憂える太陽を見ている
地球を危機に陥れていた脅威も強敵も去った。平和な日々のなか、地球で暮らすふたりの純粋なサイヤ人は燃える闘志を更に高めるかのように日々修行に明け暮れている。今日も悟空からベジータを修行に誘い、この開けた荒野に呼び出して、技を磨いて、力を高め合っていた。そして確信したことがある。それは、ベジータと一緒にいると自分の中の何かが違う、ということだった。
悟空にとってのベジータは、はじめは敵で、仲間を傷つける嫌なやつで、でもサイヤ人の誇りとプライドを持った男で、同じ血を受け継いでいて、いつの間にか仲間になっていて、ついには友人と呼んでも良い(本人に言えば怒るだろうが)ほどの間柄になっていたのだ。しかし、一般的な仲間や友人と呼ぶにはベジータはどこかが違うと感じていた。それを悟空には言語化できなかったのでひとまず『仲間』というカテゴリに分類していたが、やはりそれは違和感があったのだ。
ポタラで合体するとなった際にベジータが現れたときのことと、結局はしなかったがフュージョンを持ち掛けたときのことを悟空は思い出す。これの相手は結果的にベジータで間違ってはいなかったし、他に誰かがいたとしても彼で良かったのだと今になって思う。もうベジータしかいなかった、他に考えられなかったのだ。ただブウと戦うだけの自分にその場での最善策を教えてくれるベジータを見たとき、感じたのだ。ベジータと一緒であれば、もっと強くなれる。もっと高みを目指せる。もっと、もっと、新しい世界を見ることが出来るだろう、と。
それに気が付いてから悟空は、頻繁にベジータを修行に誘った。もっと一緒にいたいと思った。そうすれば、見えない何かに辿り着ける気がするのだ。ベジータも悟空からの誘いを断らなかった。だから、ベジータも同じ気持ちなのだと思った。この二人でなければならない理由を、彼であれば言語化できるのではないだろうか。
そしてある日、そんな期待を胸に悟空はベジータへ問うことにした。
「オラさあ、ベジータと一緒にいると……なんだか変な気持ちになるんだ」
悟空は思ったままを、そのまま伝えてみた。言ってから何かがおかしい気はしたが、どうだっていい。はやく彼の口から返事を聞きたくてたまらなかった。ベジータを見れば、いつも通りの険しい表情から少しだけ眉を上げていた。眉を顰め、そしてこちらに向かってため息をついている。
「何を馬鹿なことを」
ベジータは片手をひらひらと振り、悟空の言葉をくだらないと一蹴した。どうしてかそれに不満を覚えてしまったので、つい食い気味に反論してしまう。
「馬鹿なことなんかじゃねえぞ。だっておかしいんだ、もっとベジータと一緒にいてえなって思うし、知らないこととか教えてほしいって思うし、それに」
「わ、分かったから!……それ以上、なにも言うな」
ベジータは声を荒げて悟空を制し、そして腕を組みながら俯いてしまった。いけないことを話してしまったのだろうかと不安になった悟空はベジータの前に回り込んで顔を覗き込む。彼の表情が少し暗くなっている気がして、針で胸を刺されたような感覚になる。
もしかしたらベジータに、嫌がられてしまったのかもしれない。もう一緒に修行をしてくれないかもしれない。そんなの嫌だ、だってベジータが一緒でないとうまくいかない気がするから。
「悪かったよ」
そう伝えれば、またいつもみたいに小言を吐きながらも修行に付き合ってくれる気がして悟空は素直に謝った。だが黙ったままのベジータに息を呑んでしまう。そして次の言葉を発する前にベジータが顔を上げたのでその様子を窺っていると、彼は少し背伸びをして、そして、そのまま悟空へと触れるだけのキスをしてきたのだった。
驚いた悟空は離れて行く唇を視線で追いながら何度も何度も瞬きを繰り返す。先程まであったはずのリアルな感触を忘れぬように指で乾燥した唇に触れて、僅かな寂しさを感じた。
「なあ、今のって……」
はっきりと見えていたはずなのに、今の瞬間に何が起こったのか理解が追い付かない。視界いっぱいに広がった男の顔は、ちっとも嫌そうではなかった。
「……貴様が言いたかった変な気持ちっていうのは、こういうことなんじゃないか?」
同胞の挑発するような口ぶりに、悟空の視界はちかちかと煌めきはじめた。まるで満天の星空のような輝きに包まれた気がして、胸の奥はあたたかくなって、こんな曇天だというのにおだやかな空気で肺が満たされているようだった。だから目の前のベジータを抱きしめた。めいっぱい抱きしめた。自分よりも小柄なサイヤ人の体は思ったよりも柔らかくて、いい匂いがして、もし彼が食べ物だったら一口で食べるなんて勿体ないことはせずに一口一口を丁寧に味わったことだろう。腕の中で恥じらう様に身じろぐ男が途端に愛おしくなり、悟空はやっと気が付いた。
「ああ、そうか。やっと分かった。オラはベジータのことが好きなんだ。なあ、そうだろ?」
悟空の言葉を聞いたベジータは驚いたように瞬きを繰り返し、それから少しだけ笑って「遅いんだよ」と呟いた。それが嬉しくて、幸せで、自然と笑顔になって、腕の中の男を更に強く抱きしめた。