がちゃがちゃ

真暗な朝が来る

 ウイスの話では、ベジータが悟空についての記憶を失っているのはその時に食べた例の果物の影響だろうということだった。
 記憶を戻すための方法を調べた結果、失った記憶に関連するものと接触していけばいずれ思い出すことが分かった。悟空本人と接触していればいずれ記憶も戻るだろうと聞き、悟空は普段よりも積極的にベジータへと関わるようにした。
 普段なら鬱陶しそうに文句を言ってきそうな場面でもベジータは嫌がらなかった。時折悟空の顔をじっと見ては何かを思い出そうとしている様子はあるが、それだけだ。本当に自分に関する記憶がないのだと実感して、胸の奥がぽっかりと穴が空いたような気分になる。いつもの小言が無いのは寂しいものだと、悟空は近くにいるはずのベジータを遠くに感じながら修行を続けた。

 一日ベジータと一緒に過ごしてみたが、記憶が戻りそうな様子はなかった。まだ一日目だ、何日かこうしていればいずれベジータは元通りになるだろうと気楽に考えている悟空は寝室に戻り、ベッドに倒れ込む。後から寝室に戻ってきたベジータも自身のベッドに腰かけると何かを考えているようで、黙ったままじっとどこかを見つめていた。
「なあ、本当にオラのこと……なにも覚えてないのか?」
 悟空は仰向けに寝転がったままベジータに問いかける。少し間をおいて「ああ」とだけ返ってきて、悟空は体を起こした。
「ベジータがはじめて地球に来た時のことも、ナメック星で戦った時のことも、セルとの戦いでオラが死んだときのことも、なにも?」
 今までをのことを話すとベジータは一瞬だけこちらを見たが、すぐに視線を外してしまった。何かを思い出そうとはしているようだが、やはり悟空に関する記憶は無いらしい。
「……ぼんやりと、靄がかかったような記憶はある。だがそこにお前がいたのかどうかが思い出せない。お前がサイヤ人というのは分かるが、それだけだ」
「そっかぁ」
 悟空はベッドから降りると深呼吸をすると、そのまま真っ直ぐベジータのベッドへと向かって隣に座った。いきなり近寄って来られたことに驚いたのかベジータは離れようとしたので、逃がすまいとその手を掴む。
「なあ、名前呼んでくれよ。いつも呼んでくれる名前。そしたら、思い出せるかも」
 そういえば今日は一度もベジータから名前を呼ばれなかった。ベジータが呼んでくれるその名前が、どうしてか懐かしいものに思える。
 悟空の言葉に狼狽えながらも逆らうことはなく、ベジータは小さな口をゆっくりと開いた。
「ご、悟空……」
 それは消え入りそうな程に小さな声だった。聞きたい名前はそれではないことを、本当に分かっていないのか?
「違う、そっちじゃなくて。ほら、いつも……」
 手を離し、肩に手を置いて脅えているような目をじっと見つめる。そこに映っているのは誰なのか、本当は分かっているのではないか?
「……カ、カロット」
「そう、それだ!ほら、覚えてるじゃねぇか」
「な、名前だけ今思い出した。あとは本当に、覚えていない……」
 その名前を口にした直後、突然ベジータは不安そうに視線を泳がせはじめた。こちらを見てほしくて肩を掴む手に力を入れてしまう。するとその手を振り払われてしまうが、逃げはしなかった。
「カカロット、カカロット……お前が……。なあ、オレとお前はどんな関係だった?」
「え、どんなって」
 ベジータからの問いに悟空は言葉を詰まらせる。改めてベジータ本人からそれを訊かれることがあるとは思わなかった。
 お互いの関係をはっきりと形にしたことはなかった。そもそも友人だとか好敵手だとか、一言で言い表せられるような関係ではない。もっと複雑な、でも、それが何かは分からない。
 悟空が黙ったままでいると今度はベジータから距離を詰めてきた。ぐっと顔を近づけて来られて驚いた悟空は大きく目を見開く。
「オレは貴様のことを覚えていない。だが貴様を見ていて分かったことがある。その……口にし難い仲だったのではないか、と」
 じっと見上げてくる黒いふたつの目に吸い込まれてしまいそうだった。ごくりと唾を飲み込んだ悟空の心臓はばくばくと脈打っている。
 というのも、以前からひっそりとベジータに対してを抱いていたのがバレてしまったのではないかと思ったからだ。記憶は無くともそういった目で見られていることに感付いたのではないだろうか。隠していたつもりだったのにな、と悟空は渇いた笑みを浮かべる。
 だがベジータは、どうやらそれを“そういう仲だった”と勘違いしているようだ。これは、一生に一度のチャンスなのかもしれない。
「……ああ、そうだよ」
 悟空の返事にベジータは驚く様子もなく、むしろ安心したように表情を和らげた。そのまま俯いたかと思うと、無言のまま悟空の服に手をかけ下半身を剥き出しにしてしまった。
「わっベジータ!なっなにしてんだ!?」
「さっきからずっと体が熱い……記憶は無くとも、久しぶりに貴様と会ったからだろう」
 ベジータはグローブを外して床に落とすと、露わになった悟空自身を手で扱き始めた。すっかり勃ちあがったソレを見つめながらうっとりと目を細めている。そのまま口をつけて音をたてながら吸われてしまい、悟空は呆気なくベジータの口の中で果ててしまった。これで終わりだと思ったのに今度は目の前で服を脱ぎ始め、そのまま固まったままの悟空の服も脱がしながら上に跨ってきた。夢にまで見てきた姿に再び勃ちあがってきたソレを形のいい双丘で挟まれながら、悟空はまだどこか躊躇っているような様子のベジータにキスをした。
「……本当に、いいのか?」
 キスをしても嫌がらなかった。それどころか、これを待っていたかのように身を預けてくるものだから勘違いしてしまいそうになる。
「覚えてはいないが自分の体のことぐらい分かる。何度もこうやって、貴様を……受け入れていたこと、ぐらい」
 ゆっくりと腰を降ろしながら話すベジータの言葉を悟空は聞かないようにした。それは在りもしない記憶の話だ。彼の話す相手は、自分ではないのだから。