がちゃがちゃ

物語の一部に過ぎないから

 その日、勇者一行が訪れた街は暑い地域だった。サマディーまでとはいかないがかなりの気温で、暑がりなカミュは汗を拭いながらはやくここを発ちたいと心の中でぼやいていた。
 この街は休憩の為に立ち寄っただけなので長居する予定は無い。旅に必要なアイテムを補充して一晩休めばすぐに出発するので、それまでの我慢だ。とは言っても暑いことには変わりないので、カミュはどこかぼんやりとした視界で街の風景を見渡している。
 ここは、男も女も大人も子どもも忙しなく、どこか落ち着きのない街という印象だった。この街には大きな市場やカジノ、酒場があるので朝から夜まで賑やかなのだそうだ。そういうわけで街の住人はばたばたと駆けまわり、観光客や旅人は街を楽しみ、落ち着くような瞬間など無いということなのだろう。
 忙しない輩が多いせいで、カミュは先ほどから何度も通行人とぶつかりそうになっている。なんとか避けてはいるが、隣を歩くイレブンは放っておくと人込みに流されどこかに連れて行かれてしまうのではないかと心配になってしまう。「離れるなよ」と伝えれば「子どもじゃないんだから」と口を尖らせていたが、カミュにはイレブンがフラフラとどこかに行ってしまう姿が容易に想像できてしまうのだ。心配で落ち着かないので腕を掴んで歩いていると今度は照れくさそうにしはじめたのでやりづらい。はやく仲間たちが待つ宿に戻らなければならないのに。

 カミュとイレブンは、数か月前から所謂恋仲となっていた。世界に選ばれた勇者から「ずっと好きだった」と告げられた時の瞬間を今でも覚えている。自分も同じ気持ちであると返した時の幸せそうな表情を守ってやりたいし、歪ませたくない。初めて恋人として手を握った時の体温も、キスをした時の鼓動も、肌を重ねた時の瞳の色も、すべてが大切な瞬間だった。失うわけにはいかない。その為にはこの旅を無事に終わらせなければならない。勇者に好意を伝えられてから、カミュの決意はより一層強く、深く、胸に刻まれたのだった。
 仲間たちにはこの関係を公にはしていない。シルビアあたりは感付いているような気もするが特に口を出したりはしてこない。しかし時折やけに優しさを含んだ視線で見つめられることがある、と感じることはあった。しかしそこは流石シルビアといったところか、こちらから何かを言い出すまでは見て見ぬふりをしてくれている気がする。それが有難い反面、気恥ずかしいというのが正直な所だった。
 こんなところもシルビアに見られてしまったら流石に注意されるのだろうか、と考えながらイレブンの腕を掴んだまま歩いていると、通りの角を曲がったところで隣の恋人が「あっ」と小さな声をあげた。その瞬間、向かいから歩いて来ていた女性とイレブンは避けることが出来ずぶつかってしまっていた。女性は深くフードを被っており視界が悪かったのか少しだけよろめいてはいたが、一緒に歩いていたらしい男性に支えられており、なんとか転ばずにすんだようだ。
「すみません、僕がちゃんと見てなくて……」
 イレブンはすぐ頭を下げて申し訳なさそうに謝罪していた。女性は首を振り顔を上げるよう笑顔で伝えている。同行していた男性もお互い様だと笑っているが、なぜかカミュにはこの二人組の表情が歪んで見えた。
「私も、気が付いていなくて……本当に大丈夫ですから。怪我もしていませんし、……えっ?」
 女性はゆっくりと顔をあげると、イレブンの後ろにいたカミュへと見やる。次の瞬間には驚いたように目を大きく見開き、そして同行していた男性と互いの顔を見合わせていた。
「な、なんだ……?」
 カミュは二人があまりにもこちらの顔をじろじろと見てくるので、どうしたものかとたじろぐ。そうしていると女性は被っていたフードを外しはじめ、その顔が陽の下にあらわれた。
 そこには、空のような水色の髪。髪と同じ色の瞳。そして少し鋭い目つきの女性がいた。その顔を見た瞬間カミュは遠く離れている妹の存在を思い出し、思わず名前を呼びそうになる。妹も大きくなれば目の前の女性のような姿になるのだろうか、と妹に思いを馳せていると今度はイレブンともう一人の男性が顔を見合わせてこう言った。
「そ……そっくりだ」

 二人から同時に「そっくり」だと告げられ、カミュは改めて女性の顔を失礼にならない程度に観察した。確かに髪や目の特徴は似ているかもしれないが、しかし相手は女性だ。本当に似ているとしても男である自分とそっくりだと表現するのは彼女にとって失礼なのではないかと考えたが、しかし女性側も口に手を当てて驚きながら「本当にそっくり……!」などと口にしていた。
 そんなことよりも、カミュはこの二人組の表情が暗いことが気になった。無理に笑顔を作っている様にしか思えない。旅先で出会った無関係の人間の事情に首を突っ込むつもりなど無いので口にはしないが、何かあったのだろうと予想が付く。面倒なことになる前に立ち去るのが吉であると判断したが、イレブンがそれを許してはくれなかった。
「あの、何かあったんですか?」
 ……これが惚れた弱みというやつか。「余計なことに首を突っ込みやがって」ではなく「さすがオレの勇者様」という言葉が真っ先に浮かんだ。むしろそれしかない。馬鹿なほどにお人よしなのがこいつの良いところでそこに惚れたのではないか、と自分を納得させる。
 イレブンがかけた言葉に二人組は明らかに動揺しつつも何かを決心したのか場所を変えたいと申し出てきた。ここまで来たら事情ぐらいは知っておいてやるべきだろうか。しかし、そうなってしまえば最後まで付き合うのが筋と言うものだろう。
 きっと、明日この暑い地を発つことは叶わなくなったな、とカミュは怨めしいほどに青い空を仰いだ。

 人通りの無い路地裏へと向かうと、先程出会った男女は事情を説明してくれた。
 二人は婚約者同士であり、近々結婚を控えていた。そんな時にこの街で大きな権力を持つ貴族の男に彼女が気に入られてしまい、今夜その男の屋敷へ連れて行かれるのだと言う。そのため故郷であるこの街を捨てて二人で逃げようと考えたが、今から逃げられるような場所へ行ったところで追われる身となり捕まってしまうことは分かりきっている。どうしたものかと苦悩していたところに、イレブンとカミュに出会ったということだった。
「今夜だけで良いんです。それだけ時間が稼げれば明日一番の船に乗って、奴らが知らない土地へ逃げることができるのに……今夜、その貴族の男のもとへ彼女を差し出すように言われているんです。もしその時に僕達が街にいないと分かれば、きっとどこまでも追ってくることでしょう。だけどどうすればいいのか、分からくて」
 項垂れる男の声は震えており、そんな彼の肩を婚約者である女性が支えている。外見だけではなく追われる身というところまで過去の自分と重なってきて、カミュは他人事のように思えなくなってきていた。それはイレブンも同じだったのか、なんとかしてやりたいという気持ちが顔に現れている。しかし、街の権力者である貴族の男を旅人である自分達ではどうすることもできない。せめて二人が逃げられるだけの時間を稼いでやれればいいのだが……と考えていた時に、遠くからこちらを呼ぶ大きな声が聞こえてきた。
「イレブン、カミュー!」
 それはベロニカの声だった。振り向けばベロニカの隣にはセーニャとシルビアの姿まであり、カミュは陽が傾きつつある空を見上げて思ったよりも時間が経ってしまっていたことに気が付いた。
「もう、二人がなかなか帰って来ないから迎えに来ちゃったわよ!……で、そちらのお二人は?」
 ベロニカはカミュを指さして小言を吐いたあと、不安そうにしている見知らぬ男女を見上げていた。カミュは面倒なことが増えたと心の中でぼやきつつ、これまでの経緯と二人組についてを説明を開始した。
 
「そっかぁ。大変なのね、あなたたち」
 まるで他人事とのような(実際他人事なのだが)ベロニカの言葉にセーニャは「まぁ!」と声を上げていた。
「そんな、お姉さま!愛する二人が引き裂かれようとしているのですよ、見過ごすことなどできません!」
 思いつめた表情のセーニャの言葉を聞いたシルビアが一歩前へと出る。
「そうよぉベロニカちゃん。つまり二人が逃げられるだけの時間を稼げればいいんだから、アタシが囮になるっていうのはどうかしら?」
「そんな、シルビア様!囮なら私が……これでも逃げるのには慣れております!」
 突然うるさくなった空間にベロニカは呆れた顔で「分かったわよ!」と叫ぶ。ベロニカもこの婚約者たちが逃げ出せるよう協力すると告げ、カミュは深いため息をついた。
「まず、二人が逃げられるようにするにはその貴族の男を足止めするために誰かが彼女の身代わり……つまりは囮になる必要があるわよね。それからずっと捕まってるわけにはいかないから頃合いを見計らって逃げなきゃいけないでしょ、だから身軽な人じゃないとダメよ。そもそも彼女と似てなきゃ本人じゃないってバレちゃうでしょうが!」
 ベロニカは声を荒げながらセーニャとシルビアを指さす。不合格とでも言われたのかの如く落ち込んでみせる二人にカミュは嫌な予感がしてたまらなくなった。
「でも、そうすると誰が……」
 無垢なイレブンの言葉に、ベロニカが目を細める。そして、くるりと振り返った後にカミュを見上げ、じっと見つめていた。
「いるじゃない、ここに。立派な適任者が」
 ベロニカの声で一同の視線を一斉に浴びたカミュは、今すぐにでも逃げ出したくなっていた。

Category: