がちゃがちゃ

誰がために

 イレブンの家に向かい事情を話すと、ペルラはあたたかく出迎えてくれた。未来での姿と変わらないその様子に安堵しつつ、三人で出来立てのシチューを食べた。イレブンが好物だと話していた理由が分かるほど、それは今まで食べたどのシチューよりも美味しかった。
 夜も更け就寝前に、ベッドを使わせてもらうのは申し訳なかったので毛布だけ借りて別の場所で寝ると提案したがイレブンが一緒に寝ようと駄々をこねはじめた。ペルラははじめの内は「旅人さんを困らせては駄目だ」と言い聞かせようとしていたが、途中で折れてしまい困ったように「お願いできるか」と頼んできた。今のイレブンは知らないとはいえ現代では何度も一緒に同じベッドで寝ているのだ。オレとしては何も断る理由は無いので、二つ返事でイレブンの要望を受け入れた。
 二人が寝静まった深夜、オレはまだ眠れずにいた。明日は元の時代への戻り方を見つけなければならない。
 元の時代で、イレブンが命の大樹の根に触れて過去の記憶を見たことがあった。それと同じように今のオレも過去のイシの村の様子を見ているだけなのかもしれない。そうだと仮定した場合、この過去の記憶の世界から抜け出す為のヒントがあるとするならば、きっと村の中にある。それを探さなければならないだろう。
 今はこれ以上考えても仕方がないかと、隣で穏やかな寝息をたてているイレブン少年の寝顔を見る。幼いその表情からは、10年後にはとんでもない大剣を振り回したり勇敢に敵の中へ切り込んでいく姿など想像できない。まだ世界の汚い部分など知らない無垢な少年なのだ。
 顔にかかっている髪を起こさないように気を付けながら耳にかけてやると、くすぐったそうに身じろいでいた。肩からずれ落ちている布団をかけ直してやってからオレも目を閉じる。それから夢の中へ旅立つには、時間はかからなかった。

 * * * * * * *

「う……、ん?」
 窓から漏れている朝日が顔にかかって目を覚ますと、なんだか体がぽかぽかと暖かかった。その心地よい温もりの存在を確かめるように視線を降ろすと、昨夜隣で寝ていたイレブンがいつの間にかオレに抱き着く様にして眠っていた。はだけているオレの胸元に顔をおしつけ、しっかりと背中まで腕をまわして離れまいとしている。
 驚いたオレは飛び起きそうになったが、こんなに気持ちよく寝ているイレブンを起こしたくなくて固まってしまう。すると部屋の奥からペルラの「朝ごはんだよー!」という大きな声が聞こえてきて、イレブンは勢いよく目を覚ました。
 「……おはよう」
 オレが寝起きの掠れた声で挨拶をすると、イレブンはゆっくりとこちらを見上げてきた。そしてオレと目が合うや否や慌てだし、すぐに離れてしまった。少し勿体ないようなことをした気がする。

 朝食を終えてペルラに寝床と食事のお礼を伝えると、笑いながら気にするなと返された。
「あの子ったら、よっぽどカミュさんのことが気に入ったんだね。随分懐いてるし昨日帰って来てからずっと嬉しそうにしてるから……私も息子が増えたみたいで楽しかったよ。良かったら、また来ておくれよ」
 頭を下げてお礼を伝える。そうしていると寝間着から着替えたイレブンがぱたぱたと駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん、まだこの村にいるの?遊ぼうよ!」
「こら、カミュさんを困らせたらだめだよ」
 ペルラに叱られて、だってぇ、と拗ねるイレブンを見て吹き出しそうになってしまう。この姿を今のイレブンに見せてやりたい。
 オレは屈んでイレブンと目線を合わせて、まだ寝ぐせが取れていない頭を整えるように撫でてやった。
「今日はこの村を散歩するから、案内してくれるか?」
 そう聞けば、無垢な少年は目をきらきらと輝かせながら大きく頷いていた。

 * * * * * * *

 一通り村を散策しつつ、分かったことがある。村の外に出ようとすると見えない壁のようなもので弾かれてしまったので、やはりこの村の中で元の時代に帰る方法を探さなければならないらしい。
 いろんな場所を巡ってみたが特に変わった様子のところは無く、穏やかな村そのものだった。住民は気さくで、川の水面は太陽の光を受け美しく反射している。平和そのものだった。
 大した手がかりも得られないまま昼時になっていた。イレブンが「お母さんが持たせてくれた!」と肩から下げていた鞄からサンドイッチを取り出したので、木陰になっている大きな木の下で二人で並んで食べることにした。
 ハムと野菜とたまごが挟んでいるサンドイッチを頬張りながら遠くの景色を見渡すと、あの日イレブンと一緒に登った神の岩が見えた。何かあるとすればあそこしかないだろう。

「お兄ちゃんは、もう村から出て行っちゃうの?」
 隣に座ってサンドイッチを食べているイレブンが落ち込んだ様子で聞いて来た。出会って間もないと言うのにここまで懐かれているのは、ここが記憶の世界だからだろうか。
「そうだな……帰らなきゃいけない場所があるんだ。それに、会いたいやつもいる」
 最後に見たイレブンの姿を思い出しながら、一口だけ残っていたサンドイッチを飲み込む。イレブンを見れば口元にパンくずがついていた。子どもっぽいと思いつつ現代でも同じようなことがあったな、と口もろが緩む。だから何も考えずに「ついてるぞ」を指でパンくずをとってやると、恥ずかしそうに耳まで顔を赤くしていた。
「その会いたいやつって、お兄ちゃんの……カミュの、たいせつな人?」
 不安そうに見上げてくる姿に心臓が掴まれたような感覚になる。例え記憶の中であったとしても、勇者にそんな顔をさせたくないのだ。
 少年の曇る理由が分からないが、正直に首を縦に振って返事をした。
「ああ、たいせつな人がいるんだ」
「会いたい?」
「会いたいよ」
 こちらを見上げている少年の姿が10年後の想い人を重なってしまう。手を伸ばしかけて、慌てて首を振った。
 するとイレブンは膝立ちになると、座ったままのオレに目線を合わせてきた。いつもと逆だなと思いながらその様子を見ていると、小さな手がオレの両頬を包むように触れてきた。
「ぼ、ぼく、変なんだ。昨日から、ずっと胸の奥がおかしくて……カミュを見てると、胸の奥が苦しくなる……」
「……それ、は」
 今にも泣きだしそうな大きな瞳に見つめられて、身動きが取れなくなる。その目がいつも見ていたものと同じであることに気が付いた。もしかしたら、ここは過去の世界ではあるが現代と感情を共有しているのかもしれない。そう考えれば、この短期間でイレブンが心を許してくれているのもペルラが外の人間であるオレをあっさり受け入れてくれたのも合点がいく。
 じっとオレを見つめているイレブンの顔が近い。このままでは駄目だと、オレはイレブンを抱き寄せて子どもをあやす様に背中をぽんぽんと叩いてやった。
「ありがとな。オレのこと、好きになってくれて」
 イレブンはオレの肩に額を押し付けながら小さな声で「うん……」とだけ返事をしてくれた。
「オレも好きな人に会わなきゃならないんだ。でも、お前にも絶対また会いに来るから」
「……ほんとうに?」
「ああ、嘘なものか。きっとすぐ会える」
 約束だから。その言葉を最後に、過去のイシの村は光に包まれながら消えてしまった。

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