がちゃがちゃ

声が届かない海辺へ

 ベジータは猫のようだ、と悟空は思った。
 普段は他人を寄せ付けない態度で常に険しい表情をしているのに、機嫌の良い時は自分から近寄って来て比較的穏やかな空気を纏いながら距離を詰めてくる。
 だというのに、こちらから触ろうとすれば突っぱねられる挙句にするりと逃げてしまう。小柄なのにタフでしなやかで、それでいてパワーもあり重さを感じる攻撃を繰り出してくるその姿には驚かされることが多い。悟空が成長するたびに食らいつこうと必死にもがき、自力で己の道を見つけていく生き様は惚れ惚れする美しさがある。
 それに厳しいことを言う反面、他人の実力にはきちんと目を向けている。アドバイスは的確で洞察力もある。いつも強くなる為にはどうすべきかを考えているからなのだろう。悟空も修行に関しては同じ姿勢でいるつもりだが、あまり深く考えたことはない。他人とのものの考え方の違いはけっこう面白いものなのだと、ベジータを通して学ぶようにもなった。

 今日も開けた草原で一緒に修行をしている最中、ベジータは笑うことが多かった。笑うと言っても少し口角が上がっている程度ではあるが、それだけでも彼が悟空との戦闘を楽しんでいるのだと分かる。悟空はベジータの機嫌が良いと自分もつられて笑顔になるということに最近気がついた。
 悟空は青空を背景に同胞からの重い一撃をかわし、蹴りを繰り出し、宙を蹴り、風を切り、徐々に体が重たくなっていくのを感じていた。修行をはじめてどれぐらい経っただろうか。ダメージの蓄積量から考えると数時間は経っている気がして、悟空は額の汗を拭った。
「どうしたカカロット、貴様の実力はそんなものか?」
 ベジータの煽るような言葉に反応して顔を上げる。挑発的な視線を受けた悟空は攻撃を繰り出し、気がつけばお互いボロボロになってしまっていた。

 しばらく経った後、今日はこの辺りで終わりにしようと二人は地上に降り立った。小さな魚が跳ねる川を見つけて澄んだ水で顔を洗う。垂れる雫を払うように顔を左右に振ると視界がきらきらと輝いていた。
 そして、腕で顔を拭っている最中にベジータがこちらをじっと見ていることに気がついた。どうしたと問いかけても返事はなく、ただ悟空の姿を見据えている。
「なんだよ、オラの顔になんかついてるか?」
 近寄って、悟空は首を傾げる。ベジータは口の端を上げると腕組みをしながら目を細めた。
「ああ。間抜け面がな」
「あ、ひっでえなぁ」
 こんな軽口も慣れたもので、挨拶のようなものだ。悟空はそれなりにベジータという男を理解できた気がして、少し喜びを感じるようになっていた。
 ベジータの表情の変化も分かるようになってきた。普段の小さな変化にも気がつくようになったし、今は機嫌が良いのだろうと分かる。眉間の皺は相変わらずではあるが、怒っているのではないのだと分かればどうということはないのだ。
 そんな時、悟空は思った。ベジータは、他にどんな顔をするのだろう、と。笑顔も、怒った顔も、困った顔も、嫌がる顔も、そして泣き顔も。全部見てみたい気がした。
 興味が湧いてきたらすぐ実行してしまうのが孫悟空という男で、ベジータがどうすれば違う表情をするのか考えた。そこで普段ベジータがしないようなことをさせてやれば知らない顔になるのではないかと思い、その結果悟空はひとつの道を導き出してしまった。
「ベジータ、オラとキスすっか」
 同胞のこんなにも驚いた顔を見るのは初めてで、悟空は自分の考えは間違っていなかったのだと笑顔になる。返事は待たぬまま腰を抱き寄せて半ば無理やり唇を重ねると、腕の中の男は存外大人しくしていた。小さな口に舌を捩じ込んでも文句の一つも言わないで、素直に受け入れている。それだけではなく首に腕が回ってきて、悟空は胸の奥が熱くなっていくのを感じた。
(思ったよりやばいかもしれねぇ)
 にゅるりと忍び込んだ悟空の舌がベジータを翻弄させていく。互いのものを絡めながら腰を強く抱くと腕の中で身じろいでいたので手を下ろし、引き締まった尻を揉んでみた。するとまた違う顔をしたので、悟空はどんどん楽しくなり行為はエスカレートしていった。
「なぁベジータ、オラ……したくなってきちまった」
 既に陽は傾き辺りは赤に染まり始めている。ごり、と硬くなり始めているものをベジータの太ももに押し付けると、険しかった表情は少しずつ崩れていった。
 その時悟空は、同胞の顔が赤いのはきっと夕陽のせいなのだろうと信じて疑わなかった。