がちゃがちゃ

乖離点

 目を覚ますと、知らない天井が視界に広がっていた。
 幾分か楽になった体を起こして辺りを見渡す。どうやら広々とした室内に配置されたソファに寝かされていたようで、これまでのことを思い出そうと王泥喜は必死に頭を働かせた。
(確か牙琉検事に送ってもらっている途中で、転んだ子どもを見かけて、それから……)
 考えていると頭が痛みだし、一旦深呼吸をして落ち着かせる。
 まだ怠さの残る体を引きずりながら室内を少し歩いていると、部屋のドアが開いた。
「あれ、起きたんだ」
 そこには普段見ていると姿とは全く違う、随分とラフな格好をした牙琉響也が立っていた。髪型も普段見ているものではなく、セットされていない自然な状態だ。
 ゆったりとしたルームウェアに身を包んだ彼は手に何かを持っており、そのまま王泥喜が寝ていたソファまでやってくると傍にあったテーブルに湯気が立っているマグカップを二つを置いた。
「急に倒れるからびっくりしたよ。心臓に悪いからやめてくれないかな」
「え、オレ倒れたんですか」
「覚えてないのか。まあ、うなされてたしね……」
 牙琉がソファに座ったので、王泥喜もその隣に座った。状況からしてここは牙琉の自宅なのだろうが、どうしてここにいるのかが分からない。
「はじめは病院に連れて行こうと思ったんだけどしきりに大丈夫って訴えてくるからさ。しかたがないから君の事務所に電話したら迷惑ついでにおデコくんの面倒を見てくれなんて頼まれたよ」
 牙琉にそれをお願いした人物の顔が頭に浮かんできて、王泥喜は小さなうめき声を上げながら頭を抱える。
「僕はなんでも屋じゃないんだけどな。君の家はなんとなくしか場所を聞いていなくて分からなかったから、僕の家に連れてきたんだけど」
「……すみま、せん」
「いいよ。どうせ明日は休みだったし、君に恩を売るのも悪くないと思ったからね」
 テーブルに置かれていたマグカップを差し出される。飲めるかと訊かれて頷くと、それを渡された。受け取ったマグカップに口を付けるとあたたかいコーヒーが口の中に広がっていき、じわじわと体が包まれるようだった。
 落ち着いたところで、王泥喜はとある可能性を考えて恐る恐る隣の検事へと視線をやった。
「あの、もしかして……ですけど。検事がオレを運んだんですか」
 もしそうであれば、事務所から送らせただけではなくかなり迷惑をかけたことになる。そわそわした様子の王泥喜に気が付いたのか、牙琉は笑いながら首を横に振った。
「いや、肩は貸したけどここまでは自力で歩いてたよ。おかげで僕もずぶ濡れだけどね」
「うっ……本当にすみません」
「まあ、甘えられるうちに甘えた方が良いよ。いつ僕の気が変わって君を追い出すか分からないからね」
 ベランダへ続いていると思われる大きな窓には激しく雨音が打ち付けられていて、何かしらの警報が出ている気がしてきた。こんな中どうやって帰ろうかと考えていると、ソファから立ち上がった牙琉が何かを手に持って戻ってきた。
 その手にはバスタオルがあり、王泥喜が首を傾げると牙琉は部屋の出口を指さしている。
「熱もなさそうだし少しは元気になったと思うけど、随分と濡れたからね。冷えてるだろうし君もシャワーを浴びてきた方が良いよ」
 君も、ということは牙琉も王泥喜を介抱したあとシャワーを浴びてきたのだろう。よく見たら、髪も少し濡れている。だから髪型が違うのかとやっと気が付いた。
 そういえば自分の服も今日着ていたものから変わっている。なぜか牙琉が着ているルームウェアと似たようなものを着ており、これはどうしたことかと慌てていると再び笑い声が聞こえてきた。
「君が初めてだよ、この僕に着替えさせてもらったオトコノコなんて」
 それを聞いた途端、顔中が熱くなっていって、爽やかな男からバスタオルをひったくるように受け取って指示された方向へ大股で向かった。
 背後からけらけらと笑う声が聞こえた気がしたが、もうそんなことはどうだって良かった。

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