君みたいに笑えなくても
一日の作業を終えたカミュはマヤと別れたあとは自室へと戻り、シャワーを浴びながら妹から聞いた話を思い出していた。
(相手をその気にさせる、か……)
旅をしていた時、イレブンはムフフ本やぱふぱふに興味がある様子だったので全くその辺りに関心がないわけではないだろう、というのがカミュの見解だ。ただしそれは「対象が女性である」ことが前提なのではないか、という答えに行きつき、となれば自分はどうすることも出来ないと頭から熱い湯を浴びながら一人で落ち込んでいた。
自分の平らな胸を見つめてみる。男なので当然ではあるが膨らみなど全く無い。それなりに筋肉はあるので下から揉み上げればなんとか厚みができるぐらいで、もともと薄い作りのこの体ではイレブンを“その気”にさせることなど出来ないだろう。時折物好きな奴もいて、明らかに『そっち目的』の連中に絡まれたことはあるがあれは特殊な連中だ。そいつらとイレブンは違うのだ。
どうすればいいのか……と悩みながらカミュは再び自分の胸を揉んでみる。しばらく続けていると胸の先端が膨らんできて、なんとなく指で弄ってみた。気持ち良くなどはなく、面白みのない行為なのですぐにやめた。しかし、イレブンと先の展開へ進むには自分の体に武器を作らなくてはならない。ずっと触ってれば、この体もいつかは変わってくるのだろうか。
ぼんやりと「イレブンはおっぱいが好きだったよなぁ」などと考えながら自分の胸を揉み続ける。そういえば、イレブンとそうなった時、自分の立ち位置はどっちなのだろう。考えたこともなかったが、できれば抱かれたい……というより、イレブンから好きに触られたい、というのがカミュの本心だった。
恋人の顔を思い浮かべながら、カミュはそっと手を体の後ろへをまわしてみた。まだバイキングの下で働いていた頃、下卑た連中が幼い自分に向かって「男はここを使うんだ」と必要な知識について話してきたことがあった。当時はそれが嫌で仕方がなかったが、今まさに役立っているので多少なり感謝すべきなのだろうか。直接手を出されたことはなかったので、それについては知識があるだけだ。ごくりと息を呑んで人差し指の挿入を試みる。
(……思ったより、入らないもんだな)
第一関節まで収まった辺りで、これ以上は無理だと指を抜く。しかし、準備をしておかないといざイレブンと関係が深まった時に何もできずに終わってしまう可能性が高い。まだそうなると決まったわけでもないのに、焦るカミュはとにかく自分ができることへ必死になっていた。
もう一度指を挿入してみて、今度は中を拡げる様に指を動かしてみる。異物感が気持ち悪いしこの行為に意味があるのかと不安になって来る。だけど、こうでもしていないと不安に押しつぶされそうだった。
イレブンに求められるにはどうしたらいい。無いが必要なのか分からない。しかし、心だけでは不安になってしまう自分のワガママを押し通そうとしているようで胸が痛む。どうしよう。でも、だけど、それでも。
結局答えは出せぬまま、大人しくシャワーを浴びることにした。
自分の体を対イレブンへの武器にすることを目標にして、いつしかそれはカミュの中で日課となっていった。シャワーを浴びる前かその最中か、決まって同じ場所を自分で触る。それが始まって一週間ほど経った頃に、ついに体に変化が訪れたのだった。
まず、感度が良くなったのか少し胸に触れただけで身体が反応するようになった。つん、と指先で乳首に触れるだけで声が出るようになった。イレブンが触ってくれたらいいのにな、と思いながら何度も触れていたおかげで、なんとか前進できたようだ。
次に、一番重要であるイレブンを迎える(予定)場所は指数本ぐらいであれば難なく収まる様になった。もちろん解したりなど準備は必要だが、以前よりもすんなりと拡げることができる。そして、その過程でバイキング達から与えられた知識の中にあった男の気持ちいい場所を見つけた。ここについては予定に無かったのだが、そのおかげで後ろで達するようにまでなったのだ。どうせなら一緒に気持ちよくなりたいし、と言い訳を頭の中に並べては、カミュはその行為に耽っていた。
今日も同じことを繰り返す。疲れた体でベッドに横になり、服をはだけさせて胸に触れる。それだけで期待に満ちているのか胸の先はぴんっ♡と尖っており、慣れた手つきでそこを弄っていく。少し引っ掻いただけで甘ったるい声が溢れるようになってしまったので、必死に声を押し殺す。
「あ、あっ……んン♡」
ちゃんと気持ち良くなれる。イレブンを迎えてやれる。その準備ができた気がして、カミュは夢中になって行為を続ける。
片方の手でぷっくりと尖った乳首を扱きながら、もう片方の手は後孔へと這わせる。指を入れて浅い部分のシコリをコリコリ♡と擦れば、全身が痺れるように震えた。
「ひァ、あっ♡イレブン、いれぶん……ッ♡」
隣の部屋ではマヤが寝ているのに、喘ぎながら押し殺した声で名前を呼んでしまう。だけど、これ以上声を抑えることが難しく感じるほど、すっかりカミュの体は変わっていたのだった。
そしてついに、イレブンと二人きりになるタイミングがやって来た。
イレブンが仮住まいしている部屋に遊びに来ないかと提案してくれたので、カミュは喜んで着いて行った。小さめではあるが他の宿とは違って戸建てで、必要なものは一通り揃っている部屋だった。
「他の人達と同じ部屋でいいって言ったんだけど、じいちゃんが何かあっても駄目だからって用意してくれたんだ」
イレブンの気持ちもロウの気持ちもわかる。今の状況的にはこの環境は有難いので、カミュは心の底からロウに感謝していた。
ふかふかとしたソファに並んで座ると途端に意識してしまう。なんとか悟られないように雑談をしながらカミュはちらちらとイレブンの様子をうかがった。そして、話題が変わるタイミングで「ところで」と距離を詰めた。わざと服の胸元を緩め、イレブンを見上げる。古典的なやり方だが、イレブンには効くのではないか、というカミュの目論見だった。
しかし、それは外れていたようでイレブンはにこりと微笑むだけで何も言ってこない。おかしい、とカミュは眉を寄せる。
で、あれば行動に移すまでだ。カミュはイレブンの胸元を掴むと力任せに引き寄せて、そのまま唇を重ねた。以前とは違うことを分からせてやるように舌を捻じ込むが反応がないので、ならば、とにゅるりとそれを絡ませる。
それでも一向に手を出してくる気配を感じられず、カミュはイレブンから顔を離した。目線の先には戸惑いの表情を浮かべる恋人がいて、「最初からぜんぶ間違えていたのかもしれない」と言葉を失ってしまう。
(イレブンは、別にオレとそういう関係になることは望んでいなかった。オレだけが、欲しがってたのか)
カミュは手を離すと「悪かった」とだけ告げて、イレブンの部屋をあとにした。
自室に帰ってからも、意味など無いと言うのに相変わらず例の行為をしてしまう。
(イレブン、いれぶんに抱いて欲しいだけなのに……意味なんかないのに、もぅ、とまんない……♡)
明日からは、もうこんなことは止めてしまおう。でないと、心がどこかに行ってしまいそうだった。