見えないんじゃねぇかって――」
「あのね、孫くん」
ブルマは二人の間に手を降ろし会話を遮るとため息をついた。その様子に悟空が首を傾げ、一方ベジータは何やら怪訝そうな表情を浮かべている。
「ベジータの目の症状は確かに大したこと無かったわ。でも、完全に治ってるわけじゃないの」
「え、じゃあ……」
ブルマの言葉に慌てる悟空へとベジータが小さく舌打ちする。
「少しは見えている。色と形がなんとなく分かる程度だがな……何もしなくても、一週間もすれば完治するそうだ」
それを聞いて悟空は胸を撫でおろす。頭の後ろで手を組み、はー、と大きな息を吐いた。
「そっかー!良かったぁ……、けど、一週間はそんな状態なんか。しばらくは一緒に修行できねぇな」
「そう、それなんだけど」
ブルマが人差し指を立てベジータと悟空を交互に指さした。
「ベジータに完治するまでは家で安静にしてろって言っても聞かないのよ。それにこんな姿トランクスに見られたくないとか言って駄々こねちゃって……だから孫くんにお願いがあるんだけど」
「オラに?」
優しくにこりと微笑むブルマに嫌な予感がした悟空は一歩後ずさる。それを追うようにブルマも一歩前に進み、悟空の胸を人差し指で軽く押した。
長年の付き合いから分かる。ブルマは意味もなく笑顔を振りまくタイプではない。悟空の額から、静かに一筋の汗が伝うのを感じた。
「今日から一週間、ベジータの面倒を見てくれないかしら」
* * * * * * * *
人の気配が無い山奥までやって来ると、悟空とベジータはゆっくりと地面へと降り立った。悟空が先導してやれば今のベジータでも気を感じることで空を移動することは可能なようだ。
日が傾きかけた空を見つつ、悟空はブルマから受け取ったカプセルを地面に向かって投げる。カプセルからは少し大きめの家が飛び出し、後ろで腕を組み佇むベジータへと振り返った。
「ほら、もうそんな不貞腐れた顔すんなよ。オラが悪かったのは謝るけど、たった一週間だぞ」
「一週間“も”だ!……くそ、何故貴様と一週間も二人で過ごさねばならないんだ」
「じゃあCCに戻るか?送ってくぞ」
「く……ッ!」
ぎり、と音がしそうな程歯を食いしばるベジータを見て悟空は困ったように笑う。ブルマに頼まれたことを思い出し、あまりベジータを刺激するようなことをするのはよそうと考える。
ブルマが悟空にベジータの面倒を頼んだのには、三つの理由があった。
一つ目は、トランクスに現状を知られたくないベジータがCCで療養するのを嫌がったため代わりのカプセルハウスで過ごす期間に付き添いが必要だったから。
二つ目は、安静にしろと言っても必ず勝手にトレーニングを始めると予想がつくので、それを止めるか付き合える相手が必要だったから。
三つ目は、その両方に当てはまる人物が悟空だったから。
「孫くんだって負い目を感じてるんでしょ?だったらベジータと一緒にいてあげてよ」
ブルマにそう言われた時、悟空は確かにそれは自分の役目であると頷いた。ベジータに申し訳ない気持ちもあり、それに一緒に修行ができないのは残念だと思っていたので喜んで引き受けたのだった。
ベジータ本人は散々嫌がっていたが他にどうしようもなかったのもあり結局は大人しく悟空に着いて来た。へそを曲げてハウスを壊したり暴れたりしないだろうかという不安もあったため人里離れたこの場所を選んだのは間違いではなさそうだ。
幸いブルマが大量の食料を用意してくれていたし近くに川もあるので足りなければ自分で魚でも釣ればいいかと気楽に考えながら、悟空はベジータをハウスに入れるべく先導して建物に入って行った。
ハウスの中は男二人が暮らすにはちょうどいいサイズの空間だった。リビングとバスルームと寝室、それにトレーニング用の何も置かれていない部屋があり、一週間暮らすには充分過ぎる広さだ。
寝室は一部屋だったので同じ空間に大きめのベッドが二つ並んでいた。それを確認したベジータはわなわなと震えており、悟空はなんとか落ち着かせるために必死に抑え込む。
「なんで同室なんだ!ベッドを移動させろ!それが無理ならオレは外で寝る!」
「ま、まぁまぁ。いいじゃねえか同じ部屋で寝るぐらい……何かするわけじゃねぇんだからさ」
「何かあったら問題だから……!……、くそっ、ブルマのやつなんでこんなハウスを……」
ぶつぶつと小言を呟きながらリビングへと向かうベジータの背に向かって「一人でうろうろすると危ないぞ」と言おうとした瞬間すでに遅く、何かにぶつかったのか鈍い音が聞こえた。
悟空が駆け寄ると、部屋の真ん中で突っ立っているベジータの傍に倒れた椅子が転がっていた。なるほど、あれにぶつかったのかと状況を把握し悟空は椅子をもとの位置に戻す。
何も言わず動かないベジータを戻した椅子に座らせると、悟空は向かい側にある椅子へと座った。
「あのさベジータ、こんなことになって本当に悪かったと思ってる。だからこそお前が完治するまで力にならせてほしいし、頼ってほしいんだ」
「思い上がるな。そもそもオレは貴様が原因だとも思っていない、攻撃を避けられなかったオレ自身のせいだ。なのに貴様もブルマも勝手に話を進めやがって……」
「でもCCにいたらトレーニングもさせてもらえなかっただろ?オラと一緒だったら付き合ってやれるし何かあればすぐに手を貸せる。一週間なんてあっという間だろ」
ベジータは不満そうにふんと鼻をならすと、いぶかしむ様に眉間にしわを寄せる。困ったなぁと悟空が後頭部をがりがりと掻くと、ベジータが立ち上がってどこかへ向かおうとした。
「おい、どこ行くんだ?」
返事はなく、すたすたと歩いていくベジータは後を追ってくる悟空に「着いて来るな!」と一蹴した。
向かっている方向から用足しだと理解して、親切心から「手伝ってやろうかと」と声をかけると今度は本当に文字通りに蹴とばされてしまった。