がちゃがちゃ

イキノネ

 ベジータはビルス星で組み手をしながら修行相手である悟空の動きをじっくりと観察していた。ただ単純なパワーだけではなく瞬発力や適応力など様々な要素が組み合わさって孫悟空という男の強さが生まれていて、この男を超えるにはもっと研究が必要だと思ったからだ。
 ベジータが悟空とビルス星で修行をするようになって随分と経つが、いったいどのくらい経ったのかまでは覚えていない。日付などいちいち数えてはいないし、何かのタイミングが訪れるまではこの星にいて用事が出来れば地球に戻る。そんな生活に慣れてしまい、少しこの習慣を見直すべきかもしれないなどと頭の隅で考えていた。
 そんなことを考えながらでも自然と体は動く。拳を突き上げた次の瞬間には脚で追撃し、宙を蹴り体のバネを利用して攻撃を繰り出す。この一連の流れが悟空を追い詰めていく中で、やはり何かが足りない気がすると脳をよぎった。
「はい、そこまで〜!」
 地上からウイスの声が聞こえてきて上空の二人は手を止めた。悟空が拭った汗が光っているのが見えたベジータは目の前の男との昨夜の情事を思い出してしまう。なんとか雑念を振り払い、ウイスの近くへと降り立った。
「お二人とも動きが良くはなってきてるんですけど、うーん……」
「なんだよウイスさん、はっきり言ってくれよ」
 大袈裟に首を捻るウイスを見た悟空は表情を変える。ベジータもウイスの言いたいことが分からず様子を窺っていると、こちらに背を向けた天使は穏やかに話し始めた。
「悟空さんもベジータさんも、良くも悪くもストイックなんですよねぇ」
「……すといっく?」
 今度は悟空が首を傾げ、言葉の意味が分からないのかベジータへと視線を移す。ベジータ自身も言葉の意味は分かるがウイスの真意は分からず、無言のまま首を横に振った。
「はい。それがサイヤ人の特徴なのかは知りませんが……戦うべき相手は、いつも一人ではないってことです」
 肩越しに振り返ったウイスは悟空とベジータの顔を交互に見やると穏やかに微笑み、手にしている杖を一振りした。するとキラキラと小さな光が現れ、その光が悟空のまわりをくるくると舞う。光は悟空の全身を包み込むとスイッチを切ったかのように一瞬で消えていき、突然のことに驚いた悟空は忙しなく瞬きを繰り返していた。
「わわっウイスさん、オラに何したんだ!?」
「ちょっと趣向を凝らした修行をしようと思いましてね。……ほら、効果が出てきましたよ?」
 悟空の体が淡く光ったと思えば稲妻のように強い光を放ちはじめ、ベジータは思わず一歩後ずさる。目を瞑った一瞬の間に何かが起こった。恐る恐る目を開け、ベジータは目の前の信じられない光景に絶句した。
「な……なんで、カカロットが二人いるんだ」

 * * * * * * *

 シャワーを浴びて共用の寝室に戻って来たベジータは自分のベッドに腰かけて、もう一つのベッドの奪い合いをしている二人の悟空を見る。見れば見るほどそっくりで区別がつかない。本当に二人になってしまったのかと眺めていると、控えめなノックの後にウイスが寝室へと入って来た。
「おやおや、どちらも本物の悟空さんなのですからベッドの奪い合いなんて意味ありませんよ。もう一つベットを用意しますのでしばらく我慢してください」
 ウイスの言葉に悟空達は一旦大人しくなる。そしていつものように上品に笑っている天使の姿がベジータには恐ろしかった。ウイスが何を考えているのか分からない。一体何のつもりでこんなことをしたというのか。
 ウイスはベジータと悟空の間へ来ると咳払いをして、こちらに目配せをした。
「いいですか。あなた達の敵はいつも一人とは限りません。一度に大勢を相手にする時もあるでしょうし、その逆も有り得ます。なのにあなた方サイヤ人ときたら、やたらと一対一の勝負に拘る……力の大会で思い知ったとは思いますが、そうも言ってられない場合だってあるんですよ」
 そう話すウイスの目は鋭い。二人の悟空はお互いの顔を見合わせながら頷いており、本当に理解しているのかとベジータは腕を組んでため息をついた。
「……そうだとして、何故カカロットを二人に増やしたんだ」
「明日の修行は一対二の形式にしようと思いまして。ですがあなた方の相手になる丁度良い相手がここにはいませんし……別に増やすのはベジータさんでも良かったんですが、なんとな~く悟空さんが二人になった方が面白いと思ったんです」
 にこりと微笑むウイスにベジータは言葉を詰まらせる。ベジータとて自分がもう一人いる状況なんて考えたくもないが、かといって悟空が二人いるのは落ち着かない。
「カカロットはいつまで二人のままなんだ」
「ある程度の力を使ってしまえば勝手に一人に戻りますよ。今日はもうお休みいただくだけなので明日の修行が終わるまでは残っているでしょうね」
 大人しくしていればの話ですが。確かにそう聞こえた気がしてベジータは聞き返したが、ウイスは「なんでもありませぇん」と大げさに視線を逸らすだけだった。

 その後、ウイスはもう一つベッドを寝室へ残して部屋を出ていった。決して広くはない寝室に川の字の如くベッドが3つ並べられ、どうにも窮屈だ。
 しかも、どちらがどのベッドを使うかで悟空達が口論をしている。終わりが見えないのでベジータが口を挟むと二重の声で「だって」と言い返された。
「オラはベジータと近いベッドの方が良いのに、こっちのオラもそこのベッドが良いって言うんだ」
「そりゃそうだろぉ!なあ、ベジータはどっちのオラが近い方がいい?」
 二人の悟空から詰め寄られ、ベジータは壁を背にして息を呑む。どちらがいい、なんてない。どちらも本物の悟空だし、できればこの非現実的な瞬間からは目を背けたいので出来れば一人にしてほしかった。
 そんなベジータなどお構いなしに二人の悟空が近寄って来る。どこを見ても同じ顔がいて、肩を震わせながら大きく息を吸った。
「……とりあえず、貴様らはシャワーを浴びてこい!」
 ベジータの叫び声に二人の悟空は慌てた様子で寝室から出て行った。なんとか二人を追い出したベジータはやっと一人の時間を取り戻し、ぼすんっと音を立ててベッドの上に倒れた。