がちゃがちゃ

聞こえないふりをした

 次の日の朝、ベジータは寝苦しさに目を覚ました。胸を圧迫されるような感覚に目を開けると、何故か目の前に眠っている悟空の顔があったのだ。
「ッな、なんだ……!?」
 慌てて離れようとしたが、身体が動かない。どういうことか分からず唯一動く首をまわして辺りを見渡すと、入口の棚の上に置かれていた植物が植木鉢を割り昨夜から十倍ほどのサイズに成長しているのが見えた。大きく開いた花からはニョロニョロと太くて長い触手がこちらに向かって何本も伸びており、そして悟空とベジータを胸から膝辺りまで一緒に巻き付ける様に絡まっている。そのせいで動けないのだと理解したベジータは必死に声を上げた。
「おい、起きろカカロット!」
「んん、うーん……」
 悟空はぼんやりと瞼を開けると目の前にベジータがいることに驚くことなく「もう朝かぁ」などと惚けたことを言っている。ベジータはなんとか手を動かせないかと身を捩るがどうやっても動けない。ただでさえこういったニョロニョロとしたものが苦手なベジータにとって、これはまさに悪夢のような状況だ。
「しっかりしろ!くそ、一晩でこんなに成長するなんて聞いてないぞ……ッ!」
 やっと状況を理解したらしい悟空が「なんだこりゃ!」と今更な反応をしているが、そんなことは気にせずベジータは超化を試みる。気を膨張させれば触手をどうにかできると考えたからだ。
 しかし超化しようとした瞬間、一本の触手が素早く近づいてきた。触手はこちらの近くまで来ると先端がぱっくりと割れ、ベジータに向かってどぴゅっ!と何かを吐き出した。
「ッな、なに……!?」
 それを浴びてしまったベジータの力はどんどん抜けていき、超化が出来なくなってしまう。ただでさえ謎の触手から白い液体をべっとりとかけられて不快になっているのに思うようにも動けず力も出せない。なのに息が上がっていき、視界がぼんやりとしていった。
「ベジータ、大丈夫か!」
 目の前の悟空が切羽詰まった表情でこちらを見ている。悟空も必死にもがいているが動けないようで、どうすべきか思案しているようだ。すると悟空の体が光を放ち、彼が超化したのだと分かった。絡みついていた触手は次々と離れていき、部屋の影の方へと引っ込んでいった。

「う、んぅ……」
 力が抜けてベッドに倒れ込むベジータを悟空が支える。上半身を抱え同胞の顔色を確認するように顔を近づけてきて、こんな時だと言うのにベジータは顔を反らしたくてたまらなかった。
 悟空はベジータに外傷が無いことを確認して安堵したらしく胸を撫でおろすと、そっとベッドに寝かせた。
「怪我は無さそうだな。一応あとでウイスさんに診てもらって、……ッ!?」
 気が緩んでいる隙に、再び触手が襲ってきた。悟空はベジータを抱えて瞬間移動しようとしたが間に合わず、何本もの触手がベジータに絡みついていく。今回は悟空に触れることはなくベジータだけに絡みつくと、数本の触手がベジータの身体を弄る様に服の中に潜り込んできた。触手は身体のラインを辿るように巻き付いて来て、胸や太ももを弄られる。尻にまで触手が伸びてきた時には恐ろしさに体が固まってしまっていた。
「や、やめろ……ッ!」
 ベジータは残った力で抵抗するが敵わない。じたばたと暴れても状況は変わらず、助けを乞うように悟空を見る。悟空はなんとかベジータを助けようとしてくれているが、他の触手が手足に絡みついており動けなくなっているようだ。
 もうどうにもできないのか。そう思っていた時、部屋の中に光が降り注いだ。絡みついていた触手は一斉に弱々しくなり、しゅるしゅると部屋の隅へ引っ込んでいく。一体どうしたのだと入口の方を見ると、そこには険しい表情のウイスが立っていた。

 * * * * * * *

「まさか、こんなことになるなんてねぇ」
 ウイスは外の開けたスペースに例の植物を移し替えている。その様子を悟空とベジータは遠くから恐る恐る眺めていた。先程のことがあったので、何が起こるか分からず迂闊に近寄れないのだ。
 そして作業を終えたらしいウイスがこちらに戻って来る。悟空は申し訳なさそうに顔の前で手を合わせると、深々と頭を下げていた。
「ウイスさん、助かったよ。あのままだとオラ達どうなってたか……ベジータの調子も戻って良かった」
「いえいえ。脅威の成長スピードなのは知っていましたが、まさかここまでとは。あれがサイヤ人に惹かれる特性があることを知らなかった私の落ち度です、お二人には本当に申し訳ないことをしました」
 悟空はこんな様子だが、まだベジータの怒りは収まっていない。確かにあの場から救ってくれたのはウイスで、動けなくなったベジータを治してくれたのもウイスだ。だが、そもそもあの植物を持ち込んできたのも目の前の天使なのだ。
 ベジータは腕を組んだまま顔を顰め、そして険しく眉を寄せるとウイスに噛みつくように声を荒げた。
「なんなんだ、あの植物は!ただの植物なんかじゃないんだろう、説明しろ!」
「そうですねぇ……正式には完全な植物ではないんです。ちょっと特殊な生命体でして、生き物に反応するんです。それに素早い動きにパワーがある。実際に他の星でも訓練用に使用されているもので、だからお二人の修行相手に良いと思ったのですが……まさかサイヤ人に惹かれる習性があるなんて勉強不足でした」
 はぁ、と悩まし気にため息をついている天使を納得いっていないベジータが睨む。そして悟空が頭の後ろで手を組みながら「でもなぁ」と呟いた。
「確かにオラたち二人とも襲われたけど、途中からベジータだけ襲われたんだよ。しかも最初は巻き付いてただけなのに、ベジータには服の中にまで入っていってて……」
 悟空は考えながらウンウン唸る。確かにあの時の様子はおかしかった。まるで何かを探している様に服の中を弄られ、触手の動きから傷付ける為ではなかったことが分かる。撫でる様に触れられた時、くすぐったいような感覚があったのも確かだ。
 悟空の問いにウイスは心当たりがあるのか、顎に手を添えながら目を細めた。
「ああ、それはベジータさんを受精させようとしたんでしょうね」
「はぁ!?」
 あまりの衝撃発言にベジータの声がますます大きくなる。今、この天使はとんでもないことを言った気がする。しかし聞き間違いではなかったらしく、ウイスは表情を変えぬまま話し続けてきた。
「ベジータさん。あの触手から変わった液体をかけられませんでしたか?」
「……あ、ああ」
 触手に襲われた時、確かにいきなり変な液体をぶっかけられたとベジータは説明した。ここに来る前にシャワーを浴びたので今はすっかり洗い落とされてはいるが、生臭いような白くてベタベタとした液体を浴びたことを思い出して肌が粟立ってしまう。
「その時かけられたものは、簡単に言えば精液ですね。サイヤ人を前にして興奮……まあ、平たく言うと発情状態となり、運悪くベジータさんをメスだと判断したのでしょう。不幸中の幸いといいますか、あれの精液を体にかけられたぐらいで受精することはないのでご安心を。そもそもベジータさんは男性ですしね」
 ウイスは淡々と話を進めながら、植物を植え替えた方角を見ていた。
「せ、精液だと……!何がご安心を、だ!最悪だ、なんでオレが……しかもメスって……」
 ベジータは怒りと焦りと羞恥で顔色がくるくると変わってしまっている。どうしてこんな目に遭わなければならないんだと、今日という日を呪った。
「そんなこと知りませんよ。恐らくですが、悟空さんと体つきや身長を比べた結果、勝手に女性と思い込んだのでしょうね。ベジータさんは私たちから見れば立派な男性ですが、あの生き物からすれば小さくて可愛い存在だったのでは?」
 ウイスの言葉にベジータはわなわなと震える。どことなく嫌味が込められている様な揶揄われている様な、とにかく貶されている気がして言い返す気力も失せてしまい、黙ってしまった。

 * * * * * * *
 
 植物を植え替えた場所から離れて修行を開始していると、休憩中にウイスが声をかけてきた。どうやら、これから眠っているビルスのおつかいだとかで少し遠くの星に向かうらしい。明日には戻って来るが、それまで修行だけではなく家事も行うようにと釘を刺されてしまった。
「そうだ、ベジータさん」
「……なんだ」
 出かける前に伝えておくことがあるとウイスがベジータを手招きした。どうやら、今朝浴びた触手の精液について、ということらしい。
「勿論ベジータさんは受精することも妊娠することもありません。ですが、調べたところあの液体の役目はそれだけではないようです」
 ウイスの話す内容に背筋が凍りそうになる。これ以上、一体何があると言うのだ。
「あの生き物はサイヤ人に惹かれると説明しましたよね。先程は悟空さんもいたので話せなかったのですが……あの精液には相手の力を奪い、そして思考を鈍くさせる性質があります。言わば催淫の効果ですね。そして一度メスを見つけると獲物が受精するまで狙う習性もある。ですので、私が帰るまで絶対にあそこに近づかないでください」
 ベジータは女ではないが、あの触手はベジータをメスだと認識しているのだと言う。信じられないが、そのせいで狙われる可能性があるのだとウイスは忠告してきた。
「な、なに……!ならさっさと焼き払うでもなんでもすればいいだろう!」
「そんな簡単ではないんですよ。焼いてしまうとその直後に種を撒かれるので余計に数を増やしてしまいます。この話をすると悟空さんは自分でどうにかしようとすると思ったので黙っていましたが、ビルス様のおつかいだなんて言いましたけど本当はこれから特別な除草剤を手に入れに行くのですよ。かわいいベジータさんがまた精液まみれになってはいけませんからね」
 なので大人しくしておくように、とウイスは何度も念押ししてくる。ベジータは何も言い返せず、出かけていくウイスの背を見送ることしかできなかった。