誰がために
「――――カミュ!!」
意識が戻り、光に包まれていた視界が晴れてくる。
オレの名前を呼ぶ声の方へを顔を上げるとそこには険しい顔のイレブンがいて、先程までの泣き出しそうな少年の姿はどこにもなかった。
どうやらオレは現代に戻って来れたようで、ここはあの日最後に見た神の岩の頂上のようだった。崖から落ちかけたオレを助けてくれたようで、オレはこうして無事にイレブンと再会できていた。
「本当に驚いたんだよ……あんまり無茶なことしないで」
ぐす、と鼻をすするイレブンの姿に先程まで確かにそこにあった少年の姿を思い出す。あの泣き出しそうな表情とつい重ねてしまって、柔らかい頬へと手を伸ばした。
「な、なに……?」
「いや、悪かったよ。……なあ、また会えたな?」
少し自分に言い聞かせるようにその言葉を伝えると、イレブンは目を大きく見開いてぱちぱちと瞬きしたあと、急に赤くなった顔を手で覆い始めた。
「どうしたんだよ、はずかしい呪いか?」
その場に蹲ってしまったイレブンの肩をさする。しかし動かず、くぐもった声でしゃべり始めた。
「いや、そうじゃなくて……!ああもう、やっぱり君だったんだ……」
イレブンの言っている意味が分からず、とりあえず家に帰ろうと提案すると起き上がった男はどこか複雑そうな表情で頷いていた。
* * * * * * *
帰宅後、砂埃を浴びて汚れていたのでオレとイレブンは交互に風呂に入った。正直まだ戻って来れた実感が湧いていなかったが、家の中にいる16歳のイレブンを見て昨日見た様子との違いに「帰って来たんだ」とやっと感じることが出来た。
二人でテーブルを挟んで向かい合うように座り、オレは崖から落ちた直後に過去のイシの村を見たことを話した。そして、昔のイレブンと会ったことも。
冗談っぽく「昔のお前は可愛かった」と言えば、顔を赤くして俯いてていた。やっぱりはずかしい呪いを受けているのではないだろうか。
「カミュ、僕の初恋の話って覚えてる?」
唐突にその話題を振られ、オレははっきりと返事をすることが出来なかった。覚えていることを伝える為に頷いて見せると、イレブンは小さく息を吸ってオレが用意していたお茶を飲みはじめた。
「あの時、初恋の相手がどんな人なのか応えれなかったのは……それがもしかしたら君だったんじゃないかって、ずっと思ってたからなんだ」
「……どういうことだ?」
イレブンの初恋は彼が6歳の時で、オレ達はまだ出会っていないしお互いの存在すら知らないはずだ。時系列の合わない話に首を傾げていると、イレブンは続きを説明し始めた。
「昔、この村に一人の旅人が来たんだ。青い髪の、きれいで優しくてかっこいい人だった。たぶん一目惚れだったと思う。その人のことがずっと忘れられなくて、はじめてカミュの顔を見た時はびっくりしたよ。だってその人とそっくりなんだもん」
その話を聞いて、オレの視界は歪みそうになってしまった。まるで胸の奥がもやもやと黒いもので覆われていくようで、これ以上聞いていると頭がおかしくなってしまいそうあ。
「……つまり、お前がオレのことを好きなのはその初恋相手に似ているからってことか」
「えっ!?ち、ちがうよ!」
イレブンの叫び声に、反らしかけた視線が元に戻る。そこには必死な表情で立ち上がってテーブルに手をつき、オレに訴えかける男がいた。
「初恋って言ったけど、ずっと夢だと思ってたんだ。だってその人、突然現れて急に消えちゃったから……それに、いつの間にか名前も出会ったことすらも忘れてた。なのに、ネルセンさんに幸せになりたいってお願いしたときに思い出したんだ。だ、だから……」
落ち着いたのか、イレブンは再び椅子に座った。テーブルの上で握りこぶしを作り、真剣な目でこちらを見つめている。
「あの旅人は、もしかしたらカミュだったんじゃないかって……おかしなこと言ってるのは分かってる。でも、君の過去のイシの村の話を聞いて僕の記憶とそれが一緒だって分かったんだ。だから、えっと……」
これ以上どう説明すべきか分からないのだろう、イレブンが口淀んでしまう。しかし何かを伝えたいのは目を見れば分かる。
「もしかしたら、勇者の奇跡かもな。オレは旅立ったあとのお前しか知らない。だから大地の精霊が、オレが知らないイレブンに会わせてくれたのかもしれない」
「やっぱり、そう……なのかなぁ」
イレブンの焦った表情はぼんやりしたものへと変わり、力が抜けたようにテーブルに打伏している。
本当に、二人に起こったことが勇者の奇跡だったとしたら。イレブンの初恋の相手は……。
オレは椅子から立ち上がりイレブンの傍まで移動した。顔を上げたイレブンの不意を狙って頬にキスをすると、慌てて「え」とは「う」だとは言い始めた。
「オレさあ、嬉しすぎてちょっとやばいかも」
腰を曲げて座ったまま固まっているイレブンに抱き着くと、おずおずと背に手が回ってきた。今なら、なんだって伝えられる気がする。