君みたいに笑えなくても
カミュがユグノア跡地へやって来て、いつの間にか一ヵ月近くが経とうとしていた。イレブンとは特に関係の変化がないまま、時折二人で話をするぐらいだった。
今日は近くの町から食料を運ぶので、それを手伝ってほしいと頼まれた。近隣と言っても馬車での往復で一日はかかるらしく、今夜は泊まりとなる。さらに昨日よりも力仕事となるので、そこへはカミュとその他の男性陣で赴くこととなり、マヤは残って別の作業をすることとなった。マヤのことはイレブンに頼もうと思ったが、イレブンも別件で他の町に向かっており不在なため、ここに来てからマヤと仲良くなったらしい女性陣に面倒を頼むことにした。
外には既に食料を乗せるための馬車が用意されており、カミュと一緒に向かう少し年上であろう男が待っていた。道中、その男はカミュについていろいろ訊ねてきた。男はもともとこの辺りの村に住んでいたらしく、カミュはどこから来たのか、故郷はこことは全く違う場所だと言うのに何故復興作業に加わっているのか、普段はどうしているのか、などと多くのことを聞いて来たのでよっぽど外の人間が珍しいのだろうと思い相手を続けた。
会話を続けていると目的地に到着したので、早速依頼された分の積み荷を馬車へと運んでいく。思ったよりもはやく作業が終わり宿へ向かう準備をしていると、男は「今夜一緒に食事をしないか」と誘ってきた。カミュとしては男に付き合う理由など無いが、この男はユグノアの為に尽くしている人間だ。仲良くしておいた方が良いだろうとその提案に乗ることにした。
そして一日の作業を終えた後、カミュは男との約束通り提案された酒場に向かった。中に入ると既に賑わっていて、小さな町だというのに大柄な男連中で溢れていた。大工などの職人が多い町だとは聞いていたが、まさかここまでとは。ここの職人達がユグノア跡地へと赴いて復興作業に手を貸してくれていることもあるという。この町には感謝しなければならないな、と案内されたテーブルに着くと男はカミュの向かいではなく隣に座ってきた。カウンターでもないのにな、と思ったが店内が騒がしく声が聞こえづらいからだろうと、あまり気にしないことにした。
「お兄さんはいつ故郷に帰るの?」
食事中、男からの質問にカミュはなんと答えるべきか迷った。もうすぐでマヤの休暇が終わるため学園へ送り届けに一度は戻るだろうが、それが済めばまたユグノア跡地へ戻ってイレブンを手伝うつもりだ。そもそもイレブンから「着いてきてほしい」と言われているので他の場所へ行く理由も無い。イシの村へは家の管理もかねてたまに戻るかもしれないが、そのくらいだろう。
ただそれを説明するのが面倒くさいので黙っていると、答えたくないと判断されたのか男は話題を変えてきた。
「そういえば妹さんと一緒に来てるよね。すごく可愛い子だって、みんな噂してるよ」
――なるほど。妙に馴れ馴れしい男だとは思っていたが、マヤ狙いだったのか。納得したカミュは運ばれて来た酒を煽りながら隣の男を吟味する。マヤとは歳が離れすぎているから出来れば諦めてほしいだとか、無理やり近づかないでほしいだとか、とにかく妹の身を案じていた。
じろじろと見すぎていたのか、男は「そんなに見られると恥ずかしいな」と言いつつ距離を詰めてきた。どういうつもりなのかと訊ねる前に腰に手をまわされ、ぎょっとする。
「妹さんと同じくらい、お兄さんも美人だよね」
「お前、なに言って……、ッ!」
男の手は腰から下へと向かっていき、そこを何度も撫でられる。こいつの目的はマヤではなかった。逃げ出したいが騒ぎになると、こことの流通に問題が出るかもしれない。どうすべきか考えていると、今度は男の手が尻を揉んできた。流石に我慢が出来なくなり手を払いのけようとした、その瞬間。突然何者かに背後から勢いよく抱き着かれて、カミュはバランスを崩した。
「カミュ!探したんだよ!」
その声には聞き覚えがあるどころではない。振り返ったカミュは思い描いていた顔を見て安心しきってしまい、口元を緩めてしまう。
隣に座っている男は流石にイレブンの顔を知っていたらしく、光の速さで立ち上がると深々と頭を下げていた。
「ああ、食事中にごめんね。ここのお代は出しておくからさ、席を代わってもらっていいかな?」
イレブンの口調は穏やかだった。必要以上に穏やかだった。それに何かを感じ取ったらしい男はそそくさと酒場を後にする。空いた席に座ったイレブンは深くため息をつくと、店員に食べ物を注文していた。
「僕もちょうど近くの町にいてね。カミュは今日ここに向かったって聞いてたから、もしかしたらいるかなーって思って探してたんだ」
「そう、なのか……」
「それで、さっきの人は……君に何かしてた?」
どきりと心臓が跳ねて、カミュは恐る恐るイレブンを見る。いつもと同じ柔らかい表情なのに、視線だけが冷たい気がする。
カミュが答えないままでいると、イレブンは再びため息をついた。その目は、どこか遠くを見ていた。
「僕、もう我慢ができないかもしれない。いや、できないんだ。ねえ、カミュ……」
カミュはイレブンが全て言い終える前に立ち上がると、膝の上で握りこぶしを作っていたその手を引いた。黙ったままこちらを見上げてくるイレブンの目を見て、カミュは意を決する。
「我慢なんかしなくていい、オレにはしなくていいんだ」
ゆっくりと頷いたイレブンは同じように立ち上がり、二人は酒場をあとにした。