がちゃがちゃ

タンジェリンに酔う

 目を開けた時、そこはまさに腐海だった。空き瓶が転がる酒臭い空間に何がどうしたと記憶を辿り、今日ここで行われていたことを思い出す。
 成人祝いだとブルマが開いてくれたパーティーに家族総出で参加し、はじめてのアルコールにやられながらも楽しかったのを覚えている。近くに転がっているヤムチャやクリリン達を見て、みんなここで寝落ちでしまったのだろうと把握する。
 ソファの上で寝ている年少二人にブランケットがかけてあり、ここにはいない母とブルマがかけてやったのだろうとかと部屋の中を見渡して、あることに気がついた。
(あれ。父さんとベジータさんは……?)
 あの二人も同じ部屋にいたはずだ。父は早々に寝落ちてしまい母達は美容を気にして同じころに退散したのを覚えているが、ベジータは残っていたはずだと悟飯は再び部屋を見渡す。だが、やはりあの二人が見当たらない。まさかこんな時間に修行だと言って抜け出したのだろうかと思ったが、それならば一言ぐらい声をかけてほしいものだと悟飯は近くにあった水の入ったペットボトルを煽った。
 他の者は朝まで起きる気配は無いが一度目が覚めてしまった悟飯はここで眠る気にはなれず、ブルマが用意してくれていると言っていた客室へ向かうことにした。

(確か、この廊下を通ってすぐだったはずだ)
 間接照明に灯された廊下を寝起きのぼんやりとした頭で歩いていく。まだ酒が残っている体には不快感があり、とりあえずベッドに横になりたいと先を急いだ。
 もうすぐで到着するという辺りで、何やらくぐもった声が聞こえたことに気が付き足を止める。誰かいるのかと思い振り返るが、廊下には自分以外の人影はない。気のせいだと目的地の方向へ向き直るが、それでもやはり声が聞こえてくる。酔いが醒め頭がはっきりとしてきた為、心霊現象的なものではなく確実に人の声だと分かる。
 見れば、一室だけ扉が少し開いている部屋があった。あそこで寝ている人のいびきか寝言かどちらかかと思ったが、それにしても随分と荒々しい声な気がする。
 いけないとは思いつつ気になってしまい、扉に手をかけようとした瞬間はっきりと聞こえてきた声に悟飯は耳を疑った。

「ああ、ッ好き、好きなんだ……カカロットが、かかろっ、との、ことが、ァ、あっああっ、好きなん、だ……」
「おめえだけ、みたいに言うな……ッオラだって好き、だ、ッ!なぁ、ちゃんとこっち見て、言ってくれよ」

 聞いたことがあるどころではない。聞き間違えるはずがない。声の正体は、確実に父とその好敵手だった。内容からして口論や取っ組み合いのようなものではない。むしろ、これは……。
 ある可能性を考え、悟飯は息を呑む。扉一枚を挟んだ向こうで行なわれているであろう睦みごとを想像して体が動かなくなってしまった。気が付かなかったことにして引き返した方が良いことは分かっている。けれど大人になった悟飯にはそれが出来なかった。好奇心が勝ってしまった。あまり自分というものを持っていない父の裏の顔を見てみたいという気持ちもあった。
 気が付かれないよう慎重に薄く扉を開くとギシギシとスプリングを響かせるベッドが目に入った。そこでの光景に更に目を疑う。プライドの塊の様なベジータが父に乗り上げ、自ら腰を振っているのだ。
 二人とも息を乱し、恍惚とした顔で見つめ合っている。父の、その好敵手の、今まで知らなかった姿を見て胸の奥がざわざわとかき乱されていった。

「好きなんだろ?オラのこと……好きなだけ言っていいぞ、全部聞いててやるからな」
「あっあん、あぁッ!好きすき、すき、ぃ、はァ、んっ、オレの、オレだけのかかろっと……すき、すきなんだ」
「オラも好き、だ、ッ……はは、こんなこと……、なんで今まで気が付かなかったんだろうな?」

 お互いが何度も何度も好きだと言いあい、セックスに溺れている。一体いつからこんな関係だったのかは分からないが、悟飯は何故この二人が、という考えには至らなかった。
 というのも悟空がベジータを見る目と、ベジータが悟空を見る目に熱が込められていることには気が付いていたからだ。それは二人だけが感じるサイヤ人としての何かだとか戦士としてのリスペクトだとか、そういうものだと思っていた。だけれど、今この光景を見たからにはそれだけに留まっていなかったのだと妙に納得してしまう。
 全くおかしな話ではない。二人は惹かれあっていたのだ。母がいるのにという気持ちや家族としては複雑なところではあるが、邪魔をしようとも思わない。純粋なサイヤ人の生き残りにしか分からない何かがあるのだろうと勝手に理由を付けて立ち去ろうとした。その時だった。悟飯が部屋の中の情事に目を奪われ思惑を巡らせている間、絶頂を迎えた二人はベッドに横たわっており、悟空がベジータに顔を寄せているのが見えた。
 その父の視線が、ベジータを通り越しこちらを見ていた。父は気を探るのに長けている人だということを忘れていた。慌てた悟飯は足音を立てぬよう、早々にその場を去って行った。

 * * * * * *

「おはよう、悟飯」
 結局あれから一睡もできなかった悟飯がブルマの用意してくれた朝食会場のテラスへ向かうと、今日の天気の様に眩しい笑顔の父に声をかけられた。
「……ああ、おはようござい、ます……」
 悟天とトランクスは朝食に出されているオムレツの奪い合いをしている。普段なら止めるところだが、今はその無邪気さが羨ましくそんな気になれなかった。
「なんだ元気ねぇな。眠れなかったんか?」
「いえ、そういうわけでは」
 今悟空と話せばをぼろを出してしまいそうで会話を打ち切ろうと思ったが、会場に一人足らないことに気が付き悟飯はつい口を開いてしまった。
「あの、ベジータさんがいませんが」
「さあな。……なんで悟飯がベジータのこと気にするんだ?」
 しまった、と口を噤むがもう遅い。笑顔のままの父を急に恐ろしく感じ、悟飯は一歩後ずさる。しかし何も言わないままの悟空は悟飯の肩を軽く叩くと「美味そうなもんがいっぱいだなぁ!」と呑気なことを言いながら、ブルマに呼ばれ朝食が並べられているテーブルへと向かった。
 父が去ったことに胸を撫でおろしていると、テラスの入り口から顔色の悪いベジータが現れた。
「あ、おはようございます……」
 挨拶しないわけにもいかず頭を下げると、こちらに気が付いたベジータに「ああ」と返された。顔色以外は普段と何も変わらない様子だが、この人は父の上で父を好きだと喘ぎながら乱れていたのだと昨夜のことが思い出され顔が赤くなっていく。
「なんだ、顔色が悪いぞ悟飯」
 突然名を呼ばれたことに驚き、悟飯はびくりと肩を震わせると声の主の方へ振り返った。
「え、いやぁベジータさんの方が調子が悪そうですが」
「……オレのはなんでもない。お前は熱でもあるんじゃないか?」
 そっと伸ばされた手が額に当てられ、その冷たさが心地よくて何も言い返せなくなる。気持ち良さに目を細めると、ベジータの表情も柔らかくなった気がした。
 しばらく何も言わずそのまま突っ立っていると、突如大きなソーセージが挟まれたホットドッグを頬張っている悟空がやって来てベジータの手が額から離れていく。すると悟空はすぐにベジータの肩に腕をまわし「よぉ」と軽快に声をかけてきた。
「おおーどうした悟飯。やっぱ調子悪いんか?」
 悟空から溢れている良くない気に、悟飯は苦笑いを浮かべる。父は、こんなにも誰かに執着するような人だったのだろうか。
「おい、朝からなんだ貴様は。離れろ鬱陶しい!」
 そう言いながらも、ベジータは本気で悟空を引きはがそうとはしていない。悟空もどこか満ち足りたような顔であるし、いつもより二人の距離が近い気がする。
 こうしてみるとただ仲が良いだけに見えるのに。そう思いながら、悟飯は晴天を仰いだ。