がちゃがちゃ

君みたいに笑えなくても

 イレブンに案内された宿は簡素なものではなく、壁が厚い客人用の上等な内装の部屋だった。それも兄妹で同室ではなく、わざわざ部屋を隣同士にして分けてくれている。カミュはそこまで気を遣わなくてもいいとイレブンに話したが「二人は大事なお客様だから」と言って譲らなかった。
「それにカミュの部屋が近い方がマヤちゃんも安心でしょ。作業も手伝ってもらっちゃうし、ゆっくり休んでほしいからね」
 そう言って笑うイレブンを見て、カミュは改めて彼は王族の血を引いているのだと感じた。育ちの良さや教養だけではなく、生まれ持った気質そのものが違うのだと実感する。そんな男が自分のことを好きだと言う。未だに信じられないが、あの日の告白からは毎日のようにそれを伝えられていたので間違いではないのだろう。

 とりあえず今日は着いたばかりなのでゆっくりしてほしい、と伝えられたカミュは私服に着替えたマヤと一緒に辺りを見て回ることにした。
 以前に訪れた時よりも道は整備されており、新しい建物もいくつか並んでいた。廃墟と化していた時は魔物がうろうろしていたと言うのに今では村と呼べるほどに栄えている。そしていつか王都として生まれ変わるのだろうと、カミュは遠くで職人に指示を出しているイレブンを見つめていた。
 そんな兄の横顔を見ながら、マヤが口を開く。
「なあ、兄貴」
 カミュが視線を移すと、マヤは何か面白そうなものでも見つけたかのように目を細めていた。
「おれ、イレブンと兄貴は単に仲が良いだけだと思ってた。でも違うんだな。なんだよ、もっと早く話してくれればいいのに」
「は……な、何言って」
 妹の言葉に焦るカミュを見て、マヤは更に楽しそうに笑った。
「まったく、隠すのが下手だなぁ!だからさ、二人はコイビトっていうやつなんだろ?学園にそういう話が好きなやつがいてさ、最近レンアイについて詳しいんだぜ。それに見てれば分かるよ、あいつは兄貴の……“特別”なんだって」
 そして一瞬だけ寂しそうに目を伏せたマヤを見て、カミュは無防備だった妹の手を握った。それは振り払われることなく、しっかりと体温を感じられている。
「な、なんだよ。おれは別に寂しくなんか……」
 口に出したそれが本心であることなど分かっている。目線は反らさぬまま、カミュはマヤの手を握り直した。
「確かにマヤの言う通り、あいつは……イレブンは、オレの特別だよ。でも、それはお前だって一緒だ」
「はっ、相変わらず恥ずかしい兄貴だな」
「なんとでも言え。ただ、それだけは忘れずにいてくれよ」
 返事の代わりなのかマヤは小さく頷くとそっぽを向いてしまった。そして遠くへ駆け出し「あっち見に行こうぜ!」と手を振っている。
 カミュは妹の元気な後姿を見守りながら、その成長速度に驚くばかりだと再び関心しているのであった。

 夜になり、マヤを部屋に帰したあとカミュも自室へと戻りベッドに寝そべっていた。明日から、本格的にイレブンの復興作業に加わることとなる。それが嬉しい反面、イレブンとの今後について悩んでいた。確かに二人の想いは明かした。それが通じたことも分かっている。だけど、その後は?
 二人で過ごす時間が楽しすぎて考えることがなかったが、恋仲となった今、友情から変化させることが困難となっていた。なんとなくその場で手を繋いだことはある。でも、それだけだ。キスだってしていない。思えばイレブンの恋愛経験についてカミュはよく知らないし、カミュ自身も経験豊富なわけではない。そもそも男同士なのも初めてのことなので戸惑うばかりだ。
 イレブンがどうしたいのかを聞いた方が良い気がするが、そんなタイミングもなくユグノアまで来てしまった。それについて落ち着いて話す場も無かったな……と考えていると、控えめなノック音が聞こえてきてカミュは体を起こした。
「どうぞ」
 返事をすれば、静かに開かれたドアの先にイレブンが佇んでいた。手招きをすると音を立てない様にドアを閉めており、カミュは「まるで泥棒のようだ」と笑った。
「だって、一人でうろうろしてることがバレたら……あとでうるさく言われるんだ」
「王子様も大変なんだな」
「まあね」
 軽口を交わしながら二人で笑いあう、この時間が好きだった。カミュが自分の座っているベッドの隣をぽんぽんと叩けばイレブンは大人しくそこへ腰を降ろした。
「マヤちゃん、元気そうでよかったよ」
「ああ、学園でも楽しくやってるみたいだ」
「そっか。……その、マヤちゃん、僕たちのこと気が付いてるのかな。ほら、今朝来た時に……」
 どうやらイレブンもマヤについて気が付いたらしい。カミュはそれについて素直に話すことにした。
 マヤは感付いているどころかオレ達の関係について知っているぞ、ということを伝えるとイレブンは顔を赤くして無言のまま頷いていた。そして弱々しく「そうだよね……」と呟くとこちらに向き直り、どうしてか真剣な表情へと変わった。
「カミュ」
「ど、どうした?」
 イレブンは突然のことに狼狽えるカミュの両手を取って包む様に握ると、小さく深呼吸をはじめた。
「僕、カミュのこと一生大事にするよ」
「え、うん……?」
「マヤちゃんに呆れられないように。君に愛想をつかされないように。だ、だから」
 いつも以上に真剣な表情に、カミュは「ついにこの時が来たか」となんとなく想像していた二人の未来を思い起こした。イレブンだって男なのだ、それも思春期真っただ中の健全な青少年だ。同じ年齢を過ごした経験のあるカミュはそれをよく理解している。既にすべて受け止めてやれる心の準備は出来ている。あとはイレブンが願うだけだ。どくどくと高鳴る鼓動の音がバレてしまいそうで、なんだか恥ずかしい。
 イレブン。オレのイレブン。かわいいオレだけのイレブン。はやく、はやくその先を――――。
「だから、僕とキスをしてほしい」

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