物語の一部に過ぎないから
この計画は、上手くいくのだろうか。そんなことを考えながら宿に戻ったカミュは女子3人に囲まれていた。
部屋に備え付けのドレッサーの前の座らされているカミュは大きなため息をつく。これから何が起こるかなんて考えたくも無いのに、目の前に並べられているメイク道具がすべてを物語っていた。
ベロニカはこの状況を楽しんでいるようで「人助けのためとはいえ大変なこと押し付けてごめんね」と言いつつも顔はしっかりと笑っている。セーニャはカミュに着せる為の服を一生懸命選んでおり、マルティナはカミュには用途の分からないブラシを握って何かに燃えている様だった。そしてカミュの方へ振り返ったマルティナは、感激していると言わんばかりに勢いのある口調で話し始めた。
「事情は聞いたわ、カミュ。見ず知らずの人を助ける為に自ら囮を名乗り出るなんて……本当に素晴らしいことよ。私にできることはなんでも言ってちょうだい!」
ぎゅ、と握りしめられたブラシは可哀想なことに今にも折れそうな程に小さな悲鳴を上げており、持ち手が軋んでいる。どうやらベロニカ達はマルティナには少々違った説明をしたようだ。その方が話が早くて助かるのではあるが、騙しているようで少々心苦しい。
「とある女性の身代わりになるっていうからどうしたものかと思ったけど、あなたにそっくりな女性なんですってね。大丈夫、軽く整えて骨格を分かりづらくするだけで、きっと男だとはバレないはずよ!」
興奮気味に喋りながらマルティナはカミュの顔に何かを塗りたくり始めた。すでに助けてほしい。少し動くだけで全員から「じっとして!」と凄まれてしまう。こんな時こそイレブンに傍にいてほしかったが「ここから先は女子の空間だから」と追い出されてしまっていた。ずっと部屋の外で待っているらしく、小さな足音が聞こえている。部屋の前でうろうろしていると他の客に怪しまれるぞと伝えてやりたいが、今はそれどころではない。
「はい、これで終わり!」
あっという間に完成したらしく、鏡台を見つめる。どこかわくわくした表情のマルティナとは真逆にカミュは見慣れた自分の顔ではないことに違和感を覚えていた。ベースは同じはずなのに、多少色が乗るだけでこんなにも印象が変わるものなのだろうか。いつもはしっかりとセットして逆立てている髪も、彼女に似せる為に下ろされてしまっている。
「まあカミュ様、とってもお綺麗ですよ!それに髪を下ろしているからかしら。普段よりも、なんだか可愛らしいような気がします」
ぱん!とセーニャが両手を合わせ、目を潤ませながら眉を下げている。きっと彼女の言葉には悪意など一切無い。今の髪型のせいで普段より幼く見えていることについてはプライドが傷つき始めているが、それよりもあまりじろじろ見ないでほしいので、つい顔を背けてしまった。
「さて、お洋服はどちらがよろしいですか?」
今度はセーニャが服を並べて見せてきた。喉や肩などが見えてしまうと男であるとバレる確率が高い。なるべく肌を出さない服が良いだろうということで、条件に当てはまる服を何着か見繕ってくれたらしい。しかし、どれが良いかなどと訊かれても「どれも着たくない」が答えになってしまう。当然ではあるがすべて女性用であるし、これを着た自分の姿が想像できないのだ。
「ど、どれでもいい……」
苦し紛れのカミュの回答にセーニャは「でしたらこちらがよろしいかと!」と翡翠色のドレスを手に取ってカミュに合わせてきた。この中では一番華美ではないが上品で、深いスリットを除けば最も露出が少ないデザインだった。上半身は首元から手首まで布で覆われているし、下半身もロングスカートのため(太ももを覗いて)足首まで隠せるようになっている。
今からこれを着なければならないのかと思うと、女性陣の期待溢れる視線の中、それはそれは深い溜息が吐き出されたのだった。
着替えのために女性陣を部屋から追い出すと、それと代わる様にしてシルビアが入ってきた。
「あらあら、暗い顔してるじゃない」
普段と変わらない笑顔で入ってきたシルビアは、小脇に何かを抱えている。
「何の用だよ。今から着替えるんだけど……」
手に持っているセーニャが渡してきたドレスをこれ見よがしに見せつけると、シルビアは「だからよ」と返事をした。
「変装をするなら外だけじゃダメ、勘のいい人にはすぐバレちゃうわ」
そう言いながら、シルビアは抱えていた紙袋をカミュへと手渡す。やけに軽いそれを不思議に思いつつ中身を確認した瞬間、カミュはシルビアがやって来た意味を理解しつつ声にならない声を上げてしまった。確かにこれは、女性陣では用意できない……というか、できたところで本人たちからカミュへ手渡すことはできないだろう。
「お、おまえ……これは流石に無理だ!」
「そう言うと思った。でもここまできっちりしないと、せっかく用意した作戦が失敗しちゃうかもよ?あの二人の為に頑張るって、イレブンちゃんにも言ってたじゃない」
そうだ。ここに帰ってくるまでの道のりで、イレブンはそれはもう心配そうに何度もカミュへと「大丈夫か」と確認してきた。本当はこんな危険な役目をさせたくはないと言ってはいたが、それと同じくらいあの二人を助けたいという気持ちもあるのだろう。だからカミュはイレブンの前では嫌な顔ひとつすることなく、宿へと戻ってきた。本当は不安しかない。だが一度やると決めたことは投げ出さないのが男ってものだろう……と何度も自分を言い聞かせる。
心優しい勇者様のために、自分ができることはなんだってしてやりたい。例えそれが、こんな機会さえなければ一生身に着けることのない、レースのあしらわれた紐のような下着を身に着けるはめになっても……。
「何もその貴族の男の前で脱げって言ってるわけじゃないのよ。そんな気が無くたって見えちゃう時があるだろうし、念には念をってやつね」
「……そうかもしれねえけどよ」
カミュの気を紛らわせようとシルビアは軽快なウインクをしてみせた。しかし、これを履くことには変わりないのだ。
「まぁ、カミュちゃんがこんなの履いてるって知ったらイレブンちゃんはひっくり返っちゃうかもしれないわねぇ」
細められたシルビアの目に、やはりこちらの事情に気が付いているのだと確信する。
「あ、あと脱出のときの手はずだけど—————」