誰がために
気が付くと、神の岩にいたはずのオレは別の場所で倒れていた。視界に入ってくる景色を見るに、どうやらイシの村へと戻っているようだ。村の中心から少し離れた場所にある大木の近くに倒れているようで、ぼやけた視界が少しずつはっきりとしていく。
一体なぜここにいるのか分からず、とりあえず一緒にいたはずのイレブンを探そうと思い上半身を起こす。すると、近くから「わあッ!」と子どもの高い声が聞こえた。
近くに誰かがいたことに気が付かなかったオレは、慌てて声がした方に振り返った。そこにはまだ6歳かそこらぐらいの少年が尻もちをついており、先程までこちらを覗き込むようにしゃがんでいたが、いきなり起きた俺に驚いて転んでしまったようだ。
悪いことをしてしまったと、立ち上がったオレは少年に向かって手を差し出した。少年はおずおずと小さな手を上げてくれたのでそれを掴み、引き起こす。
「驚かせて悪かったな。お前、名前は?」
少年は訝しげにこちらを見つめるだけで、名乗らなかった。見覚えのない子どもに頭をひねる。イシの村の住民ならば全員顔を合わせたことがあるはずだし、そもそもこの村は子どもの数が少ないと言うのにオレはこの少年を知らなかった。
何も言わない少年と目線を合わせるように屈むと、幼い顔がよく見えた。透き通った青い目に、さらさらと流れるようなブラウンヘアーが特徴的なその姿は、よく知る人物を思い起こさせる。
「イレブン……」
思わずその人物の名前を口にすると、少年は驚いたのかやっと口を開いた。
「な、なんで僕の名前を知ってるの?」
少年のその言葉に、オレは眩暈がしてしまいそうだった。
* * * * * * *
名前を言い当てたことで何かを察したのか、少年は口をきいてくれるようになった。名前を知っている理由については「知り合いに似ていたから、つい」と言えばなんとか納得してもらえてた。
そして目の前の少年がイレブンという名前からオレはある一つの可能性を考えて、目の前の“イレブン”にこの村のことを訊ねた。
まず、やはりここはイシの村だった。オレが知っているイシの村とじゃ若干様子が違うが、確かにこの景色はイシの村なので間違いなさそうだ。復興する前……さらにはデルカダール兵に破壊される前の景色なのだろう。
次に、オレが神の岩から落ちた時とは時代が違うことが分かった。今は実際の日付から約10年ほど前で、このイレブン少年はよく知っている勇者の子どもの頃の姿なのだと理解する。
やはり、予想通りオレは過去の世界に来てしまったようだ。しかし、それが何故なのかが分からない。神の岩で起こったことが原因かもしれないが、あそこから落ちる途中で過去へ……とは繋がりにくい。
どうしたものかと考え込んでいると、イレブン少年がオレの服の裾を引っ張ってきた。
「お兄ちゃん、名前は?村の人じゃないよね。どこから来たの?」
その目はきらきらと輝いていた。きっと外の人間が珍しいのだろう。
「ああ、オレは……カミュっていうんだ。旅をしてたら迷っちまって、あそこで寝ちまった」
本当のことを言ったところで混乱させるだろうと思い、名前以外は適当な作り話をした。それでもイレブンは満足したようで、こくこくと頷きながらオレの話を聞いてくれている。
「知らない人が倒れてると思ってびっくりしたんだ。なんともなくて良かったぁ」
その無邪気そうに笑う姿にときめなかったと言えば嘘になる。つい手を伸ばして丸い頭を撫ででしまい、イレブンは驚いた様子ではあったがオレの手を振り払うこともせず、ただ恥ずかしそうに俯いていた。
子どもの姿とはいえ、目の前の少年は未来でオレが惚れた相手なのだ。おかしな感情を持ってはいけないと理解はしているが、やはり気持ちが揺らいでしまう。今は小さなその手も、背丈も、10年後にはオレを追い越して立派に成長していることを知っているので尚更だ。どんな姿であろうと愛おしいことに変わりはない。
だが目の前のイレブン少年はそんなことなど知らないのだ。あまり余計なことをしていると不審に思われる(もう思われているかもしれない)可能性があるので手を引っ込めた。するとイレブンは先ほどまでオレに撫でられていた頭を確認するように自分で触れながら、おずおずと顔を上げて目線を合わせてきた。
「なんだか……その、うまくいえないけど。お兄ちゃんとは、はじめて会った気がしない……」
まるで安っぽい口説き文句のような台詞だというのに、イレブンからオレに向けたものだというだけで眩暈がしそうだった。本来であればまだ出会ってもいないオレに何かしらの感情を持ってくれていることが嬉しくてたまらない。
しかし沸き起こる感情はぐっと堪えた。とにかく今は現代に戻る方法を見つけなければならないのだ。気が付けば日が傾きかけていたので、ひとまず休める場所は無いかとイレブンに聞くと首を横に振られてしまった
「この村には宿屋は無いよ。たまに教会で旅人さんを泊めてたりするみたいだけど」
となれば、今日は教会に泊めてもらおうかと考えていると再びイレブンがオレの服の裾を引っ張ってきた。
「うちにおいでよ。今晩はシチューだからさ!」
想い人の眩い笑顔を見せられて、断れるはずが無かった。