儀式の意味を知っている
「ベジータぁ、一緒に修行しねえか?」
ひとり重力室でトレーニングをしていると、突然背後から声をかけられた。振り返れば死んだはずの男が立っていて、何がどうなっているのか分からず混乱していると「よっす!」と気の抜けた挨拶をしてみせてくるではないか。
なぜ、と訊く前に怒りが湧いてきた。勝手に消えて、勝手に戻って来るなんて!こっちはどんな気持ちで、と思ったところでベジータはあらゆる可能性を頭の中で並べながら溜息をつき、小さく男の名前を呼んだ。
「貴様、カカロットか?」
「なに言ってんだよ、オラはオラだろ?」
悟空の頭上へと視線を移す。輪っかなどはなく、頭から足までしっかりと姿を捉えることが出来得る。もしかして、と思い悟空の頬をつねってみたら「いででで!!」と呻いていた。触れる、痛がっている。それに、触れた肌はあたたかかった。本当に生きているとでも言うのか?
「急になにすんだよ!ほら、あんまり時間もねえから……はやく行こうぜ」
「行くって、どこに」
「どこだって良いだろ。ここじゃないどこかだよ」
そう言って悟空はベジータへと距離を詰めると肩を抱き、額に指を当てた。瞬間移動するのだろう。
抵抗しても無駄そうだったので、そのまま大人しく身を任せることとした。
* * * * * * *
「あー、うまくいかねぇな」
辿り着いたのは、とんでもない森の奥だった。最近夢で見たパオズ山を思い出したが、どうやらそこではないらしい。
「どこに行こうとしていたんだ」
「さあな。オラにも分かんねえんだ」
なんだそれは、と言おうとしてやめた。やはり、何かがおかしい。
そもそも孫悟空の行う瞬間移動とは好きな場所へ移動できる術ではなく、知った気を辿っているものだ。なのに目的地が分からないなど有り得ない。
森の中だと言うのに、どこか足元もふわふわと浮いているような感覚がある。そこでベジータは、これは夢の続きなのではないかと悟る。だとすれば、存在しないはずの男がこうして目の前で喋ったり触れてきたりするのも合点がいく。そこでいまだに肩を抱かれたままなことに気が付き、ベジータはその手を払った。そもそもここはどこだと聞いたが「知らねえ」と返される始末。夢だとしてもめちゃくちゃではないだろうか。
そもそも、なぜ自分の夢でこの男を見なければならないのだと頭を抱えたくなった。確かに未練はあった。あんな死に方しやがって、と腹を立てたこともあった。だが、もう吹っ切れたはずだ。
「貴様、なぜ今更になってオレの前に現れたんだ」
「だってよぉ。ベジータ、オラのこと忘れようとしてたよな?」
言われて、その瞬間の気から圧を感じたベジータは一歩後ずさった。
「あんなにオラに執着してたくせに。死んだらもうおしまいなんかって思ったら面白くなくて。でも死んじまってるから会えないしさぁ。それに、結局お前と決着つけられなかったのも心残りだったんだよな。ああ、なんか喋ってたら分かんなくなってきちまった」
突然べらべらと喋り始めた悟空の話を聞き、やはりこの男は既に死んでいて、ここは現実のではないのだと理解する。夢の中へ会いに来たとでも言うのか。だとすれば、一体なぜ。
悟空は黙ったままのベジータの腕を掴む。みしみしと骨が悲鳴を上げ、表情が歪んでいく。振りほどこうにも体が動かないのは、ここが現実ではないからだろうか。
「このままだとベジータがオラのこと忘れちまう。そんなの嫌だったんだ。だから、忘れちまわないようにしなきゃ、って思って……」
「それで、どうするつもりなんだ?」
挑発するように見上げれば、悟空は声を詰まらせた。しばらく視線を泳がせたあと再びこちらへと向き直り、大きなため息をついて眉を下げてしまっている。
「最初は一緒に修行ができればいいなって思ったけど、そんなんじゃ変わんねえって分かったよ。やっとお前の夢まで入って来れてさぁ、なのに子どもになってたり、記憶が無かったり、時間を間違えたりしてて……苦労してここまで来れたのに」
その話を信じるならば悟空なりの試行錯誤の末、今こうして存在しているらしい。どうせ夢なのだ。どれが嘘か真かなど、もはやどうだっていい。
「教えてくれ、どうすればいい?」
目の前の、何かに追い込まれている男の表情に引き寄せられるように顔を寄せる。いつの間にか掴まれていた腕は解放されていたので男の道着の胸元を掴んで無理やり引き寄せると、乱暴に唇が重なった。
がちんっと歯がぶつかる音がする。ムードも何もあったものではない。普段なら下品だと吐き捨ててやるところだが、そうも言ってられない。驚いている男の唇と舐めてやると腰を抱き寄せられたので、思わず口元が緩んでしまう。
「なんだ、知ってるんじゃないか」